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括り紮げる 25
緋音が嗜(たしな)めようと口を開こうとした瞬間、珀英が立ち上がったまま、ジョージを真正面から見て、流暢(りゅうちょう)な英語で早口でとめどなく、淡々(たんたん)と抑揚(よくよう)なく言い放つ。
「緋音さんのお弁当は、ちゃんと体調とか栄養バランス、カロリーも考えて作ってます。食欲がわくように食材の色も配置も考えて、量も多すぎず少なすぎずで、全部食べてもらえるように、計算して作ってるんです。緋音さんのは食べないで下さい。食べるならオレの分からどうぞ」
そう言って珀英はまだ少ししか食べていない、自分のお弁当をジョージに差し出した。
今まで大人しかった珀英の豹変(ひょうへん)ぶりに、あまりに流暢なイギリス語にびっくりしたジョージは、思わず持っていたサンドウィッチを全部食べて、
「お、おう・・・じゃあ・・・」
「どうぞ」
気圧(けお)されたのか、恐る恐る出汁巻を取っていた。
ってか食べるんかい!
と緋音が心の中で突っ込んでいると、出汁巻なんか見るのも初めてのジョージが、口に入れた瞬間、大きな青い瞳を無駄に大きくした。
「これ・・・ウマイな!!」
「卵と出汁を混ぜて、焼きながら巻いた卵焼です。緋音さんの好物です」
珀英は料理の説明をしながら満足そうに微笑んで、当然とばかりに大きく肯(うなず)く。
美味しくないと全く食べようとしない緋音に食べてもらうために、珀英が何度も何度も調味料の配合を変えたり、出汁を変えたり、試行錯誤してやっと作り上げた出汁巻だった。
他のおかずだってそうだし、お米の焚(た)き具合だって、普段作っている食事も全部、緋音が好んで食べてくれるように作っている。
珀英にとって料理は緋音に食べてもらうためのものだった。
自分のために、ましてや他人のために作ろうとは思わない。
緋音のため、だけだった。
緋音は若い内から、色々な国にも行っているし、高級なものもそれなりに食べているので、舌が肥(こ)えている。
その緋音が美味しいと言ってくれるのだから、アマゾンの原住民とかじゃないかぎり、美味しいと言うのはわかっていた。
珀英は満足して椅子に座り直す。
緋音はその珀英の表情(かお)を見て、なんだかおかしくて笑ってしまった。
褒(ほ)められて嬉しそうにしているのが、まんま犬で面白かった。
ジョージは出汁巻を食べ終わると、珀英に向かっていきなり、
「明日オレのブンも作ってきてよ!」
と満面の笑みで言った。
こういう少し、否かなり強引で礼儀とか遠慮とかを知らないのがジョージだった。そのせいで困ったこともあるし、助かったこともある。
緋音は食べていたたこさんウィンナーを吹き出しそうになりながら、珀英をちらっと見た。
珀英は緋音が飲み干した味噌汁を再び注ぎながら、理解できないというように小首を傾(かし)げてジョージを見ながら、再び眉根を寄せて、
「イヤです」
ときっぱり断った。
緋音はびっくりして、たこさんウィンナーを何とか飲み込みながら、珀英を振り返った。
断られると思っていないジョージもびっくりしている。
「ナンデ?!」
「緋音さん以外の人に作る理由がない。オレは緋音さんに食べて欲しいから、緋音さんに健康で元気でいて欲しいから、緋音さんに美味しいって笑って欲しいから作るんです。それ以外は何の意味もない」
珀英がジョージを見ながら軽く肩を竦(すく)め、溜息をついてから、緋音を振り返って満面の笑みで見つめる。
あまりに清々(すがすが)しい回答にジョージは感心したように何度も肯(うなず)く。
せっかく緋音と食事をしているのに邪魔されて、珀英は若干(じゃっかん)不機嫌だった。
それがジョージにも伝わっているのだろう。
青い瞳が興味深そうに、薄い口唇が心底楽しそうに笑いながら、珀英を見ている。
「なるほど・・・ハクエイはアカネ以外はどうでもいいんだな・・・」
「当たり前です」
振り返りもせず、緋音を見たまま、被(かぶ)せ気味に珀英が言う。
ジョージは緋音とは比べものにならないくらい、世界的に有名なバンドに所属しているし、緋音よりも大先輩にあたるし、今回のプロジェクトの要でもある。
必然的にスタッフも、プロジェクトメンバーもジョージには気を使っていた。
それなのに、同じ業界にいるから自分を知っているはずの珀英が、自分に対して全く物怖(ものお)じせず、特別扱いをしない、緋音だけを優先して自分を蔑(ないがし)ろにする。
本当に愛する人を何よりも優先する、その姿勢が理解できた。
ジョージもお嫁さんがいるので、珀英が恋人である緋音を大事にしている気持ちはよくわかった。
ジョージは、珀英のその対応が新鮮で驚きで好ましかった。
「気に入った!この後飲み行こうぜ!」
「はあ・・・?」
思わずジョージを振り返った珀英を、ジョージは笑いながらバンバンと背中を叩いている。
「いや、痛いんですけど・・・」
最初から馴(な)れ馴れしかったのに、更に馴れ馴れしく友達のように話しかけてくるようになったジョージを、珀英はさっきより警戒しながら相手をしていた。
緋音はジョージが珀英に集中しているので、邪魔されずに済んだので、黙々とお弁当を食べることができた。
珀英に怒られないように、よく噛んでゆっくり時間をかけてお弁当を完食した。
逆に珀英はジョージの相手をしなくちゃならないので、なかなかお弁当も食べられず、緋音と話すこともできず、四苦八苦していた。
自分以外の人と長時間話している珀英が物珍しくて、珀英が自分を構ってくれない淋しさを感じつつ、緋音は話しの途切れない二人を見ていた。
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