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第12話
「悠太郎の家…どこだろう」
一番大切な問題だった。僕は心の中で悠太郎にたくさん謝りながら、悠太郎のスマホを拝借した。
スマホを起動する。悠太郎のことだから、きっと、面倒くさがってロックなどをかけていないだろう。
案の定ロックをかけておらず、容易にスマホを起動できた。ホーム画面も買った時から変更していないのか、謎のオーロラの写真になっている。
設定画面を開き、現在地を記録する項目にチェックを入れる。そして位置情報アプリで家の場所を探る。
そこは、ここからタクシーで30分くらいの所であった。
「んー、悠太郎、お風呂に入れるかなぁ…。流石にこのままタクシーには乗れないか。」
悠太郎を見てみる。悠太郎はぐったりとした様子で、深い睡眠についていた。
…にしても、まるで夢みたいだ。小さい頃から追いかけてきた悠太郎と、こんな形であれ再開できるなんて。
でも、あの時の約束を、まだ守れていない。そう、中途半端な状態で再開してしまったのだ。
「…いいや、歩こう。ホテルの風呂に入って寝てしまったら、しゃれにならないだろう。」
僕は身支度を整えた。もちろん、悠太郎にも悠太郎が着てきたスーツを着せてあげて。…悠太郎、もしかして会社帰りにそのままバーに来たのかな?…まぁいいや。
夜の道は寂しくて冷たかった。誰も歩いていない時間帯。それは恐怖を誘う。その時になると、もう夜中の一時を回っていた。
「あぁ…これじゃあ、フランスの方が賑わっていたかも。」
つい最近、日本に帰還したもので、まだフランスに居たときの感覚が消えていないのかもしれない。僕は悠太郎を担ぎながら、悠太郎の家へ向かっていた。
とりあえず、悠太郎の家に着いてから、悠太郎を洗ってあげよう。そしてシャワーをして体を乾かしてあげたら、すぐに寝かしつけてあげよう。
明日は土曜日ではあるが、今日スーツ姿のままバーに直行していた様子を見て、どうせホワイト企業には就職していないのだろう。
磨けばもっと良いところに就職できるのになぁ、と僕は考えながら、ただひたすら歩を進めていた。
考えている間に悠太郎の家に着く。…そういえば、悠太郎の家も変わってるな。こんな古っぽいアパートだったっけ?青い屋根の一軒家だったような気がするんだけど?
そこで僕は、悠太郎はもう大の大人で、既に両親離れをして数年が経っていることに気づいた。あんなにもアットホームだった環境から、孤独なアパート暮らしを望むだなんて。
いや、それもそうか。日本ではそういうのが一般的だよね。…そうだ、僕が悠太郎の独りの傷を癒すことができたらどうだろう。それさえ叶えば、どれほど素晴らしいことか。
そうこうしている間に悠太郎の部屋の前まで来ていた。どうして部屋の場所が分かったのかと言うと…、悠太郎のスマホから過去のデリバリーの配達メールを見たからである。
悠太郎の鞄から鍵を拝借して、ドアを開ける。僕は悠太郎と共に部屋の中へ入った。重い音をならしてドアが閉まると、一気に体中から疲れが抜けていった。
部屋の電気を点ける。部屋は大きく分けて二部屋に別れており、それとは別で、シャワールーム、トイレ、洗面所があった。完全に一人暮らし用の部屋である。
そこそこ使いふるしているキッチンを見るに、数年前から一人暮らしをしていたのであろう。僕は今27才で、確か悠太郎は僕の3歳上であるから、もう30才になるのか。
そう考えると、孤立した生活を送っているのも妥当な気がしてきた。
悠太郎のベッドの上に悠太郎を座らせる。そして服を脱がせてハンガーに掛けておいた。そして湯沸かしをつけて、再び悠太郎を担ぐ。
「…やっぱり、軽いよね…?」
悠太郎は昔から小柄だった。小さい頃から年下の僕とさえ同じくらいの背丈で、同じくらいの体重だった。それが、大人になるとこんなにも大きく違いが出てしまうなんて。
悠太郎は平均男性よりも少し身長が低く、少し体重が軽い。日本人男性の平均でそれなのだから、フランス慣れしていた僕にかかれば、悠太郎はあまりに小さすぎる。
でもそこが可愛いのだと言い聞かせながら、僕は悠太郎をシャワールームへ運んだ。
シャワールームに着いてから、僕も服を脱がなければいけないことに気がついた。僕は服を脱ぎ、その場に置く。そして悠太郎をシャワールームの中へ連れ出し、肩を軽く叩いて悠太郎を起こした。眠りながらお湯に当たるのは体に良くない。
「ほら、悠太郎。起きて。」
「ん、ん~…。」
悠太郎は重いまぶたを揺らしながら、ゆっくりと目を開ける。そして目をこすりながら、あまり呂律の回らない口で話し始める。
「えぁ…家?」
そして悠太郎の目は僕を捉えると、優しく微笑みかけた。
「あぁ、家まで送ってくれたのか。マスターさん…」
「誠司って呼んで」
――――僕は直感した。悠太郎はもう、明日になればほとんどの記憶がないということを。運が良ければホテルに行った記憶も消えているだろう。今から行われる僕との会話は、絶対に思い出すことはない。
「誠司…か。良い名前だな。」
悠太郎はへらへらと笑う。それが優しくて、何だかもう、とうでもよくなった。
「悠太郎…悠太郎は、どうやったら落とせる?」
どうせ覚えてないんだから、今のうちに答えを探しておいておこう。
「んー、そうだな。俺のことだから、多分…3日あればいけるだろ。」
意外と真面目に答えてくれる悠太郎に、好感が持てた。
「じゃあ、証明してみない?僕が明日の朝からちょうど3日間、悠太郎と付き合う。悠太郎が正式な恋人になろうって言ったら、証明できたってことで。どう?」
「良いんじゃないか?面白そう」
悠太郎は二つ返事で答えてくれた。
「…本当にしてくれる?」
「もちろん。」
その頑なな一言に、思わず心が揺れ動いた。そんなに簡単に了承して良いことじゃないのでは?
「…良いの?悠太郎。ウソでしょ?」
「信用してくれよ~そんなに俺のことが怪しいのか?」
悠太郎のとろんとした瞳。それはどこを見つめているかさえ分からないが、今は僕のことしか見えていないのだろう。
「じゃあ、約束して、悠太郎。3日間恋人になろう。それで本当に悠太郎を落とせられるのか、教えて。」
「おう、もちろん。」
悠太郎の眩しくて純粋な笑顔が、僕にとってはとてつもなく苦しかった。
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