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括り紮げる 24
緋音も珀英の手を振り解(ほど)こうとはせず、珀英に体重をかけるように歩いている。
なんとか階段を登って、緋音は部屋に辿り着くと、不機嫌なままシャワールームへと消える。
珀英は強引だったかな・・・と思いつつも、あれだけ録り直して、まともに歩けなかった緋音を思い出して、この判断が正しかったと思い直した。
珀英は持って帰ってきたお弁当箱を、キッチンに出して洗い出す。
お弁当はスタジオに入る緋音のために作ったものだった。
夕飯と称してスタッフがどっかで、ジャンキーなものを買ってくるのがわかっていたから、自分がいる時くらいはまともな食事をさせたい珀英が、勝手に作って勝手に持って行ったお弁当だ。
緋音の録り直しや、クロエの歌録りをしていたら、いつの間にか夕飯の時間になり、といっても夜中の12時くらいに、スタッフさんがどっかから買ってきたパスタや揚げ物、ピザが並んだ。
それが当たり前の日常だったのだろう、みんな思い思いの食べたい物を取って、椅子に座って食べている。
緋音もいつものように何か食べようと近寄ろうとした瞬間、珀英に腕を掴まれて強く引き止められた。
「緋音さんのご飯は持ってきましたから」
「え?」
「はい、お弁当。お味噌汁もあります」
空いた椅子に強引に緋音を座らせると、珀英は緋音の目の前にお弁当を広げて、味噌汁を入れたステンレスボトルを置いた。
緋音が一緒にスタジオに行こうと言ってくれた時に、持たせる予定のお弁当とボトルを慌てて袋に詰めて持ってきた物だった。
わざわざ日本から持ってきた、緋音のお弁当箱とボトル。
日本でレコーディングがある時にも、都合がつく時には持たせているお弁当セットだった。
珀英はお弁当の蓋(ふた)を開けて、箸箱を渡して、味噌汁をボトルの蓋(ふた)に注ぐ。
そして緋音がいない間に一人で食べようとついでに作った自分のお弁当を広げる。
中身は全く一緒だが、量は緋音が少なめで珀英が多めにしてある。
今日のお弁当は、何とか手に入ったご飯と、出汁巻(だしまき)とアスパラのベーコン巻き、サバの塩焼き、たこさんウィンナーとほうれん草のお浸しにプチトマトにした。
子供のお弁当みたいな内容だが、意外と緋音はお弁当の時はこういうご飯の方を好む。
「・・・弁当なんか作んなよ・・・」
緋音が他のメンバーが離れたところでケータリングを物色しているのを横目で見ながら、めっちゃ恥ずかしそうに頬を赤くして呟(つぶや)く。
その尖った真っ赤な口唇を見ながら、珀英は薄っすら微笑んだ。
「少なくともオレがいる間はオレのご飯食べてもらいます。太りたくないでしょう?」
ちょっと意地悪なことを言ったら、緋音は更にむくれたように、ぷいっと珀英から顔を外らせて、細い白い指で慣れたように箸箱から箸を取り出す。
「いただきます」
若干(じゃっかん)やけくそ気味にいただきますをしてから、緋音が箸を付けるのを確認して、珀英も食事を開始する。
緋音はおかずとご飯を順番に食べ進めながら、お味噌汁を美味しそうにすする。
日本にいる時はほぼ毎日飲んでいたけど、ロンドンに来てからは初めて口にする味噌汁とお米だった。
珀英の作る食事は全部美味しいから、本当に食べられない物以外は全部食べる。
と言っても、緋音が食べられない物なんか既に珀英は把握(はあく)しているから、絶対食卓に出さないし、お弁当にも入れない。
お味噌汁に関しては緋音は特に拘(こだわ)っていて、出汁も大事だけど味噌は赤味噌7:白味噌3を好んでいた。
具は特にこだわりはなかった。奇抜(きばつ)なものじゃなければ何でもいい。
日本から味噌を持ってきてくれたのか、ロンドンなのにお味噌汁を作ってくれた珀英に感謝した。
絶対口には出さないけど。
やっぱり美味しい・・・と浸(ひた)っていたら、いきなり頭の上から野太い声が降り注いだ。
「アカネ、なんだソレ?!」
お味噌汁の入った容器を持ったまま、緋音が見上げるとドラムを担当している生粋(きっすい)のイギリス人であるジョージが、サンドウィッチを片手に立っていた。
「ナンカいろいろ入っててウマそうだな!」
珀英よりも若干高い身長に、珀英よりも筋肉質な体をしていて、タトゥーの入った腕なんかは肉体労働者並に太い。
青い瞳に綺麗な金髪を短くカットしてあり、左の鼻と右下の口唇と舌にピアスを開けている。
こうやって食事中に席を立つ習慣が日本人にはないが、欧米では軽食なら立ち食いする姿を目にするので、以前驚いたことを思い出す。
緋音はお味噌汁に息を吐きかけて冷ましながら、
「なにって・・・お弁当。ニホンではシゴトやガッコウのランチにお弁当を食べる習慣がある」
「え?マジデ?イギリスはサンドウィッチしか持っていかない。そんなハコにイロイロ入ってるの初めて見た」
「あー、そうかも。ニホンではマムがコドモやハニーのために、毎日作る家が多いんだよ」
「すげー・・・ニホンすげー・・・」
ジョージが心底驚いた様子で、何だか食べたそうな感じでお弁当を覗き込んでくるので、溜息をつきつつ緋音が思わず、
「ちょっと食べる?」
と訊(き)くと、ジョージは嬉しそうに顔を輝かせる。
「イイのか?!」
「ちょっとなら・・・」
と緋音が言ってお弁当を持ち上げようとした瞬間、隣に座っていた珀英が徐(おもむろ)に立ち上がり、緋音の白魚のような手を、大きな無骨(ぶこつ)な手で押さえた。
「ダメです」
低くて冷たい声に、緋音もジョージも固まる。
見ると珀英は眉根を寄せて、ジョージを睨(にら)みつけるように厳しい瞳(め)で見ていた。
「珀英・・・」
珀英にとっても緋音にとっても、業界内では先輩にあたるジョージに失礼な態度をして欲しくない。
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