ザアザア…… 　雨が降り頻る中、俺は路上で座り込んでいた。もう三日はまともに食べていない。四月の冷たい雨は俺の体温をどんどん奪っていく。家無し、職無し、所持金三千円。日本に来て数ヶ月、どうやら詰んでしまったらしい。 　警察に頼んで前歴は洗浄してもらったが、こうも職が見つからないとは思わなかった。何せ日本語は二十年近く喋っていなかったので下手すぎるのと、喋っていた時代が子供だったので子供のようにしか話せないのだ。なので電話したり面接したりすると一発で落ちる。日本に来て働いている中国人も多いと聞いていたが、どうやら求められる日本語のレベルは高いようだ。 　持ってきていたお金で最初はアパートを借りていたが、家賃が払えなくなりスーツケースだけ持ってアパートを去った。こう言う時はどうすればいいんだっけ……中国大使館？一応俺の身分は日本人だから頼れない。中国語か英語がわかる人に助けを求めたいけれどどこに行けば良いんだろう……と悩んでいるうちに意識が遠くなっていく。ああ、ダメだったか……母さんに会いたかったのにな……と思った瞬間、舌打ちと共に頬を引っ叩かれた。 「おい、大丈夫か？」 　見上げると黒いスーツに身を包んだ体格の良い男が俺の前にしゃがんでいた。側には別の男が立っていて傘をさしている。後ろには雨を完璧に弾くほど磨き上げられた高級車。 ……間違いない、これはいわゆるジャパニーズマフィア、確かヤクザと言うやつだ。 「……大丈夫、デス」 　せっかく界隈から足抜けしたのに、よりによってヤクザとなんか関わりたくない。 「行く宛てはあんのか？」 「……なイノ……」 　男はため息をついて、 「あんまり世間様に褒められた稼業じゃあねえが、お前の世話くらいなら出来なくもねえ。一緒に来るか？」 　多大な犠牲を払って足抜けした、暗黒の世界。そこに舞い戻ることだけは嫌だと思った。流血と暴力、支配されるものと支配するもの。いつ殺されてもおかしくない世界。でも。 　俺がここで死んでしまった母さんを探せない…… 　俺は黙って立ち上がると、コクリと頷いた。 「よし、三上、こいつ拾ってくぞ」 「若頭……」 「ほっとけねえだろ。明日の朝死体になられてても寝覚が悪ィ」 「……承知しやした」 　俺は高級車に乗った。車は乗り心地も良く、運転手が気を利かせて暖房を強めに入れてくれたので徐々に回復してきた。 「俺の名前は前原　恭介、だ。お前は？」 「俺ハ、キリタニ　コウヤ」 「コウヤ？どういう字だ？」 「エット……コウやって書ク」 　俺は外気との気温差で曇り始めた窓に「桐谷　皓也」と書いた。 「お前、日本語が話せないのか？」 「アンマリ、得意、ナイ。デモ働クノタメニハ、ハナシナイト、ダメ」 「何語なら話せるんだ？」 「中国語、アトEnglishトカ、デス」 「你一直在中国吗？（ずっと中国に居たのか？）」 「哦是的（ああ　そうだよ）」 　なんとこのヤクザは中国語も喋れるらしい。発音はあまりよくないがちゃんと会話ができる。俺は日本に来て初めて真っ当に会話ができた気がする。 「你的汉语很好（中国語上手いね）」 「このくらいしか話せないがな」 「デモ、ニホンニキテ初メテ人トハナシ、ウレシイ」 　思わず笑みが溢れてしまう。数ヶ月人と真っ当に話していないと精神は相当摩耗するらしい。 「你为什么来日本？（なんのために日本に来たんだ？）」 「找我妈妈（母を探すためです）」 「……なるほど」 　車は殆ど加速度を感じさせない滑らかな運転で、タワーマンションの駐車場へ入っていった。どうやらここが前原の家らしい。車からおろしてもらい、前原と傘を持っていた男と俺はエレベーターに乗る。エレベーターに乗るときに何かカードキーのようなものを使用していたのでそれなりの高層階へ行くのだろうな、と思っていたら最上階だった。どうやらこの前原という男は相当に地位があり、金も稼いでいるらしい。 　俺は左手にスーツケースを持ち、右手で前原の服の裾をしっかり握っていた。柄にもなくそれだけ心細かった。 「まずは風呂に入れ。着替えはあるか？」 　コクリと頷く。スーツケースの中に洋服は少しだけ入っている。俺は寝室に通され、そこに荷物を置くように言われ、そこからもこもこのパーカーと半ズボンと下着を取り出す。……このスーツケースには底の方に「いろいろ」と入っているが日本語学習系の本も大量に入っているので漁られたり、重さを計られたりしてばれるということはまずないだろう。 　風呂は広く、体を洗って湯船に浸かるとホッとする。凝り固まっていた全身の筋肉がほぐれ、血行がよくなっていくのを感じる。それに伴い思考がフル回転で今の状況を分析する。 　彼の名前は前原　恭介……確か御堂組という一次団体の若頭だ。ヤクザの世界で一次団体とはその系列の組のトップである。ということは彼は裏社会で相当な地位に当たる。おそらく俺の荷物も調べられているだろう。そう思ってスーツケースにわざと鍵をかけてこなかったのだが……。しかし驚きなのは若頭ともあろう地位の人間の家に金属探知機がなかったことだ。俺の以前の家では当然のように入口に金属探知機があった。ポータブルの金属探知機で調べられる可能性もあるが、出入り口に金属探知機がなければその後にポータブルの金属探知機がある意味はないだろう。 　さて、俺の身分……元身分については聞かれるまで黙っておこう。別に今は一般人だしそもそも俺はあまり日本との関わりのある仕事をしていなかったからバレたところで問題はない。バレたら申し訳ないが警察にチクるか相手方を「バラ」せばいい。 　風呂から上がり、髪の毛を乾かしてリビングに戻ると前原だけそこに居た。傘を持っていた男は帰ったようで、他に人の気配はしなかった。ここでますます俺は前原の神経を疑った。初対面の路上で拾った男と二人っきりになるなんて警戒心が薄すぎる。それとも余程自分の戦闘能力に自信があるのか……。 「悪いが荷物を調べさせてもらったぞ、桐谷　皓也、三十歳って本当か？」 「ウン」 「うっそだろ全然見えねえ……」 　それはよく言われる。母親譲りの柔和で幼い顔貌はよく年下だと思われたり舐められたりしたものだ。大体そういうやつは五分もあれば床にひれ伏すことになるのだが……ここでそれをやる道理はない。なぜなら前原は今の所、恩人だからだ。 「前原サン、ハ？」 「俺ァ二十八だ」 「ウン」 　俺はとりあえず用意してくれたらしいペットボトルのお茶をコップに注いで飲んだ。 「オチャ、イタダクマス」 　ごくごくと飲み干す。思ったより喉が乾いていたらしい。喉が潤うとお腹がぐぅ、と鳴った。 「腹ァ減ってんのか？」 「ウン」 「仕方ねえな……ちょっと待ちな」 　そういうと前原はキッチンで何やら作業を始めた。次第にいい匂いが漂ってくる。数分後、「作り置きのだけどよ」と言いながら、ご飯を出してくれた。 「ツクリオキ？」 　そういう料理名だと思って尋ねると、 「肉じゃがだよ、に、く、じゃ、が。这是a菜（煮物だ）」 　と前原は教えてくれた。 　にくじゃが……聞いたことがあるような気がする。幼い頃に母親が作ってくれていたような。 　思い出されるのは夕焼けと響き渡る五時のチャイム。 　早く家に帰ってお母さんの料理が食べたい、今日は肉じゃがかあ。 　茉莉花はちゃんとニンジンも食べるんだぞ。 　不意につーっと涙が流れてきた。そうだ、肉じゃが。確かに母は作ってくれていた。そして茉莉花は人参をいつも残して俺や母さんに怒られていた。 　僅かな、今まで忘れていた記憶。些細な記憶だけれど、とても大切なこと。 「おい、どうした？」 「オカアサン、ノコト、オモイダシタ」 　拙い日本語がもどかしい。台所に立つ母と、少しワガママな、もうこの世にいない妹茉莉花。何気ない日々だったが、今は失われてしまった。辛いことも楽しいことも平等に、記憶は薄らぐ。それが傷を癒すこともあれば、喪失感を生むこともある。俺は心の失われた部分を今になって実感し、止めどなく涙が溢れ出した。 「イモウト、イタ、モウイナイ。他杀了！……他杀了！！」 「落ち着け、とにかく食べねえともたないぞ」 「アリガト……」 　そう言って食べ始める。涙の味とよく出汁のきいた煮物の味がする。優しい記憶の味だ。 「……俺も風呂行ってくるから、食べ終わった食器はそのままにしてくれていいぞ」 　気を利かせてくれたのか前原は風呂へ行ったようだ。さっきからとてもよくしてくれているがヤクザはこれが普通なのだろうか？なんの見返りもなしに何かをしてもらったことがないのでかなり戸惑う。せめて食器は下げておこう。そう思って綺麗にご飯を食べ終わると食器を台所に下げ、窓から見える夜景を眺めていると、背後から声をかけられた。 「綺麗な夜景だろ……まあ毎日見てると見飽きるがな」 「……ナンデ、コンナ、イイコトシテクレル？」 　振り返って尋ねる。前原はバスローブを着ていた。 「……「イイコト」しようと思って拾ったんだけどなあ……さっきので気が削がれた」 　前原がリビングに座っていう。 「？ヨクワカンナイ……」 「我捡起来做爱！（セックスしようと思って拾った）でもお前が肉じゃがなんかで泣くからそんな気分じゃなくなった！わかっか？」 「……前原サン、ヤクザ、デショ？ボク、オカネナイ……前原サンニデキルコト、ソレナラ、ソレデモ、イイ、ヨ」 「お前……」 　俺は前原にキスをした。今の俺には地位も金も何もない。見返りのない取引ほど恐ろしいことはないというのは経験則だ。だから前原とセックスするので取引が成立するなら別に構わない。 　俺の見た目は母親似で童顔でアーモンド型の瞳と通った鼻筋、薄い唇をしている。このせいで今まで俺を勘違いして襲おうとして来たやつは両手で足りないほど居たが、全員冷たい土の下かもしくは海の底だ。それは俺に地位や力があったからできたことで、今何ももたない俺にできることがそれしかないなら、セックスするしかない。 「アンマリ、キレイ、カラダナイ、ケドイイ？」 　そう言って俺はモコモコした上着を胸の辺りまで捲る。そこは銃槍を手術した痕や刃物で切りつけられた痕が薄ら残っている。 　前原はそれを見るなり押し倒してきた。 「アンタなあ……それは反則だろ……っ」 「ボク、オトコスルノ、ハジメテ、イイ？」 「……クッソ……」 「……ダメ？」 「違ェ……ったく……っ」 「……？」 　前原は俺がめくった胸の右乳首を舐め、左乳首を指で転がした。 「……ん……モゾモゾ……スル……」 　俺がそう言うと前原は乳首への愛撫をより強くした。 「ん、……あ、」 　前原の右手は俺の腰を撫でる。ゾクゾクとした感覚が背筋を通って頭の後ろの方に溜まっていく感じがする。前原はそのまま一気に俺のズボンを下着ごと取り去ると、縮みあがっている俺の中心を何の躊躇いもなく口に含んだ。 「……あ、あ、……キモチ、イイ……」 　俺の性器全体を口に含み、十分に育てると、先端を中心に舐めてきた。どんどん先走りが流れ、それを見せつけるように啜り上げられる。 「ん、だ、め……で、ちゃ、う……！」 「飲んでやるから、出してみな……」 「ダメ！、キタナイ……から、あ、……やっ」 　俺は腕で前原の頭を押しのけようとしたがうまく力が入らない。なぜなら本当はもっと性器を舐めて欲しいからだ。 「あっ……モット……い……でちゃ……！」 　ゾクゾクゾクッとした快楽と共に俺は射精していた。性器が今までにないほど激しく脈打つ。 「あっ、あっ……ゴメン……ナサ……」 　驚いたことに前原は残滓まで啜り、それをそのまま飲み込んだ。そして唾液で十分に指を濡らすと俺の後孔を愛撫しだす。ぬるぬると入ってくる指に強い違和感を覚えたが、前原はさらに指を濡らしゆっくりと慣らしていく。並行して俺の性器を再度口に含み、舐め転がす。違和感と快感で混乱した俺はただ体を震わせていることしかできなかった。 「……あ、……う……」 「……この辺に……気持ちいいとこがあんだよ……どうだ？」 　と言われて指をぐいっと曲げられ、コリコリしたところを弄られると思わず甲高い声が出た。 「あ……っ」 「ここか……よし……」 　前原はそう言ってさらに指を増やし、内部を広げ、例の箇所をぐりぐりと愛撫してくる。 「あっ、やっ……ダメ、ダメ……っ」 　俺が今まで過ごしてきた人生の中で味わったことのない感覚。それに慄いているうちに前原は熱い肉塊を取り出し、俺の後孔に充てがった。 　ついに、俺が守り抜いてきた俺のバックバージンをこの通りすがりに俺を拾った男に奪われる―― 「あ、ゔ、あ……！」 　十分に慣らされたにも拘らずミシミシと入ってくる熱い塊はゆっくりと俺の中を進む。 「……っ」 「あ、あ、あ……」 　肉塊が身体を満たすたび、俺の腹の中から空気が出ていく。それほど大きく、充溢したものの存在感はそれだけで叫び出したくなるような快楽を俺に与える。 　前原が俺の中に全て収まると、息苦しいほどだ。前原は一旦動きをとめ、俺の内部が順応するのを待ってくれている。 「マ､エハラサン、ウゴイテ、イイデス……ヨ」 　俺がそう言うと前原は小刻みに動き出した。繋がっている箇所がグチュグチュと音を立てる。 「あ、あ、あ、あ、……っ」 　動きに合わせて俺の肺から空気が抜け喘ぎ声となって空気中に霧散していく。 次第に前原の動きは大きくなり、さっき探し当てた箇所を重点的に攻めてくる。 「あ……ん、あっ」 　俺の声は艶を帯び、自分でも恥ずかしくなるほどの嬌声をあげる。 「あ……んん、はぁぅ、い、あ……」 　自分でも何を言っているかわからない。それほどもまでに例の箇所は狂おしい感覚を俺に与える。俺の性器も段々と勢いを取り戻してきた。 「はぁ……っ、ああ、い、い……っ」 「……、お前も気持ちいいんだな？」 「いい、いい、デス……っ」 　そうすると前原は俺の正気を扱き出した。前と後ろの快感であっという間に追い詰められる。 「ダメ……っ、また、でちゃ、う……」 「またイっちまいな……」 「や……イッショ、ガ、イイ……！」 　そう言うと俺の中の前原が一段と大きくなった。 「また可愛いこと言ってくれちゃって……じゃあ一緒にイこうや……！」 　前原のストロークは次第に激しくなり、俺の我慢の限界はとうにすぎていたが一生懸命射精を我慢する。 「ネ、ハヤク……っ」 「……くっ、そろそろイくぞ……！」 　言うなり前原はより強く腰を打ちつけた。性器も激しく擦り上げられ限界を迎える。 「あ、あ、あ、でる……っ」 「……くっ」 　俺の中に熱い奔流を叩きつけた前原は軽く二、三回抽挿すると俺の中から出て行った。俺はさっきまで中を満たしていた前原が出て行ったことで若干の喪失感を覚えた。 　事後、前原に丁寧に体をふかれ、中に入っていた彼の精液もキレイに書き出してもらった後、俺は前原に抱きしめられて眠った。 　こうして誰かと肌を重ねたまま眠るのはいつぶりだろうか？女と寝ることはあっても朝まで一緒に共に過ごしたことはなかったかもしれない。だから最初は眠れないと思ったが、セックスの疲れか、ここ数ヶ月分の疲労のせいか、それとも他の要因かで俺はすぐに入眠することができた。 　 　一つ、肉を削ぐ。薄ければ薄い方がいい。 　また一つ、肉を削ぐ。出血し出したが問題ない。 　どんどん肉を削ぐ。出血は多量だが同時に輸血しているので問題はない。