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レイジに促され居間に向かえば、コーヒーの香りが漂ってきた。
「隼人 、俺達にも一杯いれてくれ」
レイジが声を掛けながら居間に入って行く。隼人、という名前に春翔 は目を丸くし、勢い込んでレイジの後に居間に入れば、隼人がいつものように、爽やかな笑みを浮かべてそこにいた。その手には二つのカップがある。
「そろそろかと思って、二人の分も用意してあるよ」
ゆらりと視界の隅でレイジの翼がふわふわ揺れたが、隼人はその様子に驚く様子もない。
「春翔君、体調はどう?痛いとか辛いとかない?」
隼人は、ちゃぶ台にカップを置きながら尋ねた。そのいつも通りの様子に、春翔は、隼人がレイジの正体を知っていたと知る。だから、真斗 とも仲が良かったのかと。そう納得しかけた所で、またふと疑問が沸く。
まさか、隼人まで妖なのかと。
「今のところ大丈夫だろ」
「レイジに聞いてないよ」
「俺が言うんだから間違いない」
「君に春翔君の気持ちは分からないだろ」
「気持ちと体調は一緒じゃないだろ」
「一緒だよ、心が病めば体にも影響は出てくる。こんな危険な目に遭わせてしまってるんだから、僕らにもその責任はあるんだよ」
隼人の言葉にレイジは押し黙り、納得したのか「そうだな、悪かった」と頭を下げた。春翔は黙考していた事に気づき、はっとして頭を振った。
「そ、そんな、お二人の責任では…!」
「いや、俺達はお前の状況も把握していたんだ、甘く見ていたよ。とにかく座れ、少しでも体がおかしいと思ったら、すぐに言うんだぞ」
「…は、はい」
よく話が呑み込めないが、社長がそう言うなら頷くしかない。春翔は頷き、座った。隼人が砂糖やミルクを差し出してくれる事に応じながら、春翔は思わずその表情や仕草を注意深く見つめてしまう。
「はは、そんなに熱心に見つめても、尻尾や耳は出ないよ」
「す、すみません…!」
「いや、この状況で平然としてたら、僕も妖かもって疑いたくなるよね。僕は正真正銘、人間だよ」
「隼人は人間だが、下手したら妖よりタチ悪いぞ」
「そりゃあ、妖になめられちゃ商売になりませんからね、社長」
レイジの皮肉混じりの言葉にも、にこりとかわす隼人に、レイジは「ほらな」と春翔に向け肩を竦めた。
「賑やかだな、あんた達は」
溜め息混じりの声が聞こえ顔を向けると、ゼンが若干不愉快そうに表情を歪めながら、居間へとやって来ていた。
「ゼンさん!す、すみません、僕またご迷惑を、」
「いや、こうなる事を読み違えていた俺の責任だ、とにかく無事で良かった」
そっと微笑まれれば、思わずぽっと頬が熱くなる。照れて俯いてしまう春翔に、レイジは「お熱いねぇ」と茶化すように笑った。
「そんなに大事なら、策が見つかるまで手元で囲っておいた方が良かったんじゃないの?」
「強行手段に出られたらどうするの。今回は真尋 君が居たから良かったようなものでし
ょ」
「真尋だって、その真意は定かじゃない。“今回は”良かったってだけだろ?どっちにしろ博打だ、なら、」
「あ、あの」
レイジと隼人のやり取りに、春翔は思わず間に入った。会話を遮って申し訳ないと思ったが、真尋の名前が出て、聞かずにはいられなかった。
「真尋君、何かあったんですか?ゼンさんを危険だと思って真尋君、僕の事を庇ってくれたんです。あの後、何があったんですか?オレンジの炎も出たんです、もし、もしそれが僕を狙うっていう妖の仕業だとしたら、寮には和喜 と真尋君しか居ません、もし二人に何かあったら…!」
「あの弟なら、真斗が側についてるから大丈夫だ」
心配と不安に心乱す春翔に、ゼンはまっすぐ声をかける。
「真尋君は?」
「……」
しかし、真尋の事については、ゼンは視線を落としてしまう。
「ゼン、こうなったら仕方ないよ。もう隠しておけない、春翔の安全の為だ」
「…僕の?」
「あぁ、お前の中には、子供の頃から妖が潜んでいるんだ」
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