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心機一転のリハ(3)
それほど早くないカウントから、
その曲は始まった。
タイトなドラムと、
シンプルなベースラインの上に、
サエゾウの、切なく美しいギターのリフが乗った。
僕は…そのイントロの間、
ずっと宵待の月を見上げていた。
そして切ない想いを…歌に乗せていった。
サエゾウのギターが、
もう最初から容赦なく…
歌う僕の身体を、ゾワゾワと愛撫してきた。
まるで、あの日のあの夜のように…
そしてそれを支える、カイとシルクの重低音が…
妖しい真夜中の情景を…
美しく描き出していくのだった。
その風景の中で…
宵待ちの月の僕は…悲しみに暮れていた。
誰も知らない地上に、
ひとり取り残されてしまった僕は…
次の満月が来なければ、還れないのだから。
そこへ、彼が現れた。
僕の美しさに惹かれた彼は…
僕を抱きしめずにはいられなかった。
もちろん僕は拒んだが…
彼は強引に…僕を抱いた。
抱かれるうちに僕は…
彼を好きになってしまう
身体も、心も…
彼無しには、いられなくなってしまうのだ。
次の満月の夜は、雨だった。
月が見えなければ…僕は還れない。
その晩還れないことが、
僕は心の底から嬉しかった。
どうか次の満月の夜も…
雨が降ってくれますように…
そう祈りながら…僕はまた、彼と契った。
そんな物語を歌いながら、
宵待ちの月の僕は…
彼に抱かれながら、ビクビクと身体を震わせた。
ギターソロになった。
まるで胡弓のような、滑らかな響きのソロは…
真夜中の…宵待ちの月の夜の風景を、
より鮮明に再現していった。
そしてまた、静かなAメロに戻り…
再び、満月の夜を迎えてしまう
悲しくて切ない彼の心情に…
僕は、胸が張り裂けそうになった。
結局、もう僕は元へは還れないのだ…
地上の人間と契ってしまった僕は…
満月の夜…まるで人魚姫のように、
泡となって消えてしまうのだ。
そして…曲が終わった。
「…」
気付くと、涙が溢れていた…
「…カオル?」
そんな僕を見て、シルクが驚いて声をかけた。
「…僕は…還ってこれたのに…」
僕は、堰を切ったように…
ボロボロと泣いた。
「…僕は…ちゃんと還ってきたのに…」
シルクは最初、
その言葉の意味が…よく分からなかった。
「…そうだね…」
今度はサエゾウが、
ギターを持ったまま…僕に近寄り…
僕の頭を抱きしめた。
そして、慰めるように、僕に言った。
「…宵待ちくんは、可哀想だね…」
「…うん」
「死ぬほど切ない歌だ…」
「…」
見ると、サエゾウの目からも、
涙がひとすじ溢れていた。
ちゃんと伝わったんだ…
サエゾウには…
宵待ちの彼が、もう還れないってこと…
「カオルは、還ってこれた…本当によかったよー」
「…うん」
サエゾウは、
僕を抱きしめた腕に、力を込めた。
「…歌…ありがとう」
そう言ってサエゾウは、そのまま僕に口付けた。
しばらくして、口を離れたサエゾウに、
僕は言った。
「…もっと幸せな結末に…してあげればよかった」
「いや…これはバッドエンドでいい」
「…そう?」
「最初からそのつもりだった…」
「…」
「なんで分かってのー?って感じ…」
「…」
聞こえてきたメロディーは、間違ってなかった。
カイの曲のときと同じく、
この曲とこの歌は…
やっぱり最初から1つだったんだな…
僕は、サエゾウの首に、
自分の両手を巻きつけ、抱き寄せると…
今度は、僕の方から、口付けた。
「…んっ…」
「なるほどねー」
シルクも理解したらしい。
そして、少し羨ましそうな表情で…
抱き合うサエゾウと僕の様子を見ていた。
ポンポンポン…
そんな僕らを遮るように、
カイが、小さくタムを叩いた。
「あー悪いんだけどさ…」
そして、申し訳なさそうに…口を挟んだ。
「ご本人達で媾うのは、とりあえず後回しにして…もうちょっと練習させてもらってもいいかな…」
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