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括り紮げる 27
緋音の髪は緩(ゆる)い天然パーマがかかっていて、長さは一番長い部分でも顎(あご)くらいの短さなので、一番弱い風でもすぐに乾いてしまう。
ものの5分くらいで乾いてしまったので、珀英は残念に思いながら、緋音の髪を整えるとドライヤーを片付ける。
そして緋音の向かいの椅子に座って、緋音が美味しそうに食事をしながら、ワインを飲んでいる様子を、見つめる。
珀英自身はとっくにシャワーも食事も終わらせて緋音の帰りを待っていたので、緋音の食事風景をつまみに一緒にワインを飲んでいた。
日本にいる時と同じように、緋音がとりとめのない、今日あったことをつらつらと話すのを、珀英はずっと笑顔で聞いていた。
泣きたくなるくらい穏やかな、幸せな時間。
この時間がずっと続けばいいと、思ってしまう。
そうして白ワインが一本空く頃には、緋音の食事も終わり、二人ともほどよいほろ酔い加減になっていた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末(そまつ)さまでした」
いつものように、いつも通りの言葉を交わして。
こんな風にいつもの言葉を交わせるのが、すごく嬉しくて。
ずっとこのまま・・・そんな風に思ってしまう。
珀英は空になったお皿をキッチンに片付けて、そのまま洗い始める。
緋音はほどよくお腹が膨(ふく)れて、ほど良く酔っているので、ほわほわと気持ちが良かった。
椅子に座ったまま、残ったワインを飲みつつ珀英の後ろ姿をずっと見つめていた。
あと12時間もしないで・・・日本に帰っちゃうんだよな・・・。
このままロンドンにいて欲しいなんて。
仕事なんか放って、ここにいて欲しいなんて。
絶対に言わない。
思っていても、絶対に言わない。
ワインを飲み干してしまった。緋音は空になったワイングラスを持って立ち上がると、まだ洗い物をしている珀英の背後に近寄る。
「はい・・・」
隣に立ってグラスを差し出す緋音を、珀英は一瞬見上げて、アーモンド形の瞳を細めて微笑みかける。
「ありがとうございます」
珀英が優しく微笑んでグラスを受け取る。
緋音はまた戻って椅子に座ると、洗い物を続ける珀英の背中を、テーブルに右肘(みぎひじ)をついて頬杖(ほおづえ)をついて、じっと見つめていた。
明日帰っちゃうから、ヤるとしたら今日しかないわけだし・・・でもオレから言うのはなんか・・・なんか嫌!
緋音は珀英がきっと、絶対誘って来るだろうと、むしろ襲って来るだろうと思っているし、それを期待していた。
いつ言い出すかな〜・・・一回は断った方がいいかな?
とそんなことを考えていた。
一方珀英は、緋音が妙に色っぽい瞳で、仕草で誘ってきていることに気づいていた。
グラスを差し出した時の甘い仕草と、熱を帯びた瞳が、吐き出された切ない吐息が、思いっきり誘っていた。
尤(もっと)も、緋音は誘っているつもりはなく、無意識でやっていることだってこともわかっていた。
珀英だってチャンスが今日しかないことはわかっていたし、絶対今日はしたいと思っていた。
昨日は緋音の体を考えて我慢したから、またしばらく会えなくなるから、今日はしたい。
でもいつも自分から仕掛けるので、たまには緋音から思いっきりエロく誘ってもらいたいな・・・なんて。
だから今日は、緋音が誘っているサインをあえて無視して、気づかないフリをしようと決めていた。
まあでも、あまりにもダメだったら襲う気満々ではいるけど。
珀英は洗い物を全て終えて、食器も布巾(ふきん)で拭いて棚に戻すと、椅子に座っている緋音を振り向いた。
緋音は一瞬ビクッと体を震わせると、ずっと見つめていた珀英から視線を外らして、ちょっと不機嫌を装って眉間(みけん)にシワを寄せる。
珀英は緋音のわかりやすい態度に思わず微笑んで、
「さてと、映画でも見ます?」
「え?いや・・・」
「食べてすぐ寝たら太りますよ」
少し意地悪く言ったら、緋音は柳眉(りゅうび)を更に寄せて、真っ赤な薄い口唇を尖らせて、完全にむくれて席を立った。
「眠いから寝る!」
そのままドタドタと洗面所に行ってしまった。
ちょっといじめすぎたか、と珀英は反省しつつ、でも可愛いなとくすくす微笑(わら)いながら、緋音の後を追って洗面所に向かう。
その後は緋音がむくれているので会話をすることもなく、歯磨きをしたり諸々(もろもろ)寝る準備をすると、無言のまま寝室に行きベットに入る。
珀英はベットに入ってもむくれたままの緋音を見て、軽く溜息をつきながら、しょうがないから襲うことに決めて、部屋の電気を消した。
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