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深い深い水の中は、暗くて怖くて、手を動かそうと思うのに、石でもくくりつけられているように重たい。 また、あの夢だろうか。辺りを見回して少年を探すけど、見当たらない。ゼンもいない。ぽこぽこと自分の口から零れる空気の気泡だけが、音を立て消えていく。 ここは、どこだろう。 夢の中だろうか。 そっと目を開き、春翔(はると)は体を起こした。ここは水の中ではない。掛けられた布団を捲り、ゆっくりと立ち上がる。障子戸を開けると客間を出て廊下を歩く。雨戸を閉め忘れたのか、それともこの家は常にそうなのか、ガラス戸の向こうに夜空が広がり、ぽっかりと大きな月が浮かんでいる。もう夜も深い、町は眠りについただろうか。春翔はそれを一瞥し、そのまま廊下を進んだ。向かったのはゼンの書斎だ。 コンコンとノックすると、「ユキか?」と溜め息混じりの声に次いで、ゆっくりと扉が開いた。目が合うと、ゼンは僅か驚いたように目を見開いた。 「少しお話しませんか?」 どこか申し訳なさそうに眉を垂れて、春翔は笑った。

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