25 / 36

括り紮げる 25

緋音が嗜(たしな)めようと口を開こうとした瞬間、珀英が立ち上がったまま、ジョージを真正面から見て、流暢(りゅうちょう)な英語で早口でとめどなく、淡々(たんたん)と抑揚(よくよう)なく言い放つ。 「緋音さんのお弁当は、ちゃんと体調とか栄養バランス、カロリーも考えて作ってます。食欲がわくように食材の色も配置も考えて、量も多すぎず少なすぎずで、全部食べてもらえるように、計算して作ってるんです。緋音さんのは食べないで下さい。食べるならオレの分からどうぞ」 そう言って珀英はまだ少ししか食べていない、自分のお弁当をジョージに差し出した。 今まで大人しかった珀英の豹変(ひょうへん)ぶりに、あまりに流暢なイギリス語にびっくりしたジョージは、思わず持っていたサンドウィッチを全部食べて、 「お、おう・・・じゃあ・・・」 「どうぞ」 気圧(けお)されたのか、恐る恐る出汁巻を取っていた。 ってか食べるんかい! と緋音が心の中で突っ込んでいると、出汁巻なんか見るのも初めてのジョージが、口に入れた瞬間、大きな青い瞳を無駄に大きくした。 「これ・・・ウマイな!!」 「卵と出汁を混ぜて、焼きながら巻いた卵焼です。緋音さんの好物です」 珀英は料理の説明をしながら満足そうに微笑んで、当然とばかりに大きく肯(うなず)く。 美味しくないと全く食べようとしない緋音に食べてもらうために、珀英が何度も何度も調味料の配合を変えたり、出汁を変えたり、試行錯誤してやっと作り上げた出汁巻だった。 他のおかずだってそうだし、お米の焚(た)き具合だって、普段作っている食事も全部、緋音が好んで食べてくれるように作っている。 珀英にとって料理は緋音に食べてもらうためのものだった。 自分のために、ましてや他人のために作ろうとは思わない。 緋音のため、だけだった。 緋音は若い内から、色々な国にも行っているし、高級なものもそれなりに食べているので、舌が肥(こ)えている。 その緋音が美味しいと言ってくれるのだから、アマゾンの原住民とかじゃないかぎり、美味しいと言うのはわかっていた。 珀英は満足して椅子に座り直す。 緋音はその珀英の表情(かお)を見て、なんだかおかしくて笑ってしまった。 褒(ほ)められて嬉しそうにしているのが、まんま犬で面白かった。 ジョージは出汁巻を食べ終わると、珀英に向かっていきなり、 「明日オレのブンも作ってきてよ!」 と満面の笑みで言った。 こういう少し、否かなり強引で礼儀とか遠慮とかを知らないのがジョージだった。そのせいで困ったこともあるし、助かったこともある。 緋音は食べていたたこさんウィンナーを吹き出しそうになりながら、珀英をちらっと見た。 珀英は緋音が飲み干した味噌汁を再び注ぎながら、理解できないというように小首を傾(かし)げてジョージを見ながら、再び眉根を寄せて、 「イヤです」 ときっぱり断った。 緋音はびっくりして、たこさんウィンナーを何とか飲み込みながら、珀英を振り返った。 断られると思っていないジョージもびっくりしている。 「ナンデ?!」 「緋音さん以外の人に作る理由がない。オレは緋音さんに食べて欲しいから、緋音さんに健康で元気でいて欲しいから、緋音さんに美味しいって笑って欲しいから作るんです。それ以外は何の意味もない」 珀英がジョージを見ながら軽く肩を竦(すく)め、溜息をついてから、緋音を振り返って満面の笑みで見つめる。 あまりに清々(すがすが)しい回答にジョージは感心したように何度も肯(うなず)く。 せっかく緋音と食事をしているのに邪魔されて、珀英は若干(じゃっかん)不機嫌だった。 それがジョージにも伝わっているのだろう。 青い瞳が興味深そうに、薄い口唇が心底楽しそうに笑いながら、珀英を見ている。 「なるほど・・・ハクエイはアカネ以外はどうでもいいんだな・・・」 「当たり前です」 振り返りもせず、緋音を見たまま、被(かぶ)せ気味に珀英が言う。 ジョージは緋音とは比べものにならないくらい、世界的に有名なバンドに所属しているし、緋音よりも大先輩にあたるし、今回のプロジェクトの要でもある。 必然的にスタッフも、プロジェクトメンバーもジョージには気を使っていた。 それなのに、同じ業界にいるから自分を知っているはずの珀英が、自分に対して全く物怖(ものお)じせず、特別扱いをしない、緋音だけを優先して自分を蔑(ないがし)ろにする。 本当に愛する人を何よりも優先する、その姿勢が理解できた。 ジョージもお嫁さんがいるので、珀英が恋人である緋音を大事にしている気持ちはよくわかった。 ジョージは、珀英のその対応が新鮮で驚きで好ましかった。 「気に入った!この後飲み行こうぜ!」 「はあ・・・?」 思わずジョージを振り返った珀英を、ジョージは笑いながらバンバンと背中を叩いている。 「いや、痛いんですけど・・・」 最初から馴(な)れ馴れしかったのに、更に馴れ馴れしく友達のように話しかけてくるようになったジョージを、珀英はさっきより警戒しながら相手をしていた。 緋音はジョージが珀英に集中しているので、邪魔されずに済んだので、黙々とお弁当を食べることができた。 珀英に怒られないように、よく噛んでゆっくり時間をかけてお弁当を完食した。 逆に珀英はジョージの相手をしなくちゃならないので、なかなかお弁当も食べられず、緋音と話すこともできず、四苦八苦していた。 自分以外の人と長時間話している珀英が物珍しくて、珀英が自分を構ってくれない淋しさを感じつつ、緋音は話しの途切れない二人を見ていた。

ともだちにシェアしよう!