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Ωフェロモン 序

「先生、なんで俺はΩになったんだろう」  ベッドの上から力のない声が響いた。声の主は今年入学してきた中で一番美人と名高い男子生徒だ。男子が七割という私立高校だが、女子も混ざった中で『一番』と謳われるにふさわしい整った容貌をしている。  生徒は先月行われた血液検査でΩと診断された。結果を報告されてからは精神的なものから来る不眠で、度々体調不良で保健室を訪れている。Ωと診断された人、中でも男性Ωではよくあることだった。  男性Ωの発現率は人口1000~2000人に一人と言われていてとても低い。 「なのになんで?」それは男性Ωと診断されたらほとんどの人が思う事だろう。  保健医が答えあぐねているうちに、またポツリとつぶやく。 「俺、変わっちゃうのかな?」 「変わらないよ、ずっと、君は今までの君のままだ」  その質問にはすぐに答えた。 「本当に? だって、発情期とか来るんだろう? そのうちフェロモンでαを誘ったりするんだろ」 「そういうのはあるけど、それは君の根幹が変わるわけじゃない。そうだな……、ゲームでいうなら『装備』が増えただけとでも言うのかな」 「そんな『装備』いらない」 「まぁ、そうだね……。君に今、好きなαがいなければそう思うだろうね。けど、考え方を変えるとすごい事なんだよ」 「先生は、αとかΩとか関係ないからそう言うんだ」 「そんなわけないだろう。知ってた? ここの……、この学校の保健医になるのは『男のΩ』が条件なんだよ」 「……本当に?」 「内緒だけどね。証拠見る?」  そう言って、長めの髪を上げ、首を隠しているハイネックを少し下ろして、うなじに巻かれたチョーカーを見せる。 「ね、本当でしょう」 「俺に言っちゃっていいの?」 「君は言いふらさないと思ってるから」 「そうだけど……。Ωで先生なんて危ないんじゃないの? しかも保健医なんて……」 「それ込みで雇われてるんだよ。君にはキツい現実かも知れないけど……。Ωの発情期に対処が出来るのはΩだけだろう。それから、αのラットに対処出来るのも、Ωだけなんだよ。だけど、女性だとあからさまにそういう対象と思われるから、男性Ωに限定してる」  曖昧な説明ではピンとこないのか、首を傾げている生徒に直接的な説明をする。 「僕はΩだからΩフェロモンには反応しない。だから発情期のΩに対応できるのはわかるね? 問題はラット状態になったαがいる時。中学、高校時代っていうのは一番性ホルモンが活発になって急激な変化が起こる。そこで予期せぬ発情期や、それに中てられてラット状態になりやすい。特効薬もあるにはあるんだけど、αは特に身体的にも優れているからね……。正直、手が付けられない状況になった時、一番有効なのが、僕ってわけ。明け透けに言ってしまえば、性行為をすればラット状態は落ち着く。OK?」 「だって、そんな……」  ひるむ生徒に保健医が何でもないことのように続けた。 「妊娠さえしなければ僕にとって性行為は大したことじゃないし、正直、風俗で働くよりもいい給料もらってるから」  優秀なαを誘惑するΩだと言われたら納得するしかない美貌で、ニヤリと笑って言われ「そういうのもアリなのか」と生徒がしぶしぶ納得する。 「ねぇ、てことは先生には番がいないの?」 「いるよ」 「えっ。番の人は嫌がらないの?」  その質問にはフフフと妖艶に笑う。 「大人になったら色んな事があるんだよ。僕の番は僕の仕事も認めてる。むしろ、楽しんでるんだよね」  言外にそういう性趣向であることを匂わせるが、生徒には通じなかった。 「じゃあ、どうして首輪してるの? 番になったら他の人にフェロモンは効かないんでしょう?」 「うーん……、あまり知られてないけど、番関係が『絶対』とは言えないんだ」 「どういうこと?」 「ちょっとややこしいけど、君は無関係じゃないからフェロモンについて説明しようか」  そう言って、保健医は話しだした。

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