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第6話

 また悪夢で目が覚める。時刻は午前十時。青龍様はもうベッドにいなかったが、残り香が軽く漂っている。全身冷や汗をかいていたのでシャワーを借りることにした。風呂場は採光を生かす設計になっており、朝の光に包まれた僕は少し落ち着くことができた。  寝室を出て、テーブルのある部屋に行くと、綜が「おはようございます」と挨拶してくれる。青龍様は引き続き書斎にいるらしい。 「朝餉の準備をして参りますので、座ってお待ちください」 「あっすみません、よろしくおねがいします」  しばらくすると、サラダとパンとスープが運ばれてきた。スープはオニオンスープらしくコンソメと玉ねぎがいい香りだ。  こんなにちゃんと生活できたのは「あの日」以来だ。きちんと寝て、きちんと食べる。その最低限のことすら僕はできていなかった。  パンはトースターで焼かれた食パンにバターが添えられている。瑞々しいサラダを食べてパンを頬張るとなんともいい香りだ。オニオンスープも玉ねぎが甘くて美味しい。 「質素なもので申し訳ありません」 「いや、こんなにしっかりとした朝ご飯を食べるのは久しぶりだよ、ありがとう」  朝食を食べ終え、綜が青龍様を呼びに行くと早速病院への張り込みについて打ち合わせた。青龍様がA病院、僕がB病院、綜がC病院、残りの二つの病院は凛と咲という青龍様の部下が見張るらしい。各自青龍様の式神を持たされ、犯行グループを見つけたらその式神に後をつけさせるとのことだ。  式神を放ったら青龍様はそれがわかるらしい。その時は全員を一箇所に召喚し、後を追うとのことだった。  僕以外の全員が念によって会話できるようだが、僕にはできないので、全員のスマートフォンの連絡先を教えてもらった。 「いいか、各自無理はするな。また車のナンバーも念のために覚えておくように」 「はい、わかりました」  僕はB病院に向かう。B病院は新宿にある病院で、大きいし設備が整っていそうな新しさだった。病院に到着すると次々とお腹の大きい妊婦が病院を訪れている。皆不安げな面持ちで、タクシーでくる妊婦も多かった。 妊婦たちの中には姉が生きていたら同じ歳の頃の女性も居たので少し胸が痛んだ。「あの日」の事件さえなければ幸せに結婚をし、将来的には子供が生まれていたかもしれない。  僕は病院から最寄りの新宿駅までの道のりを歩いたり、少し路地裏を歩いたりして犯行グループが来ないか見張っていた。何より犯行グループにこちらの存在を知られるわけにはいかないので、慎重に場所を変えながら見張った。  午前中から午後の五時までに犯行が行われていることから午後五時まで新宿をうろつくことになる。喉が乾いたらコンビニでお茶を買い、休憩は小さな公園で済ませた。五月の心地よい風と平日特有のぼんやりとした雰囲気が眠気を誘う。さて、次はどこに向かおうかなと方向転換をした瞬間、 「すみませーん、ちょっといいですか?」  制服を着た警察官二人組に道を塞がれた。 「えっと、あの、なんでしょうか……?」 「最近物騒なのは知っているだろう?ちょっと質問したいことがあるのだけれど、お兄さん、身分証明できるもの持ってる?」 「あ、はい……」  保険証を見せると警察官は僕の上から下まで検分しながら聞いてくる。 「今日はどういう目的でここにいるの?」 「あっその、さ、散歩に……」 「お兄さん、職業は?」 「フリーター、です」 「なるほどねえ」  二人は僕をあからさまに馬鹿にしたような目で見た。 「少しポケットの中身を見せてもらっていいかな?」  彼らは半ば強制的に僕のポケットを漁ってきた。出てきたのは財布、家の鍵、そして青龍様に式神として持たされていた折り紙だ。 「折り紙?変わったもの持っているねえ」 「甥っ子がくれたんです。もういいですか?」 「はいはいいいですよ、念のために氏名控えさせてもらいますね」  今のは職務質問というやつだろうか?田舎の誰もが顔見知りの環境で育った僕は初めて受けた。呆然としているうちに「あんまり出歩かないようにね」と言われて解放された。  いつの間にか日が暮れていて、夕方五時を過ぎていたので集合場所に戻り、青龍様の家に帰ってきた。 「今日は成果がありませんでした……ただ職務質問?を受けたので警察官も似たようなエリアを警戒しているのだと思います」  と青龍様に報告すると、 「成果がないのは良いが、職務質問だと?」  と聞いてきた。 「あ、はい……まずかったですか?」 「警察官に目をつけられると後々厄介だからな……」  青龍様が言うと綜が言う。 「まずその髪型は怪しいと思います……服装も全身黒いですし……」  僕は前髪を正面が見えるギリギリまで伸ばし、服装は黒いパーカーに黒いズボンだ。確かに不審者に見間違われ、前を歩く女性が早足になることも多い。 「確かに。綜、切れるか?」 「大丈夫だと思います。今から準備しますね」 「えっ待ってください。服装はなんとかしますから、髪の毛は……」 「調査の間だけだ。髪はすぐに伸びる。何か問題があるのか?」 「……その、僕は瞳の色が嫌いで……」  「あの日」から鈍色になり光を反射すると禍々しい虹色になるこの瞳の色が大嫌いなのだ。 「悪いが、職務質問を何度も受けていると目立つ。犯行グループに警戒されかねない。そうだな……確かカラーコンタクトレンズというものがあったな、凛、洋服と一緒に準備できるか?」 「はい」  凛はキッパリと頷く。確かにカラーコンタクトレンズは名案で、どうやら拒否するのは難しそうだ。 「というわけだ。調査の間だけ髪を切ってもらうぞ、良いか?」 「……わかりました、調査の間だけ……」  渋々承知すると、綜に風呂場に連れて行かれる。 「青龍様や他の神使の髪の毛も切っているから安心してください」  風呂場には床にビニールのゴミ袋が敷かれていた。そしてカッパのようなものを首に巻きつける。綜はスマートフォンで器用に男性の髪型を検索しながら「何か要望はありますか?」と聞いてきたので「おまかせします……」と答えた。 「おまかせって、モヒカンとかにしちゃうかもしれないですよ?」 「それは……困るよ……」 「そうですよね。これなんてどうでしょう?」  綜は今風の髪型をした男性の写真を見せてくる。 「ちょっとワックス使えばこれくらい簡単にできますよ」 「あの、大人しめでお願いしたいんだけれど」 「えー、似合うと思うんですけど……じゃあこれはどうでしょう?」  さっき見せてくれたのよりは地味で僕らしい感じがした。 「これでお願いします」 「わかりました。全体を短く切って、少し段を入れますねー」  美容院に行かず床屋でも緊張する僕だが、少しは気心知れた綜に切ってもらえるので緊張はしない。だからといって僕のコミュニケーション能力が低いので話が弾むわけではないが、綜が色々と気を利かせて話しかけてくれる。 「僕と凛と咲は青龍様の余剰な霊力が具現化したもので、根本的にはほぼ同一の存在なんですよ」 「そうなんですか」  あの厳しい雰囲気の青龍様とはあまり似つかわしくない温和な雰囲気を持っているのに同一の存在とは驚きだ。青龍様にもこのような一面があるのだろうか? 「ですから僕の意思は青龍様の意思と思っていただいていいです」  というと僕は青龍様にご飯を作らせたり服を揃えてもらったり髪を切ってもらっているのか……。 「なんだかお世話になりっぱなしだね、その、ありがとうございます……」 「いえいえ!むしろエリアを絞り込んでいただいて感謝していますよ」 「青龍様はお優しいのですね……」  口調は厳しいし雰囲気も堅いのでわかりにくいが、僕のために苦痛を罰として与えてくれている、気がしていた。 「神は厳しくもありますが、万物を慈しむ存在でもありますから。僕は青龍様と意識が繋がっているので……。  青龍様はあなたのことをとても案じています。態度にはあまり出ませんが」 「いえ、少しわかる気するよ」  多少サディスティックな一面はあるが、それは僕が望んだから。慈悲深い神様が人間の望みを叶えてくれているのだろう。 「随分と賑やかだがなんの話をしているのだ?」  青龍様が浴室に来た。そんなに煩くした覚えはなかったが、浴室は声が響くので煩く感じたのかもしれない。 「す、すみません青龍様」  と僕が謝ると、 「いいんですよ、楽しそうに話をしているから気になってきたんでしょ?」  と綜が笑っている。青龍様は咳払いを一つして気まずそうにその場から去っていった。 「青龍様、怒ってらっしゃるんじゃ……?」 「大丈夫ですよ、僕と觀月さんが仲良くしているからちょっと嫉妬しているのかもしれません」 「そんな、まさか」 「ふふふ、僕と青龍様は繋がっていますから、全てお見通しなんですよ」 「えぇ……」  そんな話をしているうちに髪の毛を切り終わったらしい。綜がカッパのようなものを取り去り、足元のビニール袋に落ちた大量の僕の髪の毛を集めて捨てている。風呂場の大きい鏡で見てみると久方ぶりに禍々しい色の瞳と目があって憂鬱になった。 「やっぱりすごく綺麗な顔をされていますね!これを髪の毛で隠すのは勿体無いです。この後はこのままお風呂に入ってください。そうすれば取りきれなかった髪の毛も落ちますので」 「ありがとうございました」  綜が風呂場を出て行った後改めて鏡を見る。瞳の色が悍ましすぎて鏡を割りそうになるのを堪えた。瞳以外は母親に似ていてやや柔和な雰囲気だ。ここしばらくまともに自分の顔を見ていなかったが、ますます母親に似て来ている。  綜に言われた通り風呂から上がり、髪の毛を乾かすと確かにすっきりとして少し気分が良くなった。着替えてテーブルのある部屋に向かうと夕ご飯が用意されていた。今日のメニューは肉じゃが、コールスローサラダ、里芋の田楽、そして豆腐の味噌汁だった。随分と腕によりをかけてくれたらしい。 「お疲れ様でした。夕餉を召し上がってください」 「青龍様は?」 「書斎にお篭りです。さあ、冷めないうちにどうぞ」 「ありがとうございます」  夕ご飯については文句のつけようのない味付けだった。肉じゃがの具はホロリとしているしコールスローサラダにはツナ缶が入っていた。里芋の田楽もついている味噌が絶品であっという間に食べてしまった。 「ごちそうさまでした」  と言って食器を下げると、明日以降のご飯の仕込みをしている綜が「お粗末様でした」と安堵した顔で言った。 「よく食べていただいてうれしいです。觀月さんは細すぎると青龍様が心配されていたので」  それを聞いた僕は赤面した。体が細いって……あの行為の最中にそんなことを気にかけていてくれたなんて。 「食べたらなるべく早く寝てくださいね、一旦青龍様をお呼びしますので寝室でお待ちください」 「え、ちょ、それは……」 「そう言った行為をしないと眠れない様子ですので、調査のためにもしっかりと睡眠をとっていただきます」  有無を言わせぬ口調で僕に歯磨きをさせ、寝室に追い込むと、程なくして青龍様が現れた。  僕は例によってベッドの隅っこで壁に向かって体を丸めていた。 「お前は……責められている時に安堵しているようにも見えた……違うか?」  耳元でそう囁かれる。 「そ、んなことは……」  そういうと青龍様の右手で無理やり後ろをむかされて深く口付けられた。長い舌が僕の口腔を蹂躙する。上顎を舐められるとぞくん、という感覚が脳髄まで駆け上がった。 「ん、……んん」  息が苦しくなるほどの激しい口付け。これからの行為の期待感に僕の中心がもう頭を擡げる。さらに青龍様は左手を僕のスウェットの中に潜り込ませ、僕の乳首を摘み、くりくりと弄んできた。 「あ……んや……ぁ」 「嫌ということはないだろう?素直に良いと言いなさい」  青龍様は口付けをやめると、右手で僕の中心をスウェットの上から撫でながら言った。そこは早々に先走りで湿っているのがスウェット越しでもわかるはずだ。 「あ、……ん」 「このままだと服を汚してしまうから、全部脱ぎなさい」 「は……ぃ」  青龍様の低い声で命令されると心地よい。僕はそう言われて躊躇いつつ上下を脱ぎ一糸纏わぬ姿になった。青龍様は寝巻きの浴衣のままだがその中心が硬くなっているのを感じる。 「せ、青龍様も、脱いでくださ、い……」  畏れ多いながらも僕だけ全裸なのが恥ずかしくてそう言うと、青龍様も浴衣を脱いだ。均整のとれた体に思わず見惚れてしまう。全身に美しく筋肉がついており、まさに神聖な姿である。この青龍様が僕とこれから淫らな行為をすると考えただけで体が疼いて仕方ない。 「ぁ……」  思わず驚嘆の声を上げてしまう。均整の取れた体の中央が大きく聳り立っていたからだ。そこを凝視していると、 「はしたない子だな……さあ、舐めなさい」  青龍様といるとまるで本心を見透かされるような感覚に陥る。聳り立つ中心に心を奪われていたのが丸わかりだったのかと思うとすごく恥ずかしい。 「はい……ん、ぅ」  あぐらをかいている青龍様の中心を舐める。神様はこんな箇所まで美しいのだなと思うほど、雄々しくて立派だ。これが僕の中に入ってくることを考えるだけで後孔がきゅう、と窄まってしまう。 「もう挿入されることを考えているのか淫乱め……!」 「ん……、は、ぃ。ごめんなさ……ぃ」  もっと青龍様の言葉で、手で、中心で責められたい。無力な僕を罰して欲しい。その分だけ僕は安心できるのだから。  ぴちゃぴちゃと僕が青龍様の中心を舐める音が響く。舌で裏筋や亀頭の部分を舐めるとただでさえ大きいものがどんどん膨らんでいく。 「舐めるだけではなく、咥えて見なさい」 「は、ひ……」  僕は口を大きく開いて青龍様自身を飲み込む。大きくて顎が外れそうだ。青龍様自身の先走りで滑るそれは、凝縮された雄の匂いがしてクラクラする。 「ん……ぐぅ、う……」  青龍様は僕の頭を軽く掴むと自らを出し入れしてきた。喉のかなり奥の方の咽せるか咽せないかのところまで入れられる。すると苦しくて脳みそが痺れるような感覚に陥る。 「……っ、なかなかに狭くて善いぞ……!」 「んんっ、う、ぐ……はあぅ」  もう舌なんて使う余裕もなく、ただただされるがままだ。しかし僕の下半身は痛いほど反り返っている。思わずそこに手を持っていって自分自身を扱いてしまう。 「私のモノを咥えながら自慰をするとは、相当な淫乱だな……もう良い、お前の方を慣らす」  そう言うと青龍様は僕を仰向けに押し倒した。僕は早く青龍様のもので中をいっぱいにして欲しくて、自ら足を開き、下半身を差し出すようにした。 「一体、誰にここまで仕込まれた?」 「……、ちが……っ」 「まあ良い、さあ力を抜け」  青龍様の右手がまたあの粘液を帯びて僕の後孔に挿入される。そしてぐるりと内壁を一周掻き回して僕の感じる箇所を的確に刺激してくる。 「は……ぁ!あっあっ」 「ここが良いのだろう?」  中から精液を押し出すような動きにすぐにイキそうになる僕を左手で堰き止め、責め続ける。 「やぁ……、イ、かせてください……!」 「そんなことを言って、本当は責められたいのだろう?」  そう、もっと苦しく、もっと痛くしてほしい。苦しいほど、痛いほど僕は安堵する。  青龍様はさらに激しく中を責め立てる。イきたいのにイけないもどかしさで頭がクラクラし、若干トランス状態まで陥っている気がする。その苦しみが全て安心感になっていく。青龍様の手で辱められるたび、僕は癒されていく。 「あっ、あっ……っイく……っ」  精液を堰き止められていためなんと僕は精液を出さずに達してしまった。ビクビクと全身の痙攣が止まらない。 「堰き止められたまま達したか……本当に淫乱な体だな」 「は……はい……すみませ、……ん」  責められるたび、謝るたび、僕の心は充足感を覚える。  青龍様は僕の後孔に自身をあてがうと、一気に押し進めてきた。引き続き僕の性器は射精を堰き止められているので、背筋はのけぞり、気絶しそうな圧迫感にただただ圧倒された。 「――あ、ぅ……!」 「……っ、キツいな……」  青龍様が感嘆の声をあげる。僕の後孔は青龍様自身を食いちぎらんばかりの勢いで貪っている。全身に汗が滲む。 「なんて淫らな孔だ」 「す、すみま、せ……」  間もなく律動を始めた青龍様は僕の感じる箇所をわざと外して抽挿を繰り返すので、僕は僕自身の感じるポイントに青龍様の切先が当たるように腰を動かしてしまう。 「あっ、ん、ん――」 「腰が動いているぞ?どうした?」 「い、じ……わ……っ」 「ふ、わかった、ここだろう?」  そう言ってピンポイントに僕の感じる箇所を抉り出す。そうすると僕の射精欲が高まり、涙声で懇願した。 「お、ねがい……します……っ、イかせ、てください……っ」 「……まだ責められたりないだろう?」  青龍様はまた僕の喉笛を噛んできた。前回より深く噛まれたので傷こそできないが窒息しそうなほど苦しい。 「あ……ぐ……ぅ、ぐ……っ」  酸欠と痛みでまたトランス状態になる。果てしない癒し。痛みが僕を救ってくれるようだ。 「ぐ……ぅ、ゔっ」  そのまま青龍様は一層勢いよく僕の最奥に精液を放った。同時に僕自身への戒めもとく。 「あ、あ、あ、あ――っ」  尿道を精液がほとばしる感触、多大なる快楽に僕は気を失ってしまった。  目を覚ました時、青龍様が僕の体を清めてくれていたので、僕は慌てて、「すみません!自分でやります」と言った。 「良い、体を動かすのもキツいだろう?」  確かに、腕を上げるのもキツいほどの疲労感だ。しかし青龍様にそんなことをさせるわけにはいかない。 「で、でも……」 「良いと言っているのだ」 「すみません……」  大人しく拭かれるがままになる。 「すぐにそうやって謝るのは癖か?」 「あ、すみませ……不快ですか?」 「そうだな、お前が悪くないのに謝られるのは不快だ。お前は何もかもが自分のせいだと思っているようだが、そうでない時は謝罪は不要だ」 「は、はい」  そのまま服を着させてもらう。 「人間如きにできることは限られるのだから、何もかも自分が悪いと言うのは思い上がりだ……神なら別だが」 「……」 「過去に何があった?」 「……」 「話したくなければいいが……お前がなぜ痛みや苦しみを求めるのか、そしてそれで安堵するのか少し気になってな。別にお前の過去の恋人に興味があるわけではないが……」  青龍様が心持ち目を逸らしながら言う。  僕は覚悟を決めて話し出した。 「僕は東北の田舎の○○という所の祓い屋の家で生まれました。そこで祖父母、父母、姉、僕の六人で暮らしていました。僕の家は依頼は全国から来るほど、ちょっとは名の知られた祓い屋だったんです。特に母の力が強かったのです。その母は僕のことを相馬家の開祖以来の術者になると言ってくれていました……。  家族はみんな優しくて、一つ歳の離れた姉とは喧嘩もしたましたが勉強を見てくれたり術について教えてくれたりもしました。  僕は当時十八歳で高校を卒業し正式に家業の手伝いができるようになっていました。当時は母が言ってくれた「開祖以来の術者になる」という言葉と実際に霊力が強かったこともあり、自分の能力に自信がありましたし、それに溺れずに修行もしっかりしていました」  家族の団欒、テーブルの上に置かれたお菓子、母親の手料理の味。祖母がとってくれた山菜で天ぷらをよく作っていた。海の幸も豊富でよく姉と夕飯のおかずを取り合ったものだ。除霊の依頼で怪我をして帰ってきた父親を心配した日もあった。姉は一足先に家業を手伝っていた。村の人たちも優しくて、家の玄関に鍵なんてかけなくて、双方の畑で採れた野菜をよく置いていったりしたものだ。もう戻ることのない、皆の生活。僕が奪った皆の未来。 「「あの日」僕はいつも通り修行をしていました。曇天の空がやけに重々しいな、と思ったことを覚えています……。滝行を終えて帰宅する途中から妙な気配が漂ってきたので早足で家に帰ると、重く、禍々しい気配と異臭が漂っていました。祓い屋の家系でしたので、物怪の類から復讐されることもままあったのですが、それは未だかつて感じたことのないほどの霊力と頭痛がするほどの狂気の波動でした。僕が帰宅するなり血相を変えた母親が僕の手を引っ張って家の倉へ閉じ込め封印しました」  僕も戦わなければと思った強い感情と皆の死の予感、いや確信。 「「いいかい、絶対にここから出てはいけないよ」と言って出て行った母親の……家族全員の叫び声、うめき声、そして喘ぎ声が聞こえてきました。封印は母の渾身の力でされていましたが、「奴」は其れをいとも簡単に破りました。「奴」は無数の触手に口がついた恐ろしいほどの霊力を持つ化け物でした。それは、あきらかにこの世のものでも、あの世のものですらもありませんでした。父親と祖父母は既に無惨に殺されていました。母と姉は……触手が下半身を弄っていて半狂乱になっていました。僕は根拠がなくとも二人が犯されていると感じました」  惨劇と絶望。僕の霊力ではどうしようもないという感覚。圧倒的な質量と狂気。快楽を貪る母と姉の変わり果てた姿と喘ぎ声が響く中、僕は発狂しそうになりながらも、必死に考えた。 「「奴」は僕の母と姉を犯し、さらに村の外に出て行って暴虐の限りを尽くすと確信しました。なんとかここで食い止めなければいけないと思うと同時に、僕より強い母が「奴」に敵わなかったことを考えると、僕一人の力ではどうにもならないと言う確信がありました。だから……僕は……」  涙すら出ないほど後悔したけれど、それ以外の選択肢はなかった決断。 「僕は母と姉を含む村人全員の命を生贄にして、「奴」を己の中に封印……いや喰らうことを決断しました……村人は僕の家系の者が多く、普通の人間より霊力が高かったのです。僕は赤子から老人まで一人残らず生贄にする術式を今では考えられない速さで編み出し、実行しました……。それに合わせて僕のほとんどの力を使って「奴」を喰らいました。それが今の僕です」 「「奴」を喰らった瞬間、奴の名が「ヨグ=ソトース」と言うものであることがわかりました。この世のものでもあの世のものでもない、宇宙の果ての狂気……それが僕です。僕は祖父母と父を殺し母と姉を犯した存在と同一になりました。そして村人全員を殺したのも僕です。僕は……罪深い存在なのです」  青龍様はただ黙って僕の話を聞いていたが、 「しかし、たとえ喰らったからといってそのものとお前は同一の存在ではあるまい?魚を食べたからといって自分が魚になることのないように、家族を殺し母と姉を犯したのはお前ではないだろう」  と慰めるように言ってくれた。その言葉に、久しぶりにすっと涙が溢れる。 「ありがとうございます、青龍様。でも「奴」を喰らった瞬間から、感じるのです「家族を無惨に殺し母さんと姉さんを犯した感覚」を!僕は「奴」と同一の存在になったのです。生まれた時にはなかった触手で狂気の沙汰を巻き起こした感覚が残っているのです!」 「それは……」  青龍様はかける言葉を失っているようだった。 「青龍様、優しい言葉をかけてくださりありがとうございます。でも僕はどうしても罪深い存在なのです、苦痛だけが、それだけが僕の救いなのです」 「……妊婦連続誘拐事件に関係ないと言ったお前の言葉、信じよう。誤解をしてすまなかった。そして苦痛がお前の安堵になるのであれば、私は……お前に苦痛を与えよう……お前の望むままに」  そう言って静かに口付けをした。

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