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第12話 セイントシュガー祭 ④
シルフィが目覚めたのはセイントシュガー祭の最終日から一週間後のことだった。
その日までリーフは生きた心地がせず、今日までに五キロ体重が落ちた。
こんな状態にも関わらず、シルフィの両親がシルフィを気遣って見舞いに来るようなこともない。もちろん彼らの兄弟も来ない。
「リー。少し休みなさい。今日も食事をしていないだろう。第三王子が目覚めた時に、リーが倒れていたらどうする」
リーフは隈で黒くなった顔色の悪い顔で首を横に振る。
「医者も言っていただろう。ただ寝ているだけだと。バイタルも安定している。大丈夫だ」
スフィリオの言葉はリーフにとって気休めにすらならなかった。自分があげたもの でシルフィが倒れた。その事実以外に何も頭に入ってこない。
スフィリオは黒く小さい手を握り続けるリーフを痛ましそうに見る。テコでも動かない様子に根負けし、スフィリオは暖かい毛布をかけ、その場から立ち去る。レイラウドはスフィリオが心配でついてきている。スフィリオをシルフィに近づけたくない様子だが、同時にリーフにも近づいて欲しくなさそうであった。我が子同然のリーフが倒れてしまったら、レイラウドはその原因であるシルフィに更に厳しい目を向けるだろう。
レイラウドはリーフの名前を呼び、無理やりにでも食事を取らせようとしたが、スフィリオに止められる。レイラウドはそれでもリーフを連れていこうとしたが、リーフは動かない。真っ赤に充血した目で、動かないシルフィをじっと見つめている。その様子は、誰の声も聞こえていないようだった。外ではセイントシュガー祭の余韻でまだ賑わっているのに、シュガレットを亡くした英雄がいるかのように、この部屋の空気は重かった。
「リー。また来るから。今日も同じ様子なら明日は無理やりにでも連れていくからね」
二人は魂の抜けたようなリーフを心配そうに見たが、部屋を出た。スフィリオは召喚獣二体を部屋に残しておく。残りの一体はスフィリオの元にいる。レイラウドに必ず一体は傍に置くようにと注意されたからだ。実際、死にかけたためスフィリオは不本意ながらその要求を受け入れた。
しかし、スフィリオが受け入れようが召喚獣達は違った。もちろん、スフィリオ に文句など言うはずはないが、召喚獣の心は皆同じであった。スフィリオではなくリーフにつきたい。本日も、誰がリーフの元へ行くか多いに揉めている。
「決めたやろ!?わいが一番強いから、あのか弱い主 を守らんとどうすんの?」
「決める、無い。一方的、ダメ」
「おまえらわいより弱いやん!主 は強いから、わいはいらんやろ」
「ダメ、交代」
「ワンワンっ、ワン!」
度々召喚獣同士で威嚇し合う様子も見られたが、誰も気にすることは無かった。本日は、猫っぽい何かと鳥っぽい何かがリーフについている。結局、多数決で交代にすることが決定した。
しかし、リーフの近くで守りたいと思っていても、スフィリオに残された召喚獣たちは、ずっと戸惑っていた。明るくてこちらを包み込んでくれるような温かさや、少し意地悪な面も全て鳴りを潜め、鬱蒼とした深い森の奥の中にいるような、青白いリーフが空虚な目でシルフィを見つめている。
強引に自分たちを可愛がってくれるとても可愛い主が、やつれて泣きそうな顔をしている。
「なぁ、倒れるで。わいがいる時は強い回復魔法かけたるけど、それでも限界はあるんやで」
弱っているリーフにいつもの調子で話しかけることは出来ず、慰めるように近づく。リーフは近づいてきた召喚獣たちを抱きしめた。
召喚獣たちは自分の頭の上に落ちる生温い水滴に気づかないフリをしながら、震える主を慰めるようにただ傍にいた。
召喚獣たちがリーフに寄り添っていると、微かだが寝息が聞こえる。最近あまり眠れていないリーフだが、召喚獣たちを抱えている時だけ軽い睡眠が取れていた。リーフを起こさないように気配を消し、寝やすいように瞬間移動で布団を近くに寄せたり、アロマを炊いたりといたせりつくせりだ。
いつもなら用意している最中に目覚めたり、寝ても直ぐに起きていたが、余程疲労が溜まっていたのか今日はなかなか起きない。死んだように眠るリーフは脈が弱く、痩せて貧相に見える。召喚獣たちにとってはシルフィの体調より、このままリーフが死んでしまわないかとても不安だった。
召喚獣たちが身を寄せてくっついたりしていると、リーフの張り付いていたベッドが少し揺れる。
敏感にその気配を察知した召喚獣がベッドの上を覗くと、モヤのない黒い王子が目を覚ましていた。
「・・・・・・起きたんかぁ?おっそいなぁ。こっちは今寝たばっかやから、起こさんといてなぁ」
リーフを起こさないように小さな声でシルフィに話しかける。王子に対しても言葉遣いは変えない。スフィリオの召喚獣たちにとって、リーフとスフィリオ以外はどうでもいい。
シルフィは召喚獣たちの言葉に特に反応を示すことも無く、忙しくなくリーフを探した。やがて目的の人物が、床で寝ていることに気がつくと、起こすなと言われていたにも関わらず、全体重をかけてリーフの元へ飛び込む。流石に、疲れているリーフも起きた。
「・・・・・・っう!?え?・・・・・・シル、フィ様?」
初めて名前を呼ばれたことに、目を見開くシルフィだったが、寝ぼけ眼のリーフは気がついていないようだった。
「・・・・・・あ。王子、良かった、俺、もう、ダメかと思った・・・・・・ッ」
そう言って泣き出すリーフに、シルフィはあたふたするしか無かった。シルフィも、リーフと同じくらい人との関わりが少なく、泣いているリーフがどうやって泣き止むのか知らないし慰め方も分からない。
慰め方だけではない、他にも戸惑う要素があった。リーフの色がとても暗い色だったからだ。
シルフィは生まれた時から、心の声を色で可視化することが出来た。リーフ以外のものは皆、誰も彼もが冷たく暗い色をしている。リーフと初めて会った時、彼は暖色を纏っていた。そんな色を見るのは初めてだ。最初はうっすらと緑色や黄色であったが、最近はオレンジだったりピンクだったりする。その色に包まれていると、とても気分が良かった。
今、初めてリーフの暗い色を見た。しかしその色も、どんどん明るい色に変わっていく。まるで、シルフィのまとわりついていたモヤが雪の苺のジャムで浄化されていくように。
「よかった、よか、っ、よかっ・・・・・・た」
段々と声は小さくなり、リーフはすぅと眠りに落ちた。死んだように眠るリーフに、召喚獣もシルフィも身を寄せて温める。シルフィは、リーフの腕の中に潜り込み、暖かいお腹の上に頭をこてんとくっつけた。微かに心臓の音も聞こえて、とても落ち着く。それに、リーフの色が包んでくれてとても嬉しい。
目を閉じると、スフィリオに腹が立った時のことを思い出す。スフィリオはシルフィの声が唯一聞こえ、シルフィもまた、スフィリオの心の色が見えていたから、スフィリオの言動と心の中が一致していないことに気がついていた。
前まで気にならなかったものが、リーフがいないだけで気になる。リーフがいなくてもやれていたのに、寂しさは募る。前まで本当に気にならなかったのに。リーフももう帰ってくるのに。
暖かい色で包まれていた世界が、急速に冷たいものになって行く。このまま帰ってこなかったらどうしよう。あの綺麗なものを見れなくなったら、あの優しい手が自分を触ることがなかったら。
スフィリオがリーフの名前を出した時、スフィリオから少しだけピンクの色が出た。懐かしさからモヤが勝手にスフィリオの元へ向かってしまう。しかし、近づいてきたモヤをスフィリオは振り払う。それに、一瞬でその暖色も消えてしまい、あとは黒い色が残っただけ。
黒い色は、何故かシルフィの元へやってくる。今も、スフィリオの黒い色がシルフィの元へやってくる。そのまま体に入り込んだ。モヤの量が少し増える。
初めて暖色に拒絶されてしまったこと、いつもなら慰めて一緒にいてくれるリーフがいないことで、シルフィは感情が抑えられなくなる。
気づいたらスフィリオが倒れていた。モヤも溢れ出して止まらなくなっていた。
シルフィのモヤが溢れ出して止まらなくなった時、シルフィはずっとリーフを探していた。スフィリオを傷つけてしまい、初めてみた血の匂いや動かない人間に、恐怖で動けなかった。シルフィはずっと、リーフに助けを求めていた。
リーフがシルフィの元へ来てくれた時、シルフィの様子が変わっても変わらず接してくれるリーフに飛び込もうとしたが、リーフは血を吐いて倒れてしまった。スフィリオとは違って動いていたが、シルフィはスフィリオのように動かなくなってしまったらどうしようと怖かった。
「あんまこいつのこと傷つけんとってな。おまえだけが心配してるわけやないねん、わいらもごっつい心配しとんねん。王子さんはまだ若いから不安定なんは分かるんやけどな、それでも甘えてばっかで守られてばっかはあかんのやで」
シルフィはリーフを見つけて少し余裕が出来たのか、召喚獣の話を聞く。軽く頷いているが、召喚獣の話に何やら色々考えているようだった。
考えているようならこれ以上言わないと、シルフィから興味を逸らす。
「おまえが目覚めるまで、ずっと手握ってたんやで。目覚めたら労わってあげてな」
シルフィは二度頷くと、軽くなった体でリーフに抱きつく。シルフィの色は見える。ただ、モヤはもう出なかった。意図的に出そうとしていた訳でもなく、無意識に出していたから、なぜ消えてしまったのか分からない。しかし、きっとあのプレゼントのおかげだろう。
レイラウドから聞いたシュガレットと英雄の物語。
もしかしたら、白いお守り が自分を助けてくれたのかもしれない。
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