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グリゴール

グリゴールが左遷されここへ来た原因は、ガズールとの共同貿易船の護衛任務を失敗しその任を解かれたことにあった。 ランシェットと王が出会う少し前、代替わりした王に騎士の称号を貰ったばかりだと言うのに、グリゴールはもっと広い世界が見てみたいと王に無理を言い周辺諸国を遊歴した。 その経験から数年前貿易船の護衛を買って出たものの、今回の航海で貿易船は海賊に襲われ、ガズールの兵士により助けられ、命からがら生き延びた。 その事で若い頃から王の乳兄弟だからと好き勝手をして驕り、王や国の面目を潰したと重臣から非難を受けた。 王は先代の王から仕えている重臣には強く出れないことも多い。 今でこそ思うことだが、そのような事を重臣達に言わせない為にも、王の傍に居た以上は自分の意思を飲み込むことも時に必要だった。 ランシェットもグリゴールも王も、隙を与えないように振る舞い、周りを信頼できる者でもっとよく固めておく必要があったのだ。 過去の感傷と後悔を振り切るように、伝令の男に声をかける。 「…お前さんが来てくれてよかった。 王は元気にされてるのか?」 「…表向きは変わりませんが最近は少しお疲れのようです。 私の兄が王宮の書庫に仕えていて、ここだけの話以前より物思いに耽られることが多いと申しております」 早く王に会い、きちんと話がしたい。 そう思った瞬間、浴室から続く入口に人影が見えた。 その人物をきちんと視界に捉えた瞬間、二人は息を飲んだ。 伸び放題だった髪の毛は香油で艶やかに纏まり毛先は梳られ、緩く右側に結われている。 薄汚れ乾燥していた肌は白く輝き、上気したような頬、熟れた果実のような唇と称された容貌は少年のそれから青年へと変わっていたが噂に違わず殆ど衰えていなかった。 王の用意した衣装は寸法も良く合っていて、痩せたランシェットの体を見劣りさせない。 ヴォルデの王侯貴族はローブをよく着る。 王や王妃は床を擦るほど長いゆったりとしたものを着用するが、大臣になるとくるぶしほどの丈になり、若年になるほどすっきりとしたシルエットのものになる。 騎士になると機能性が問われるためもっと体に沿った前身の短いコートを着用するが、これはどちらとも違っていた。 まだ罪人という立場を解かれた訳ではないが、王の【花】である事を忘れさせない為の品位を保つかのように、ローブほど長くはないゆったりとしたシルエットの落ち着いた赤いケープコートに、中のドレスシャツの襟元からたっぷりと白いフリルが覗き、ロングブーツを合わせたパンツもゆったりとし凛とした雰囲気を醸し出していた。 とても少し前まで囚人服を着ていたとは思えない。 絶句している二人を見て、ランシェットは不安になったらしい。 「…変だろうか?」 「いや、全く…さすが【花】だな」 「ええ、全くです。 それでは私はこれで王都に戻らせて頂きます。 …お気を付けて」 ようやく開放された伝令の男は来た時と同じように慌ただしく早馬を駆けて戻って行った。 「さて、俺達も行くとするか」 「ああ」 ランシェットが湯浴みをしている間に、グリゴールは手早く身支度を整え、塔守に着任する前に着ていた騎士服に着替えていた。 村の酒場にいても違和感のない塔守の緩い普段着より、随分と身が引き締まる思いがした。

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