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「皆さんが側にいなかったら、僕は何も分からないまま自分を失っていたと思います。…けど、真尋(まひろ)君はどんな気持ちだったんだろう…ずっと側に居た人が、自分の国を奪った人だったなんて…」 「真尋がどういう環境で育ったかは分からないけど、真尋にとっては、カゲが親のような存在だったかもしれないしな」 「でもさ!」 ふと、和喜(かずき)が沈んだ二人の会話を遮るように声を上げた。 「俺達が居るだろ!俺なら真尋に酷い目なんか合わせねぇし!そんな訳分かんねぇ妖なんかに、俺は絶っ対負けねぇ!」 カゲよりも自分を選ばせてみせる、とでも言うように胸を張る和喜に、春翔(はると)とユキは顔を合わせ、思わずといった様子で笑みを零した。和喜の言葉が嬉しかったからだ。 妖である真尋を思ってくれるその気持ちが、頼もしかった。 「な、なんだよ!兄貴まで笑うなよ!」 「ごめんごめん…!そうだよね、僕達で真尋君の事守ってあげよう。傷ついた心も埋められるくらいにね」 「おう!」 春翔の言葉に満足気に頷いた和喜は、すっかり止まっていた洗濯物を畳む手を再開させた。その様子に春翔は目を細め、ふとその瞳を伏せた。 「…あの、ユキさん」 「ん?」 「どうして、ゼンさんなんですか?」 「え?」 「僕は、ゼンさんが復讐されるなんて、ゼンさんがそんな酷い事するような人には思えません」 カゲの記憶の中に、少年のゼンの姿があった。銀色の髪をしたゼンが、倒れるカゲの仲間の中央にいた。でも、その姿を見ても、春翔にはそれが真実だとは思えなかった。もしそうなら、何か理由があるのではと思わずにいられない。 「ゼンさんとカゲの間に何があったんですか?」 真っ直ぐ問いかける春翔の瞳に、ユキは少し表情を困らせたが、やがて困った顔はそのまま小さく笑んだ。 「ずっと、迷ってたんだ。でも、こんな風になるなら、話しておけば良かったとも思った。そしたら春ちゃんは、ゼンの力になってくれたんじゃないかってさ」 その言葉の真意は分からないが、春翔は俄然意気込み、身を乗り出した。 「僕で力になれる事でしたら、いくらでも!ゼンさんの為になるのでしたら何だって!」 「は!?何でもするなんて言うなよ兄貴!この間酷い目に遭ったばかりじゃねぇか!」 「でも和喜、それとこれとは」 「同じだよ!違う事なんかなんもねぇよ!」 「どうして?僕は相手が和喜だって同じ事を思うよ」 じっと目を見つめて訴えてくる兄に、和喜は返す言葉を失い項垂れた。 「だからゼンなんか嫌いだ!!」 「はは、大丈夫だよ、もうこの間みたいな事は起きない、起こしちゃいけないんだ、そうならない為にはゼンに強くなって貰わないと困る。そうすればゼンだって、もう迷わないかもしれない」 「…一体、何があったんですか?」 「ゼンは、人と妖の間に生まれた半妖で、しかも妖狐の王子だから、ゼンが生まれる時はそりゃ国中で大騒ぎで、王子として認められないって、反対意見ばかりだった。そもそも、人間を妃にするっていう所から国民は反発してたから、それも仕方ない意見だったのかもしれない。それでも、国王は人間である妃を愛してたし、勿論ゼンが生まれた時はこの上ない喜びようだったらしくてさ、ゼンの事を国民に受け入れて貰えるよう、誠意を尽くしてきたって話だ。 その思いが通じたのか、妖狐の国民も次第にゼン達を受け入れてきてたんだって。その矢先、カゲが天狗を襲ったんだ。 カゲの目的は、一族の力の証明だ、天狗の森を落とした後、そのまま妖狐の国も奪うつもりだったんだ」 「皆さんの国を?」 「そう、俺もその時はまだ子供だったから、何も出来なくて、ただ大人達が慌ただしくしてるのを見てるしかなかった。 カゲはどこに現れるか分からない、天狗達にそうしたように、いきなり城を狙うかもしれないって守りを固めたらしいけど、カゲには防壁も何も関係ない。土の中だって壁だってすり抜けるから。神出鬼没なカゲ達に兵士達は翻弄され、その隙に、カゲ達は幼いゼンを浚ったんだ」 「え、ゼンさんを?どうして?」 「妖狐の国は大国だから、天狗の森のように忍び込んで暴れるにしても規模が違う。人質を取った方が優位に立てるって、思ったんだろうな」 カゲ達は、妖狐の国にある離れの里を拠点にしようと、里を襲っていた。里で暮らしていた妖狐の民は、皆恐れてカゲに家を明け渡し逃げ出したという。 浚われたゼンが目を開けると、そこは暗い部屋の中だった。自分を拘束しようと蠢く黒い影に、耳元で囁かれる恐ろしい言葉、逃げようとすれば足を掴まれ、叫ぼうとすれば口を塞がれる、目前に迫る黒い恐怖に、幼いゼンは耐えきれなかった。 「そこで、無自覚に自分の力を使ったんだ、普段のゼンだったら使う事のない、あの不思議な力をさ」 ふと春翔の脳裏に、銀色の髪をなびかせたゼンの姿がよぎった。

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