76 / 77

76

「ゼン様の薬、成功してますよ」 その一言に、ゼンは言葉を失った。信じられないと呆然とした様子のゼンに、リュウジは笑ってその肩を叩いた。 「牢屋の中でカゲは泣いてたよ、仲間達が生きてると納得出来た上に、そいつらがちゃんと目を覚ましたんだからな」 「…そうか、」 そうか、良かった。 呆然としていた言葉は、繰り返される内にほっと安堵の色へ変わっていく。言葉は短いが、ゼンの思いが、心の底から安堵している様子が伝わってくる。 「カゲの奴らが何したか、ゼンだって分かってんのにな」 ゼンの様子を見守っていた春翔(はると)に、リュウジはそっと声を掛けた。仕方なさそうに告げられた言葉だが、呆れではなく見守るような温もりがある。 それが誰であれ、背後にどんな理由があれ、ゼンにとって自分のしてしまった事は変わらない。だから、カゲ達を救わなきゃならなかったし、リュウジ達はそんなゼンをずっと側で見守っていた。何があっても味方でいてくれる存在は、ゼンにとっても心強かっただろう。 いつだったか、ユキが人の世を少し留守にしていた事があったが、それもその薬の為だったという。ゼンが行けない代わりに、開発した薬の安全等、最終確認をしに行っていたようだ。 シンラはゼンの姿を感極まった様子で見つめていたが、やがて誇らしげに頷いた。 「やはりゼン様は妖狐の王になられるべきお方だ…」 そうして促すようにゼンの腕を掴む。 「さぁ、妖の世に帰りましょう!妖達は本当のゼン様を知らないのです!国民がゼン様のお気持ちやその志を知れば、」 「シンラ」 はやるシンラをそっと引き止め、ゼンは腕を掴むシンラの手に手を乗せた。 「俺は王にはならない、その器じゃない」 「そんな事ありません!」 「お前の気持ちだけで十分だ。俺は守番だ、スズナリの川で二つの世を見守る役目を担っている。俺を恐れるからこそ、羽目を外そうとする妖を抑止出来ている部分もあるんだ。俺はこのままでいい、自ら望んだ仕事だ、放棄する訳にはいかない。俺はここで償いを果たすつもりだ」 「……」 まっすぐに伝えられては、シンラもそれ以上言葉が出ない。しゅんと肩を落とすシンラに、その肩をぽんと叩いて、ゼンはゆっくりとシンラの手から腕を放させた。 「…でも私は、例え自分が王になろうとも、ゼン様が国王になる事を望んでいますから。諦めませんから!そして、あなたも!」 キッと強い眼差しが自分に向けられ、春翔はびくりと肩を揺らした。 「まだ私は、あなたの事を認めた訳ではありませんので!ただ、あなたのお気持ちは分かりました、今日の所は引き上げます」 ムッとしながらもシンラがそう告げると、リュウジがほっとした様子で間に入り、シンラの両肩を掴み体を反転させた。 「さぁ!そうと決まればさっさと城に帰るぞ!授業抜け出して来たんだからさ」 「な!ゼン様の前でそんな事…!」 「事実だろ」 「だから門を開いたのか」 困り顔でゼンに呟かれ、シンラははっとしてゼンを振り返った。 「あ、あれは急用で仕方なく…!」 「これが急用かね…そもそも私用じゃ普通は使わないけどな」 「リュウジ!先程から余計な事を!それに、ゼン様に薬の事を伝えなきゃいけないじゃないか!」 「そんなの俺が一人帰って伝えれば良い事だろ。そもそも門を開くのは、」 「仕方ないでしょう!授業抜け出して来たんだから!…あ、」 シンラは自分の発言にはっとして、慌ててゼンを振り返り、違うんですと弁明を果たそうとしている。だが、リュウジに力では敵わない。 「はいはい、帰りますよ」 「違うんです!ゼン様!」 嘆くシンラには構わず、リュウジはずるずるとシンラを引きずっていく。 「じゃあな、ゼン、(はる)!夜には戻るから、お前らも気をつけて帰れよ」 「あぁ」 「行ってらっしゃい、リュウさん!」 「私は、まだ」「いいから帰るぞ」と賑やかに言い合いながら、今度は門を使わずに、二人は桜の木の元、光と共に川の向こうの世界へ消えてしまった。 桜の花びらがひらひらと舞う、静かな鈴鳴(すずなり)川が戻ってきた。

ともだちにシェアしよう!