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第1話 切実に断りたい

 「呪われた王子?なにそれ」  長年の月日を重ね劣化した木の扉は虫食いで穴が開き、あらゆる隙間から風を通している。もうだいぶ前の話だが、このボロ屋では元々ペットを飼っていたらしい。  爪で黒板を引っ掻くような嫌な音がひっきりなしに鳴り、つい先日扉ごと外れた。そんな扉を開けて入ってきた郵便配達のおじさんがそんな噂を口にする。  「あぁ。どうにも、呪いのせいかそれはたいそう醜くなっているらしい。呪いで身体中黒くなっているらしいし、怖いよなぁ。あまりにも酷いから、国王様や王妃様にも見放されているらしいぞ。扱いが酷いせいか、使用人にも冷たくあしらわれているとか。お労しいなぁ」  「いやいやおかしいでしょ、解呪は?呪いっしょ?魔法あるじゃん」  「またお前はそんなことを言って。魔法は万能じゃないんだぞ?使えないから分からないのは仕方ないんだがな、呪いにもレベルってものがあるんだ」  「ふーん?呪いにレベルがあるわけ?」  「ああ、国一番の魔法使いでも解けなかったらしいぞ」  怖い怖い、と呟きながら、目的である郵便物を渡される。宛先は伯母からで、中身は分からないが両手で抱える位には大きい。  「呪いなんて見たこと無いんだがなぁ。ああいうのは教会の専門分野だから、郵便配達のわしには分からんよ」  お手上げだと言わんばかりに肩を竦め、ひらりと手を振り部屋から出ていった。受け取りサインをしていないんだが、また後で戻ってくるのだろうか。  彼は、このボロ屋に来て初めて会った人物で、こちらから一方的に親近感を抱いている郵便配達のおじさんだ。顔が前世の自分にそっくりなのだ。同じという訳では無い。骨格はそのままだが、そこに年齢を重ねて疲れた顔をしている。歳をとったらこんな感じなんだろう。顔を合わせる度に微笑ましい気持ちでいる。  「魔法は万能じゃない、か・・・・・・」  身体中に循環する魔力を意識する。その魔力が右手に集まるように、そこからライターのような小さな火が出るイメージをしてみる。  分かっていたが出ない。落胆することも無く、手を下ろした。でも、悔しいから『ファイアー』と呟く。  魔法はこの世界では誰でも使える。だが、この体は魔法を使うことが出来なかった。魔力が零だったからだ。    何となくその理由が、転生者だからと検討をつけている。そう、この体の中に宿る別人格、上小路 涼(かみこうじ りょう)は元々この世界で生まれた訳では無い。所謂、転生というやつである。  目が覚めたら六歳の子爵令息だった。  手触りのよいシルクの感触に違和感を感じたと共に、誰かの泣き声が耳に纒わり付いた。煩い目覚ましに目を開けると、大勢の大人に囲まれていた。すごく大きい。  呻き声をあげると、皆一様に、こちらを凝視する。異様な光景に、瞬きひとつ出来ずに失神した。  涼は、人間恐怖症なのだ。  たった一センチの距離で見えた充血でギラついた目が特にトラウマだ。後に父親だと分かるが、元々の体の主人とは違うからただの他人である。  二度目に目を開けた時、傍らには執事見習いと名乗る小さな子供がいた。奴隷と呼ばれる存在のようで、子供には首輪があり、必要以上に主人に近寄れない。二メートル以上近づくと、空間から鎖が現れて、首輪と繋ぐ。興味本位で近付き、首を絞めてしまったことがあった。  この子供に対しての恐怖はあるが、近寄れないと理解してからは気楽だった。それに、人というより猫だ。人型だが、耳が生えている。目はつり上がっており、瞳が大きい。長い茶色の尻尾はこちらを魅了するように動くから、少しだけ恐怖が薄れた。人間らしさは少しでもない方がいい。動物は好きな方だ。  彼の話を聞く限り、この身体は高熱で生死をさまよったらしい。なんでも夕食に毒が紛れていたのだとか。  話に相槌を打つも、見慣れない景色に不安で落ち着かなかったのを覚えている。冷汗で肌に服がひっつく。気持ち悪さで脱ごうとした時、小さな手に気づいた。子供のような手。モチモチしている。鏡を見せてもらうと、それはもうとてつもない美少年が映っていた。  天使だ。  金髪に碧瞳、透き通る肌に庇護欲を誘われるような大きな瞳。熱で潤んだ瞳に色付いた頬が、色気まで醸し出している超絶天使顔のご令息だった。  ただの平凡な容姿に、親の金でニートライフを送ってきたはずが、何故か彼に生まれ変わった。名前はリーフ・アルドノリア。アルドノリア子爵家の一人息子である。  毒を飲む前のリーフの記憶は、一切無い。  「うっわぁ、可愛すぎて吐きそう」  現実逃避に頬を引っ張り、ベッドのシーツをひっくり返し、鏡で変顔をしても、動作をしているのは紛うことなき天使で、寝ても覚めてもリーフとしての一日が始まった。  なんてこった。もう知らん。  開き直って、記憶喪失という形で、この家族にお邪魔させていただくことにした。日本に戻りたいと考えたこともある。新しく買ったゲームがもうすぐ届くはずだったからだ。  勝手に買ったし、日本に戻った時に捨てられてたらどうしよう。そもそも俺は死んだのだろうか。何度自問自答したか分からないが、答えてくれる人はいなかった。  何年考えても、自分の最期を思い出せない。前世の名前や家族のこと、どうでもいいゲームの内容なら思い出せるのに。一つ一つの生活を振り返ると、自分の人生は充実していたことに気づく。  涼は働くことが嫌いだった。出来れば楽がしたい。何もせずに過ごせるなら極力何もしたくない。だからこそ、人生ライフを充実にさせるためなら、親に迷惑をかけることは当然だと思っていた。特に申し訳ないという気持ちも浮かばない。  母親もそれを許してくれていた。金もあったし、人生イージーモードだった。  まぁ、人との関わりに難アリだから交友関係は壊滅だが。  あいにく、生まれ変わった家は貴族だった。それも、話を聞く限り、最近事業に成功した金持ち子爵。環境だけは前世と何ら変わりない。  前世では、平々凡々な容姿から、顔のいいリア充に憧れをもっていた。物語のような天使顔に高揚する。  しかしそれが、人を寄せ付ける害悪でしかないと気づくのにそう時間はかからなかった。目の色を変えて迫ってくる奴らを見るのは、とてもじゃないがいい気分ではない。  前世での平凡容姿が恋しい。  いつどんな世界でも失ってから気づくというのは普遍のようだ。  どこに行っても目立つから、引きこもって、美味しい物を食べて、寝て、遊ぶことにした。結局してることは前世と変わらない。  リーフの両親は、毒を盛られた事で息子が人間不信になってしまったと思い込んでいる。 愛されてはいるものの、リーフが近づいて欲しくない事を何度も告げると必要以上に関わってこなかった。  そして、リーフに転生してから十年。子爵家のだだっ広い屋敷を出て、現在リーフは一人で生活を楽しんでいた。  「はぁ。まさかネットがないなんてなぁ。しかも、魔法は使えないし、家に居たら勉強させられるし」    万年親のスネを齧ってダラダラゴロゴロ遊んでいた身体に、子爵家での厳格な生活は合わなかった。身分が低く、領民とは割と気軽な関係を保つ子爵家ではあるが、リーフには適用されなかった。  目覚しい活躍から、伯爵位に陞爵する話が出たからだ。そしてリーフはアルドノリア家唯一の跡取り。今まで以上に社交や、領地運営に関わる知識を身につける必要がある。  しかし、リーフはそんなことをしたくはなかった。両親も、リーフの人間不信ぶりを見て養子を取るか、第二子をつくることを検討している。  だがそれも全て確定しておらず、予定に過ぎない。現時点ではリーフが最も跡取りの地位に近いし、伯爵位にもなっていない。  父親はリーフに、必要以上に関わらないことを条件に、ノルマの勉強を行うこと、五体満足健康でいること、一か月に一度は顔を見せることを確約させた。    しかし、めんどくさい。非常に面倒なのだ。  だからこそリーフは母親にこう告げた。    「この家に俺を狙う奴がいる気がして寝れない」  「このまま寝れないと頭がおかしくなりそう」  「死にたくなってきた」  リーフに甘い母親は戦慄した。  “可愛いわが子が死んでしまう”  リーフは自分の武器を最大限に用いた泣き落としを行い、母親を陥落させた。  そして金だけ貰い、家を出た。もちろん場所は厳選している。安全区域の閑散とした自然の中。子爵家の領地内ではある。ただし、許可が降りたのは一週間のみ。十年も窮屈な暮らしに耐えてきた割には合わない気がするが、リーフは満足していた。  陥落させたとはいえ、かなりの反対があった。それに、リーフも勘づいているが、子爵家の“草”と呼ばれる隠密が張り付いている。  気配すら感じないが、いるかもしれないと思うだけで何故か視線を感じる。それでも、実際に気配を感じ、視線を集めていた生活に戻るよりはマシだ。割り切ったとも言う。  配達のおじさんから受けとった郵便物の上には便箋が張りつけてある。  「はぁ・・・・・・おばさんの手紙ってことは、帰ってこいってことだよなぁ。めんどくせぇ」    礼儀もマナーのレッスンもうんざりだった。子爵家の後継としての領地運営やら、歴史だの数学だの、そっちの勉強も面倒くさい。ぶっちゃけ、楽しく生きていたらそれでいいじゃん!精神のリーフにとっては、日常生活ぐらい楽に伸び伸び生活させて欲しかった。  郵便物を開くと、何故か執事服がある。  「・・・・・・嫌な予感」  悪寒と共に手紙を開く。そこには、いつもより優しげな挨拶から始まった、地獄のような内容があった。  「は?王城勤め?あ、明日から?・・・・・・は?」  手紙を要約するとこうだ。もう適齢期なのだから、王城でいい男を引っ掛けてこい、と。  「だから、俺結婚は無理だって!あんだけ言ってんのに!クソッ」  実はこの世界、何故か男しかいない。  リーフは悪寒が止まらなかった。涼が人間恐怖症になったのは、小さい頃変な男に悪戯されたことがきっかけだ。さらにその噂が近所に広がり、男友達に酷い言葉をかけられたことで人間恐怖症に陥った。  人間の中でも男が特に怖い。だからまだ、女の方がマシだった。しかし、女はいない。  ちなみに、この世界に女という単語はある。その定義とは子供を産める男という意味である。オメガ性とも言われている。    リーフの家族も母親(男)と父親(男)というもう訳が分からん世界なのである。リーフには、男同士という発想がないため、今でもどうやって子供が生まれるかを知らない。  そして結婚を勧めてくる手紙の主、おばさん(男)は、政略結婚で幸せを掴んだ人だ。  とはいえ、やたら勧めてくるのは本当に勘弁して欲しい。  どうやら王城勤めの話は既に纏まった話らしく、明日からの出勤だから、前日に断れば、推薦した自分は罰せられるだろうことも書かれている。圧がすごい。罰だろうがなんだろうが、自分に被害がなければ間違いなく断っていた。  だがしかし。  「くっそおぉ、逃げられないぃぃ」  前日キャンセルくらいで罰とかまさか、と日本にいた頃の涼は言うだろう。だが、本当にこの世界ではあるのである。  初めて鞭打ちなんてものを見た時は失神した。そして実は、幼い頃にリーフも鞭打ちを経験している。その時も失神した。  王城では、連座性が存在する。罪を犯した本人だけでなく、その家族などに刑罰を及ぼすことが出来る。それも経験しているのだ。リーフは王城の人間が特に大っ嫌いだった。  おばさんも知っているはずだった。リーフが鞭打ちされた原因はそのおばさんなのだから。  これだから、人間は嫌いなんだ。すぐに嫌なことに巻き込もうとする。  「まぁ、でも、ほんとに俺に幸せになって欲しいって思ってんだよなぁ。謎い」  例え、こう書くことで、リーフが王城勤めを断らないだろうと分かっていてもだ。純粋に彼がリーフの幸せを願っているのも事実なのである。  だが幸せを願っているならここでそっと暮らさせて欲しかった。せっかく苦労して一週間の楽しい生活をゲットしたのに。これでは余計なお世話というやつだ。  「王城勤めってことは、働けばいいってことだろ。別に結婚する人を見つける必要も無いし」  人と会う恐怖より、罰による痛みへの恐怖が勝つ。そもそも、幼いとはいえ鞭打ちの刑をされた罪人が登城するのはいいのか。刑法には詳しくないが、小さかったからもういいよ的なゆるい感じなのだろうか。  包まれた執事服を見てため息をつくのだった。

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