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「…ユキさん、真尋(まひろ)君は大丈夫でしょうか」 「レイジがついてるから、上手くやってくれてると思うけど…審議の場は避けられないからね」 「そうなんですね…」 真尋はカゲの復讐に加担していたが、そうするしかない状況にあったのなら。妖の世で真尋がどのように過ごしてきたのか春翔(はると)には分からないが、春翔や和喜(かずき)だって真尋と同じ時を過ごし、共に未来を語り合ってきた。きっかけは自分を傷つける事だとしても、春翔にとって真尋は家族のような存在だ。だから真尋も、最後は自分を助けようと動いてくれたのかもしれないと、そう思いたい。 だから真尋が帰って来たら、今度は純粋にバッカスとしての夢を二人が追えるように、今度こそ守ってあげたい。 だけど、もし真尋が帰って来れなかったら、帰りたいと思えなかったら。 「そんな顔すんなって!」 心配と不安に顔を歪めた春翔に、ユキはその額にパチンとデコピンをした。 「真尋は帰って来たい筈だよ。勿論、カゲの復讐に加担した事実は消えないし、真尋自身後ろめたさもあるかもしれないけど、(はる)ちゃんや和喜と一緒に居たいと思わなきゃ、カゲを自ら捕まえに行ったりはしないよ」 ユキは手にしていたグラスを置き、少しだけ表情を曇らせつつ口を開いた。 「そもそも真尋だって、被害者なんだよ」 「その、被害者ってどういう事だよ」 ユキの言葉に、和喜が不可解そうに顔を頻める。 「真尋は、天狗の国の第一王子なんだけど、」 「王子!?あいつが!?」 和喜は驚き、本当かと春翔を振り返ったが、春翔もレイジと真尋が話しているのを聞いて知っていた程度だ、あの時はレイジと真尋が話している中だったので口を挟まなかったが、春翔もずっと気になっていた。 「僕も、聞くタイミングを逃してて…真尋君って、本当に王子なんですか」 「そう…って言っても、俺も気づいたのは割りと最近だけどね。人間じゃないなっていうのは分かっても、種族までは分からなかったし、真尋も隠してたから。でも、レイジは一目見て分かったそうだよ。やっぱり同族っていうと、感じるものがあるのかな」 「真尋君は、自ら事務所に来たって言ってましたよね」 「うん、多分、春ちゃんの側に居る為だろうね。真尋は事務所に来る前から、春ちゃんの中にいるカゲと連絡を取り合ってた筈だよ。多分、春ちゃんが眠ってる間に、カゲは春ちゃんの体を使ってたんだと思う。そして、カゲの力が戻ってきたと知って、真尋はカゲの側でサポートするために、春ちゃんの居るこの寮で過ごす為、事務所所属を申し込んだんだと思う」 それには、和喜が不満そうに顔を頻めた。 「その時点で、何か変だと思わなかったのか?真尋が天狗だって、社長は分かってたんだろ?」 「分かったからこそ、レイジは信じられなかったんだよ」 「なんで」 「天狗の国は、カゲの一族に襲われてるんだ。レイジは、商人達の道案内で森の外に出てたから無事だったけど…他の天狗の民は、助からなかった」 「え…」 助からなかった、その言葉に、春翔は瞳を揺らした。レイジは真尋の事を、唯一の同族だと言った。 それはつまり、そう考えて、春翔はぎゅっと手を握った。 「天狗の国は小さな国で、森の中にあるんだ。森を熟知してる者じゃないと帰り道も迷ってしまう位、森の深くにあってさ、だから国の事を、皆天狗の森って呼んでる。小さくても妖の世では強大な力を持つ種族だって称えられててさ。大きな翼も風格があって、俺達妖狐程じゃないけど、華があってさ」 「そういうとこ、本当譲らないよな」 「美しさも力の内だからね」 ふふん、と胸を張るユキに、和喜は苦々しい顔を浮かべた。 「その点、カゲの一族はその名前の通り、影に潜む一族だから、過去にどんな事があったのか…。 カゲは春ちゃんにしたように妖に取り憑く事も出来るし、建物の中や土の中でも潜り込んで移動が出来る。自分の足元に、まさか敵が潜んでると思わないでしょ?その油断もあったんだと思う。カゲ達は自分達の能力を最大限活かして、妖の中でも力のある天狗の国を落とし、自分達の方が妖として優れてるって、その力を見せつけようとしたんだ」 酷いものだったよと、ユキは悲しげに笑った。 「俺はまだ子供だったから分からないけど、天狗と妖狐は友好国だったから。 でも、一番ショックだったのはレイジだ。レイジは王族の護衛隊にいたから、守る事が出来なかった事、ずっと悔やんでた」 天狗の森の外は、深い夜が広がり、森の外も道が分かりにくいという。商人や来客があった時等、レイジはいつも森から離れた通りの道まで送って行くという。そして、商人に別れを告げ森を振り返った時、大きな爆発音と共に森に火の手が上がったという。それを見て、レイジは慌てて森に戻ったというが、間に合わなかった。 天狗の森には妖狐の国等と違い、他の種族は暮らしておらず、天狗の民も元々少ない。王族以外も城を囲うように暮らしていたので、本当に小さな国で、皆で寄り添うように暮らしていた、幸せな国だった。 それが、一瞬にして奪われてしまった。 レイジは、目の前で城が、森が焼け崩れていくのを、ただ見るしかなかったという。 おおらかに笑うレイジの姿を思い出し、春翔は信じられない気持ちでいた。それは和喜も同じだったようで、二人は言葉を失い顔を合わせた。 「城や森の焼け跡からは、息絶えた仲間の姿があって、でも、王子である真尋だけは、いくら探しても見つからなかった。まだ赤子だったから一人で逃げる事も出来ないし、妖狐の国からも応援に行ったけど、見つけられなかったそうだ。 だから、真尋が目の前に現れた時、レイジは驚いたって。生き残った天狗の仲間がいるならそれは、見つけられなかった王子しかいないって。 本当にあの王子なのか、生きていたとして、どうして妖だという事を隠して自分の前に現れたのか、分からなくてレイジも迷ったんだと思う。けれど、人の世の妖を束ねているようなあいつに何も情報が入らないわけないからさ。裏で一部の妖が何か企てているって話を聞いて、真尋がその一派に属しているのが分かった。だから、天狗の森で真尋はカゲに命を取られたんじゃない、カゲに連れ去られてたんだって」 「分かったなら、なんで止めなかったんだよ!」 「ちょっと、(かず)!」 思わず身を乗り出す和喜に、春翔は慌ててその体を止めた。ユキは小さく肩を下げた。 「カゲが暴走しない為だよ、こっちには春ちゃんが人質に取られてる、だから好機を探ってたんだ。ゼンや桜千の話を聞く限り、カゲが力を回復させるにはまだ時間がかかったし、それなら手の内に居てくれた方が、何かあった時に対処しやすい。そう思って、春ちゃんや真尋の様子を見てたんだけど」 ユキは小さく息を吐き、「結局、事前に食い止める事は出来なかった」と、申し訳なく眉を垂れたユキに、春翔は慌てて首を振った。

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