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「ゼンさんのあの姿…」 「そう、あの姿になると、ゼンは自分でも計れない力を使う事が出来る。 今でこそ、あの姿にならずに力を使う方法や、力を抑える方法も覚えたけど、その時のゼンにはそんな方法は備わってなかった。そんな力がある事すら、当時は誰も、本人すら気づいていなかったんだ。人と妖の間で生まれた半妖だから、妖としての能力も低いと思われていたみたいでさ。だから、ゼンは感情のままに力を使ってしまった、恐怖から逃げたい一心で。 気づいた時にはカゲの一族が大勢倒れていて、妖狐の里は壊滅状態だったらしい」 「え…」 「その中で運良く逃げられたのが、(はる)ちゃんの体に忍び込んだカゲだ。それから、あの場所に居なかった数少ないカゲの一族も、例え争いに加担してなくても隠れて生きるようになった、カゲ自身も勿論ね。力を見せつけて優位に立つ筈が、全く逆の展開になった訳だから」 妖狐の王子に奪われた哀れな一族、だけど、それを悲しむ妖はいなかった。カゲは、天狗を奪った憎き一族、同情もなかった。 ユキは言葉を区切り、そっと窺うように春翔(はると)の顔を覗いた。 「ゼンの事、怖い?」 春翔ははっとして、顔を上げた。 「俺はあの時、カゲ達が倒れたって聞いて、ほっとしたんだ。ゼンがいなかったら、カゲは妖狐の国に何をしたか分からないし、何より天狗の命を奪った恐ろしい一族だ。俺は、ゼンが皆を助けてくれたんだって思った。でも、里の状況を見て少し怖くなった事も覚えてる。ゼンがカゲ達に何をしたか、本人も覚えてないから確認しようもないけど…これをゼンがやったのかって」 一面、焼け野原となった里に、以前の面影はまるでなかった。 「あの、カゲの一族はどうなったんですか?」 恐る恐る尋ねる春翔に、ユキは眉を下げた。 「生きてるよ、ずっと眠った状態になっていたけどね。 でも、それを一人逃げたカゲが知っていたかは分からない。もしかしたら、皆命を奪われたと思ってるかもな。あの場にいたカゲの一族は、妖狐の国に運び込まれたから、囚われたのは確実だしね、その先で命を取られたと思ってもおかしくない。 もしあの場にゼンが居なかったら、カゲ達は妖狐の国を乗っ取ったか、それとも対等に渡り合ったのか。妖の世に自分達の力を証明出来ただろうけど、それも出来ずに立場は一転して、犯罪者で追われる身だ。 カゲはきっと、ゼンさえいなければこんな事にはならなかったって、思ったんだろうね。勝手に浚ったのは向こうなのにさ。 だからゼンを許せなくて、そこから復讐が始まったんだと思う」 「そうだったんですね…」 俯き頷く春翔は、何を思っただろう。ユキは、きゅっと手を握りしめた春翔を見つめ、再び口を開いた。 「…春ちゃんは覚えてないかもしれないけど、春ちゃんとゼンは仲良しだったんだよ。ゼンは、前々から妖の世が居づらくて人の世に来てた。春ちゃんに会ってからは、春ちゃんに会いに、こっそり妖の世を抜け出してた」 「…ゼンさんは、妖の世が嫌だったんですか?」 「ゼンの事を、妖達は怖がってるから。妖狐の城の皆は、ゼンの事を理解して受け入れてるんだけど、国民は…妖の世の妖達は、いまだに里を一つ滅ぼした、人の血を受け継ぐ恐ろしい王子って思ってるのがほとんどだから」 「そんな…」 「だからね、お付きの俺らじゃない、ゼンの事をただまっすぐ見てくれる春ちゃんと出会って、ゼンは心が救われた思いだったと思う。けど、その事をカゲはずっと見ていた。だから、カゲは春ちゃんを巻き込んだんだと思う。ゼンにとって春ちゃんが大事だって気づいたからだ。 あの川でカゲに襲われて、カゲは春ちゃんの中のゼンの記憶を奪った。ゼンに会えば、春ちゃんの中に居る事がバレるからさ。 それを知ってたら、もっと前からキミを探してただろうけど、ゼンはそれを知らなかったから、春ちゃんは怖がって、もう会ってくれないと思ってたんだ」 え、と春翔は顔を上げ、ユキはそっと笑んだ。 「それでも諦めきれなくて、ゼンはキミを探して待ってた。スズナリもいなくなったあの川でずっと。それだけが、生きていく事も投げやりだったゼンの支えだったから。だから、」 春翔は、ぎゅっと胸が苦しくなるのを感じた。 「…僕、ゼンさんを探してきます」 春翔はユキの言葉を遮り立ち上がると、和喜(かずき)の戸惑いの声も聞こえない様子で、中庭から飛び出してしまった。 「おい、兄貴!…ぐぇっ」 潰れた声が出たのは、ユキが和喜のシャツの襟首を後ろから引っ張ったからだ。 「ユキ!何すんだよ!兄貴追いかけないと!」 「大丈夫だって、お守りもついてるし、和喜も兄ちゃん大事ならさ、見守る事も覚えないといけないんじゃない?」 後ろから顔を覗き込まれれば、見透かすようなユキの視線とかち合う。和喜は奥歯を噛みしめると、勢い良く腕を振り上げユキを突き放すと、怒った顔で縁側にどっかり腰かけた。 「…くっそ!兄貴泣かせたらただじゃおかねーからな!あんたもだぞ!」 「はいはい」 キャンキャン吠える和喜にユキは笑い、どこかほっとした様子で、飲みかけのグラスを煽った。 喉を通るアイスティーは心地よく、体に染み渡っていくようだった。

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