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「スズナリと桜千(おうせん)、それに俺と三人で取り囲んでいたから、逃げるのがやっとだった筈だ。まさか、春翔(はると)の中に潜んでいたとは思わなかった。俺がもう少し強ければ、お前を守れたのに」 申し訳なさそうに揺れる瞳に、春翔の胸が痛む。それと同時に、以前にもどこかでこの瞳を見た事があるような気がした。 「恐らく、お前が夜眠っている時に、お前の中に潜む妖が表に現れ、真尋(まひろ)達仲間と情報を共有したり指示を出していたんだろう」 「それで力が戻って来た頃、真尋君をうちに寄越したんだろうな、ゼン達が春翔君を探していたように、真尋君達もゼンを探していた。もしくは、春翔君とゼンを会わせる策を練っていたのかもしれないね。ただ、どうして真尋君が絶好の機会を潰したのかが分からない、行方も分からないし」 「真尋君、出て行っちゃったんですか…?」 「まぁ、居られないだろう、正体も割れてるし、多分、真尋君も覚悟しての事だと思うよ。じゃなきゃこんな事しない」 「……」 不安と心配に揺れる春翔に、隼人(はやと)は微笑んでその頭をぽんと叩いた。 「情が移ったのかもしれないね、あの子も」 隼人の言葉に、真尋の笑顔が思い浮かぶ。出会ったきっかけは何であれ、共に二年の月日を過ごしてきた。春翔にとっては、真尋も和喜(かずき)同様、弟のような存在だ。 「…真尋君、帰ってきますか…?」 「帰って来てもらわないと困る。あいつは、うちの大事な商品だからな」 レイジの言葉は乱暴だが、そこには温もりと絶対的な意思が感じ取れて、春翔は、弱く揺れていた心を奮い起こされた気がした。 それと同時に、自分のすべき事が見えてくる。 全ての元凶は、この中にいる。 春翔は自分の胸に手をあてた。 「僕の中の妖、どうしたら出せますか?この妖さえ居なければ、ゼンさんも真尋君も傷つかなくてすみますよね」 春翔の言葉に、レイジは一つ頷いた。 「策はある。ユキも準備を兼ねて妖の世に行ったんだ。だがその為には、お前の意識をわざと妖に乗っ取らさせる必要がある。失敗すれば、お前の命も奪われかねない、それでも耐えられるか?」 じっと確かめるように見つめられ、その瞳の強さに思わず目を逸らしたくなったが、負けじとレイジを見つめ、春翔は頷いた。 「ちょっと、そんなに危険なの?他に何かやり方ないの?」 「最悪の場合はだよ。どのみち、片方の意識しか表に現す事は出来ないんだから。まあ、心配するな、失敗はさせないさ」 隼人は心配に表情を揺らしたが、春翔の気持ちは揺れなかった。レイジは、ぽん、と春翔の頭を叩き、壁時計に目を向けた。 「おっと、悪いが俺は先に出るよ」 「仕事ですか?」 「真尋の事もあるしな、こっちの妖共が妙な動きをしてるって報告が上がってるんだよ、隼人を置いていくから安心しな」 そう春翔に言って立ち上がったレイジだが、居間を出る前、ゼンの顔を見るとニヤリと笑った。 「まぁ、触れなけりゃ、何も心配する事もないよな」 「…お前な、」 「じゃ、またなー」 ひらひら手を振って、レイジが出ていく。見送ろうと立ち上がった春翔だが、居間を出たレイジはその大きな翼をはためかせ、縁側から空へ飛び立ってしまった。空はすっかり夜に染まっている。中腰のまま呆気に取られていた春翔は、動揺の一つも見せないゼンや隼人を振り返り、再び腰を落ち着けた。 「…里中(さとなか)さん、社長って本当に妖なんですね…」 「何に化けたとしても、僕はレイジがスターでさえ居てくれたら、問題ないよ」 「あの、ずっと、気になっていたんですが、社長はどうして現役を退いたんですか?あんなにかっこいいのに…妖だからですか?」 「そうだね、人と同じ時の流れで生きていくのは難しいみたいだ。レイジって見た目若いでしょ?あの姿が、妖としての今のレイジの姿なんだけど、人の世で同じ場所で生きていくには、老いも重ねていかないといけない。それにレイジはスターだから、より多くの人の目に晒される、プライベートでもね。その見た目の調整が難しいみたいだよ」 「…じゃあ、リュウさんもいずれは」 「そうだね…まぁ、その前に人気が落ちたらどうしようもないけどね。 まぁ、レイジの場合は、単純に芸能の仕事に飽きたっていうのが本音だろうけど。レイジって、昔からああいう性格なんでしょ?」 ふと話を振られ、ゼンは居間の入り口に腰かけたまま頷いた。 「同じ場所に長く居つく性分じゃないな、妖の世でもあらゆる国を渡り歩いていた。だが、人の世は居心地が良いんだろう、表舞台から姿を消しても、人の世で妖達を束ね管理しているくらいだからな」 「社長がですか?」 驚く春翔に、隼人は笑んで頷いた。 「社長業は、レイジの顔やサインが必要な時だけで、大体は人の世の妖達の世話を焼いてるよ。そのおかげでうちの会社に仕事が舞い込んでくる事もあるから」 「…どういう事です?」 「企業も権力者も人間だけじゃないって事」 「……」 「まぁ、安心してよ、リュウジにはまだまだ働いてもらうつもりだからさ、用が済んだからって事務所を辞めさせるつもりはないから、今まで通り何も変わらないよ」 にこりと微笑む隼人に、春翔は苦笑った。確かに、隼人は妖でも手を焼く人間かもしれない。そうでなければ、レイジとはやってこれなかったのだろう。 「春翔、腹減らないか」 「そういえば、ご飯まだだったね」 ゼンの言葉に隼人が立ち上がった。 「春翔君、食べれそう?」 「あ、はい!僕もお手伝いします!」 「いいよ、座ってて、すぐ用意してくるから」 ぽん、と肩を叩かれ、春翔は申し訳なく思いつつ、その場に留まった。隼人がキッチンへ向かうと、ゼンは小さく溜め息を吐いた。春翔が気になってゼンへ視線を向けると、彼は少し困ったように笑って肩を竦めた。 「妖より、あいつの方がよっぽど妖らしいな」 「…ふふ、そんな事言ったら怒りますよ、里中さん」 線を引かれたような気がしたのは、気のせいだったのだろうか。ゼンから感じる空気は柔らかく、距離が感じられない。それが春翔にとって嬉しくて、擽ったかった。

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