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萌芽
「降りれるか?」
やっと大人ひとりが通れるほど穴を開けた後、グリゴールはランシェットに声をかける。
既に日が傾きかけており、灯り取りの窓から射し込む陽光がランシェットのシルエットを映し出しているが、階下のグリゴール達には噂に聞くランシェットが金髪であるのが正しいとしか分からない。
伸びっぱなしの髪の毛は腰を少し過ぎたあたりで、薄汚れた麻の囚人服は少し丈が足りないようで、細い手足が肘下、膝下から覗いていた。
「やってみる」
ランシェットは穴の縁に座り、片足をそっと下ろしてきた。
今年二十九歳になるにはあまりにも細く、乾燥し薄汚れた肌が痛々しい。
爪はなんとか石で擦って整えていたようで伸びっぱなしではないが傷だらけで、到底【花】と呼ばれていたとは思えない。
「失礼する」
一応断りを入れてから、グリゴールは細いその足に手を添え、もう一方の腕でランシェットを受け止める用意をする。
一瞬の間があって、グリゴールの腕の中にランシェットが降りてくる。
受け止めたその体は少女のように軽く、拍子抜けしてしまった次の瞬間、金色の長い髪の毛が目の前でたなびいた。
グリゴールの肩に手を掛け身を預け俯いたランシェットと、顔が触れそうになるほど間近でグリゴールの視線が交錯する。
色素の薄い、ほのかに淡い桃色の瞳。
中心は少し濃い色の赤紫に染まっている。
──クランベリーの花と同じ色だ。
グリゴールは不躾に見つめていたことに気づき、慌ててランシェットを床に降ろす。
人形のような整った顔立ちだと思った。
伝令の男も同じだったようで、口をあんぐり開けてランシェットを見つめていた。
「ありがとう。
早速で悪いが湯浴みをしたい」
そう声をかけられて、はっと我に返った二人はバタバタと用意を始めた。
ランシェットが塔の簡素な浴室で湯浴みをしている間、グリゴールは伝令の男に声をかける。
「…なあ。あれは反則だろう」
「そうですね、さすが【花】ですね…」
二人は先程少しの間見たランシェットを思い出して溜息をついた。
大きな瞳を縁取る長い睫毛、形の良い鼻筋の通った鼻、少し荒れてはいたが肉感的な唇。
もう少し食べてふっくらとしたならば、女性にしか興味のないはずのグリゴールから見ても、名だたる美女と並べても全く見劣りしないだろう。
「あれと王都まで来いとは…俺への王の信頼もそこまで落ちてないのかもな」
「実際そうだと思いますよ、ゼペト公は王の乳兄弟でしょう」
自嘲気味に言ったつもりが、伝令の男に肯定されてしまう。
「王はお立場で仕方なく本来のご意思と違う発言をされることも多いですから」
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