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居間の中央には、大きめのちゃぶ台が置かれ、部屋の隅に置かれたテレビには、ちょうどリュウジが出演しているドラマが流れていた。ごくごく一般的な平屋の一軒家、部屋の中も外も古い日本家屋といった印象があるだけで、まさかここで、妖が暮らしているとは誰も思わないだろう。 店に帰る真斗(まこと)を送り出し、居間にはリュウジとユキ、そして春翔(はると)が残った。 「色々と悪かったな、体調はもう良いのか?」 「はい、お陰様で…あ、でも(まこ)兄はあと一日休んでろって。もう一晩こちらでお世話になっても大丈夫ですか?」 「話は聞いてるよ、こっちは全然問題ないから。ゼンの家だし、気楽にしてればいいよ」 リュウジの問いに答えれば、ユキがのんびりと応じる。すると、「お前ん家じゃないんだから少しは遠慮しろ」、「自分だって同じじゃないか」と、再び言い争いが始まりそうになり、春翔は慌てて間に割って入った。 「あ、あの!えっと…ゼンさんは?僕、色々とご迷惑をおかけした上、もう一晩お世話になりますし、お礼を伝えたいんですが」 「ゼンなら書斎にいるよ」 「書斎?」 「妖って言っても、こっちでは働かないと食べていけないからね、ゼンもお仕事してるんだよ」 ユキの言葉に、ふと疑問が沸いた。人間の世界で暮らしている妖は、他にもいると真斗は言っていた。それは、二つの世の秩序を守るため、お互いに協力しているからだと。一体、彼らは主にどんな仕事をしているのか、妖の世界とはどんな場所なのか。 「…皆さんは、元々妖の世界に居たんですよね」 「あれ?興味が沸いた?」 にっこりと笑顔を見せるユキに顔を覗き込まれ、春翔はどきりと胸を跳ねさせた。こんな美男子な神主がいたら、そりゃ女性達は黙っていないだろう。 「妖の世にもそれぞれ国があって、呼び方は里だったり国だったり様々だけど、学校があって社会がある。違う国に出稼ぎに行く妖もいるし、旅する妖もいる、それは人の世と同じ。ゼンはああ見えて王族なんだ」 「王族…?」 「妖狐の国のね、王子様なんだよ」 「えぇ!?」 王子様。春翔の脳裏には、とある国のロイヤルファミリーや、おとぎ話の煌びやかな王子様が浮かんだが、眼光鋭く威圧的なゼンとはどうもイメージが重ならない。どちらかといえば、ユキの方が王子様のイメージにしっくりくる。 春翔がゼンに対し、少々失礼な事を考えていると、そんな春翔の考えを察してか、ユキはふふと、面白そうに笑った。 「王子っていうか、悪役顔だよね。マフィアの若頭」 「そ、そこまでは…」 「まぁでも、ゼンは自分が王子である事を嫌がってるから、本人の前ではあんまり言わないでやってね」 ユキは困ったように肩を竦めるので、これは本当の事なのだろうと、春翔は肝に命じた。 「分かりました。でも、そんな偉い人がどうしてこっちの世界に?」 春翔の問いに、リュウジとユキは互いに顔を見合わせた。その表情は、先程までの和やかなものとは違い、どこか気まずそうで、まさか聞いてはいけない事だったのかと、春翔は焦った。 「すみません、調子に乗って色々と…話せない事もありますよね」 苦笑い慌てて取り繕う春翔に、リュウジは「違うんだ」と、頭を振った。 「…春には俺達の事を知って貰いたい。ゼンがこっちに来たのは、ある事がきっかけで、自ら志願したんだ」 「ある事?」 春翔の問いにユキが頷き、言葉を続けた。 「こっちの世界での役職があってね、二つの世の境界を守る仕事があるんだ」 「境界?」 「鈴鳴(すずなり)川だよ」 「あの川が?あ、だからあんな扉が出たんですか?」 「あれは特別だけどな」 それにはリュウジが苦笑混じりに続ける。 「あの扉は、妖狐の城と繋がってるから、罪を犯した妖を連行する時とか、緊急の場合に使う事になっているんだ。 ふわふわ浮いていた女が居ただろ?桜千(おうせん)っていうんだけど、あいつは桜の妖で、二つの世の境界の門番なんだ」 「桜って…もしかしてお化け桜ですか?」 「そう、皆がお化け桜って呼んでる桜は、桜千の桜なんだ。あの桜がもう一つの入口でもある。桜千の仕事は、あの扉の管理もあるけど、通常の行き来の場合は許可証が必要でさ、そのチェックを行って、妖達の出入りを管理してるんだ」 まさか、お化け桜と呼ばれた曰く付きの桜が、妖の物だったとは。曰く付きなのも納得だ。 「あの、通常の場合は、あの桜で、どうやって妖の世界に行くんですか?」 素朴な疑問だった。それには、ユキが答えた。 「桜千の光に包まれたら、あっという間に二つの世を行き来できるよ。あの川にはね、時空の(はざま)ってのがあって、そこを抜けると妖の世界に行ける。だから、ただ川に入ったって何も起こらない。でも、その間っていうのが、最近抜け穴が多いんだよなー」 ユキは唇を尖らせ後ろ手をついた。リュウジも難しい顔をして頷いた。

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