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「まぁ、いきなり言われてもピンとこないよね」 「お前がそんな態度だからじゃないか?」 「どういう意味だよ、リュウ」 「イマイチ信用出来ないって言ってんだよ」 「あんな怖い目に遭ったんだから、少しでも気持ちを和らげたいって気持ち分かんないかなー」 「分かんねぇな!それに、このタイミングで(はる)鈴鳴(すずなり)川に来させるのは間違いだったんだ」 「確かに春ちゃんを来させようと考えていたよ?でもそれ言うなら、今回の原因はリュウじゃない?春ちゃんはリュウを探しに来たんだからさ」 「それならお前の張った結果だって、」 「もういい」 言い争いに発展したリュウジとユキに、ゼンの声が間に入る。静かな一言だったが、二人を黙らせるには十分な効果があったようだ。側に居ただけの春翔(はると)まで、思わずピンと背筋を伸ばしてしまう。気まずそうに俯いた二人に溜め息を吐き、ゼンは春翔に向き直った。目線を合わすように腰を下ろしたゼンの心配そうな瞳と目が合うと、春翔の胸が思わずドキリと震える。何故この人を怖いと思ったのだろう、今となってはその方が不思議だった。 「体は大丈夫なのか?」 「あ、は、はい、すみません、色々とご迷惑おかけしたみたいで…」  目が合うと落ちつかず、そんな気持ちを誤魔化すように視線を部屋へ向けた。四畳半の部屋には古い和ダンスや文机、はねのけられた布団。そこまで目に留めて、夢に惑わされてゼンに抱きしめられた事を思い出し、恥ずかしいやら申し訳ないやら不甲斐ないやらで、思わず頬を朱に染めて春翔は俯いた。 「いや、謝らなければならないのは俺の方だ。巻き込んでしまってすまない」 頭を下げるゼンに、春翔は慌てて頭を上げさせた。 「やめて下さい!川に行ったのは僕の判断ですし、皆さんには助けて頂いたので」 「それは当然の事だ、本来ならあんな目に遭わせる前に対処しなくてはならなかった。怖い思いをさせケガまで負わせて…申し訳なかった」 「ごめんね、春ちゃん!危ない目に遭わせるつもりはなかったんだ」 「俺も注意不足だった、すまない、春」 「ちょ、やめて下さい!僕、責めるつもりありませんから…!まだ受けとめきれてない部分も多いですけど、なんだか凄い体験をしてしまったなというくらいですし、リュウさん達の新たな一面を知れた事は嬉しいですから」 焦りつつ笑顔で告げる春翔に、皆何か言いたげではあったが、ゼンは春翔の気持ちを汲んだのだろう、「ありがとう」と、危ない目に遭っても皆に気を負わせないよう振る舞う春翔の心遣いに頭を下げた。 「ただ、無理はしないでほしい、今回は妖からの傷も受けている。先程も夢にうなされていただろう、そういう些細な事でも辛いと思う事があれば、すぐに我々に教えてほしい」 真摯なゼンの言葉に、春翔は少し戸惑いながらも頷いた。 「とにかく目が覚めてくれて良かった、今、医者を連れてくる」 「え?大丈夫ですよ、もうどこも何ともありませんし」 慌てる春翔に、ゼンは眉を寄せ、少し考えてから春翔の頬に手を伸ばした。そこには、蛇女につけられた傷がある。突然の接触に春翔はびくりと肩を揺らしたが、ゼンの親指は、春翔の頬にあるかさぶたとなった傷をそっとなぞる。その表情はひどく傷ついたものに見え、春翔はそっと息をのんだ。 「俺が不安なんだ、あの鈴鳴川でお前がどれ程の思いをしたか、俺には推測する事しか出来ないが、償わせてほしい。もう、お前に傷ついてほしくないんだ」 そう言うと、ゼンは春翔が何か言う前に立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。 「あの、」 「ゼンはただ、春の事が心配なんだよ」 「急に倒れたしね。看病だって、ゼンが毎日してたんだよ」 リュウジ、ユキと続いた言葉に、春翔は本当に心配をかけてしまったんだなと、申し訳なさと同時に胸が温かくなるのを感じた。そこでふと、疑問が浮かんだ。 「え、毎日…?」 「あ、そっか。春ちゃん三日も眠ってたんだよ」 「え、三日…?」 感覚としては、鈴鳴川での出来事はつい昨日の事のように感じていたので、まさかあれから三日も経っているとは思わず、春翔は真っ青になった。 「すみません、僕、帰らないと!」 和喜(かずき)真尋(まひろ)には、すぐ帰るとだけ言って出てきたので、三日も帰ってこなければきっと心配してるだろう。二人共高校生だから問題はないと思うが、未成年を残して何日も寮を空けるのは気がかりだ。それに仕事だって無断欠勤になる。 「あいつらなら大丈夫だって。隼人(はやと)には、話を合わせてくれるようにちゃんと言ってあるから」 「え?」 「寮には隼人が行ってくれてるし、お前の事は、急ぎの仕事で出張させてるって、あいつらには伝えてあるから」 「だから、春ちゃんは何も心配しないで医者にみてもらって、ちょっと休んでいきな。元気になってないと、和喜に怒られるだろうしさ」 「俺達がな」 「そーそー」 二人はそう笑って、春翔の気持ちを宥めてくれる。そうしている内に、障子戸の向こうから声がかかった。 「じゃ、俺らも出てるな」 「すみません、色々と…!」 「謝るのは俺達の方だから」 申し訳なさそうな春翔に、ユキはくしゃりとその頭を撫でた。そして、二人と入れかわりにやってきた人物に、春翔は、え、と間の抜けた声を上げた。 「よ!目ぇ覚めたみたいだな」 そう男前に笑う彼は、鈴鳴神社でカフェを経営している筈の、真斗(まこと)だった。

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