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「ゼンと春 ちゃんの出会いから話そっか。二人が会ったのは偶然だったんだ。よくゼンは、スズナリって妖に会いにあの川に来てたから。スズナリはね、ゼンの前に境界の守り番をやってた妖なんだ。
ゼンは、王子って立場上、妖から妬まれる事もあったから、こっちの世界の方が居心地良かったんだと思う。あ、家族仲はすっごく良いんだけどね」
「弟なんか極度のブラコンだしな」
弟がいるんだ。自分と同じだと感じていると、ユキもその弟を思い出したのか、リュウジに同意して笑った。
「まあ、そんな時にさ、春ちゃんと会ったんだって。俺はその場に居たわけじゃないから詳しいきっかけは分からないけど、一緒に遊ぼうって言ってくれて、それが嬉しくて楽しくて、いつも春ちゃんが来るのをあの川で待ってたって言ってた」
「いつも?」
「うん、ほぼっていうか、毎日だね、あれは。気づいたらゼンの姿が見えなくて、よく探し回って大変だったよ」
「俺らはガキの頃からゼンのお目付け役っつーか、遊び相手だったからさ、よく教育係にどやされたな」
「そーそー!でも、こっちの世界にいるゼンは楽しそうだったからさ、今日もゼンの為に怒られてやるかーって感じでさー」
「感謝してほしいもんだよな」
「うわ珍しくリュウと意見あったんですけどー」
「ふふ」
春翔 が笑うと、二人はどこかほっとした様子で、表情を緩めた。
「…でもね、そんな時、ゼンを狙う妖が現れて、傷つけられた事があった」
「え」
「こっちにいれば、川の側ならスズナリも居るし、桜千 も居るから襲ってくるような奴はまず居ないだろうって思ってたんだけど、その考えが甘かったんだ」
リュウジの言葉に、ユキも表情を曇らせ頷いた。
「王族っていうか、ゼンに対して恨みのある妖でね。抜け道か何かを使ってこっちの世界に入り込んで、ゼンが護衛もつけずに居るのを知って命を奪おうとしてきた…キミを浚って囮にして」
「…僕、を?」
妖の囮にされた、全く身に覚えのない話だった。だが、それよりも衝撃的だったのは、ゼンが命を狙われていたという事だ。春翔は思わず身を乗り出した。
「ゼンさんは大丈夫だったんですか?」
今のゼンを見る感じでは元気そうではあったが、もしかしたら、目に見えない傷を負っているのではないか。途端に心配に表情を歪めた春翔に、ユキとリュウジはそっと笑みを交わした。自分の事よりも、ゼンの事を心配してくれる春翔の気持ちが、ゼンを慕う二人にとっては嬉しかったのだろう。
「ゼンは大丈夫。その時は大変だったけど、もう傷はすっかり癒えてるよ。勿論、キミの事もちゃんとゼンは取り返した」
ユキの言葉に、春翔はほっとした。それと同時に、その時もゼンが助けてくれていたのかと、それを思うと胸の奥が少しこそばゆいような思いだった。
「でも、相手の方が一枚上手だった」
「え?」
「俺達はゼンのお目付け役も兼ねてたから、桜千と連絡を取り合っていたんだ。俺が連絡を受けてこちらに来た時には、ゼンとスズナリとで妖を追い払った後で、キミもゼンも傷を負って意識を失っていて、スズナリも…ダメージは大きかった」
そこでユキは言葉を切り、それから表情を曇らせた。
「状況は悲惨だったけど、そんな事言い訳にならないね」
「…ユキさん?」
申し訳なく言うユキを不思議に思って声を掛けると、ユキは「ごめん!」と勢いよく頭を下げた。春翔は慌てて再び身を乗り出した。
「な、なんで謝るんですか?やめて下さいよ…!」
「いや、謝らなきゃいけないんだ、俺からも謝らせてほしい」
「ま、待って下さい、リュウさんまで!僕もゼンさんも無事だったんですから、むしろ僕は皆さんに感謝しなくてはいけません。僕は昔の事は覚えていませんが、助けて頂いたんですから」
「その記憶を失った原因が、その時の妖の力によるものだとしてもかい?」
「え?」
ユキは顔を上げたが、その顔はまだどこか苦しげで、春翔は不安になる。その様子に、リュウジが続きを引き継いだ。
「俺はその場に行く事が出来なかったから詳しくは言えないけど、追い払った妖は、春に…妙な術をかけたんだ。そのせいで春は記憶を失った」
「本当はあの時、春ちゃんの近くで妖の気配を何となく感じてはいたんだ。でも、その気配がどの妖のもので、それがもたらす意味が俺には理解出来なかった。妖は追い払ったはずだし、何よりキミ達の傷の手当てが先だと思ったから。すぐに人の子の姿になって、春ちゃんを病院に連れて行った、場所さえ分かればまたすぐに会いに行く事が出来ると思ったから。でも…ゼンやスズナリの容体が思ったよりも悪くて、二つの世の入口が一時的に閉ざされてしまったんだ。
開かれてからは、ゼンも一緒にすぐにキミに会いに行ったけど、病院にはもう居なくて、あの川原でもキミに会うことはなかった」
「記憶がなかったから…?」
「そうだね、でも俺達はその事を知らなかったから、きっとキミが怖い目にあったからもう会いに来てはくれないんだと思った。当然だよね、俺が春ちゃんの立場なら、そう思ったと思う。でもゼンは諦めなかった。俺達もちゃんと謝らないとって思ってたから、ずっとあの川原でキミの事を探してた。…でもね、これだけじゃ済まない事態が起きていることを知ったんだ」
「…どういう事ですか?」
「追い払った妖は、キミに術を残して消えた。それは記憶を失くす為の術じゃない、キミを再び見つけ出して囮にする為の、印のようなもの。あの妖は力を回復して、またゼンを襲うつもりらしい」
「え、」
思いをよらない言葉に、春翔は固まってしまった。
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