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第1話※モブ
それは高級ホテルの一室。
部屋からは男の喘ぎ声と肌と肌がぶつかる音が響く。
一際大きな野太い声が響き、部屋は静寂を取り戻す。
「は、は、はぁ……ねぇヨゾラ君」
中年太りの腹を揺らしながら、男は組み敷いている青年に話しかける。
烏の濡れ羽色の髪と切長の瞳。白くきめ細やかな肌はとても手触りが良い。
先程の男の吐精で青年の顔や体には白濁が飛び散り、なんとも淫靡な雰囲気が漂っている。
暗くして行為に及ぶなんて勿体ない、青年の白い肌が自らの欲望に塗れて穢れていく様はどんなポルノよりも刺激的で、男の欲をさらに煽る。
「……なんですか」
心底面倒臭そうに、男の方を見ようともせずに青年は答える。
「明日、大学さぁ、服着替えたりする?」
「明日……? いえ、座学だけですが」
「そうか、そうかぁ」
男は楽しそうに粘ついた笑いを浮かべて、青年の鎖骨付近に唇を寄せて思い切り歯を立てる。
「……っ」
僅かな痛みに青年が顔を顰めると、男は満面の笑みを浮かべる。
「ほら、ちゃんと印がついたよ。赤い花が咲いたみたいだ」
そう言って男は首筋や脇腹、太腿の付け根と、同じように跡を残していく。
「綺麗だよぉ、ヨゾラ君」
男は青年に心酔していた。たとえ青年が隠す事もなく、道端のゴミでも見るような目をして舌打ちをしていても、男には嬉しさをうまく表現できない故の照れ隠しに見えるのだ。
男に金がある限り青年は抱かれにやってくるし、金さえ払えば大抵の事はさせられる。
そうやってこの二年間、関係を続けてきたのだから。
「ほら、十万」
カバンから札束を取り出して、青年の枕元に置く。
「まだまだ相手してくれるよね、ヨゾラ君」
青年は煩わしそうに目に入りそうになった精液を指で拭い取る。
「……追加料金を頂けるなら、ご自由に」
――ほぅら。また照れ隠しだ。それも可愛いけど、もっと素直におねだりできるようになって欲しいな。きっと、もっともっと好きになってしまうだろう。
「ただいま戻りました」
「おかえり、ヨゾラ」
ヨゾラは日が沈んだ頃に帰宅し、年季の入った玄関の扉を開ける。短い廊下を通ってリビングへ行けば、お菓子を食べながら雑誌を読んでいる同じ顔の弟が出迎える。
星月ヨゾラとナナトは双子の兄弟だ。ヨゾラは大学生、ナナトは深夜帯のバーのアルバイトをしている。
二人は先日、ようやくお互いの気持ちに気がつき、紆余曲折、幾多の犠牲の果てに恋人になった。
「サークルのお泊まり会、楽しかった?」
ナナトは雑誌から目を離して、ヨゾラに問いかける。
「ええ、とても楽しかったですよ。これ、お土産です」
ヨゾラはナナトの手に小さなマスコットを乗せる。
「あ、これ!ルンルンファイターちゃんじゃん!しかも限定のやつ!」
ナナトはマスコットを手に目を輝かせる。
「貴方が欲しがっていたのを思い出して、買ってきたんです」
「めっちゃ嬉しい! ありがとう、ヨゾラ」
ナナトは立ち上がって、ヨゾラを抱きしめる。
「喜んでもらえて良かった、大事にしてくださいね」
ヨゾラもナナトを抱きしめようとしたが、先程の行為が目にちらついて、ナナトの背中にまわそうとした手を下ろす。
「……ん?」
ナナトがひくりと鼻を何度か動かし、ヨゾラの首筋に顔をうずめる。
ヨゾラは内心ドキリとしたが、冷静を装う。
――匂いでバレるはずがない。あんなに体を洗ったのだから。
「いい匂いすんね、銭湯でも行ってきたの?」
「ええ、まだ暑いですから汗をかいてしまって」
「また他人の体ジロジロ見てたんでしょ、頭蓋骨とか肋骨とか」
「はい、ついつい見てしまいます」
あまり悪びれた様子のないヨゾラに、ナナトは体を離してため息をつく。
「もうあんまり見ちゃダメだよ、嫉妬しちゃう」
「嫉妬なんてしなくても貴方が一番ですよ。ナナト」
ヨゾラがナナトの頬に軽く口付ける。しかし、ナナトは不満気な顔をしている。
「……そこじゃないでしょ、ヨゾラ」
ナナトがペロリとヨゾラの唇を舐めて、口を離す。
「こっち」
今度はヨゾラがナナトの唇をペロリと舐める。
鼻先がつきそうなほど近くで二人の目線がぴったりと合う。
「ヨゾラ、そろそろさ、やってみない?」
ナナトが熱い視線を送るが、ヨゾラはいつもの微笑みで返す。
「僕、貴方との最初はもう少しムードがある場所で誘われたいです。家で雰囲気に呑まれました、的なのは嫌です」
「えぇ……今いい雰囲気だったじゃん」
ナナトががっくりと肩を落とす。
「もう少し待って頂けませんか? 色々と調べて、準備しないといけないんですよ。流血沙汰なんてゴメンでしょう?」
「そーだけど」
「貴方の期待に応えたいんです。……その、代わりと言ってはなんですが」
ヨゾラはナナトの手に触れ、指を絡ませる。
「触り合いっこ、なんていかがですか……?」
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