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第11話

 警察の取り調べの結果、俺は最初から護衛用の銃を持っており、その他の銃は敵から奪ったこと、そして敵の装備や突入手段からこちらがとった行為は正当防衛で話が進んでいるらしい。恭介からは何度も「すまない」と謝られたが、俺は最初からそのつもりだったし、特に気にしていなかった。ただ不法所持となると逮捕が免れないので、俺は公安の佐伯を通して警察と取引をすることにした。  公安の佐伯をとある会員制のバーに呼び出す。ここを使うときはよっぽどの話をする時だけだ。そして今回は恭介もその取引に同席したいとのことだったので同席している。どうやら俺が心配らしい。 「全く、何をやっているんですか……ヤクザのボディガードとして敵をほぼ一人で殲滅とは……相変わらずですね。でもあまり派手に動くと本国に目をつけられてしまいますよ?」 「今回は非常事態だったカラ仕方ない。  さて今回の取引だが……俺は何の情報を提供すれば良いのかナ?」 「そうだな、お前よりそっちの……前原に聞きたいことがある。今回使った武、相手から奪ったことになっているが本当はお前らのものだろう?それの入手ルートを教えてもらえれば……今回はお咎めなしと行こうか」 「……佐伯、それは本当か?」  俺が聞くと、 「嘘をついて皓也を怒らせたら、皓也は一人でも公安を潰しかねない……嘘はつきません」  と平然と言ってのけた。俺は恭介に「どうする……?今回のルートは生命線といってもいいルートだロウ?教えるのか?俺は逮捕されても一向に構わナイ」 「皓也、脱獄する気でしょう?そうなったらいよいよお尋ねものにしかなりませんよ?」 「うるせえ」 「いいだろう、教える。これで皓也の逮捕は無くなるんだな?」 「ええ、交渉成立ですね」  そのまま武器の輸入ルートを教えると、佐伯は「何かありましたらこちらの番号にご連絡ください」と番号を言った。もちろん紙に書くなんてことはしない。「それでは」と佐伯は先に席を立った。通例としてここの会計は俺が持つことになっている。  俺と恭介はお互い一杯ずつ酒を飲むと、店を後にした。 「あの佐伯ってやつは信頼できるのか?」 「まあ信頼できるヨ。約束を破った時の報復の怖さも知っているしネ」 「公安を潰すって本当に言ってるのか?」 「アメリカなら難しいけれど日本の公安の機関部くらいなら潰せるヨ」  事実を淡々と話す俺に恭介がついに聞く。 「……皓也、お前ーー」 「その話は家に帰ってからしヨウ。俺もちゃんと覚悟はできタ」  そう、家に帰って、酒でも飲みながら、ゆっくりと話そう。これまでの俺の地獄のような人生を。  帰宅して念のために安全確認を行い、恭介を部屋に通す。早速風呂に一緒に入り疲れを癒すと、恭介がウイスキーをロックで作ってくれた。それをちびちびとやりながら、遠い昔の記憶を紐解いていく。 「俺は十二歳まで日本で過ごした。家に父親はいなかったが特に不自由なく過ごしていたな……母親は働いていたからかもしれナイ。友達はいなかったから六歳年下の妹の茉莉花が唯一の遊び相手だッタ。  これは最近思い出したことなんだが、近所にゴールデンレトリバーのマーリィという犬がいてよく遊んでもらってイた。マーリィは随分前に亡くなったようだっタが……。  生活は比較的裕福な方だと思ッタ。母親は家にいないことが多かったがその分しっかりと俺たちに愛情を注いでくれてイタ。茉莉花はお転婆で俺がやることをなんでも一緒にやりたがッタ。いつも後ろにくっついてきて正直鬱陶しかったが可愛くもあッタ。  そんな俺達の生活が一変したのは俺が十二歳になった日だッタ。家に黒服の男達が多数詰めかけ、母親の留守中に俺たち兄妹を連れ去っタ。俺たちは車に乗せられ、プライベート専用の飛行機に乗せられる頃には鳴き声も枯れていタ。  着いたのは見知らぬ国で、後に中国という国であることがわかッタ。飛び交う知らない言葉が恐ろしカった。俺と茉莉花はお互いの手を握りしめてイタ。俺は茉莉花をなんとしてでも守るとこの時強く思ッタ。思っただけで実際は何もできない子供に過ぎなかッタが……。  また車に乗り、ある大きな建物に連れて行かれたタ。そこは五合会のビルだっタ。その最上階に連れて行かれた俺たちはある男に会ッタ。李 浩宇(リ ハオユー)という男はその五合会の幹部で、俺達の父親だと言ッタ。そして俺に中国の黒社会で父親の右腕になれと言っタ。あの男は血族に対する信仰に近いものを持っていたようダッタ。中国内に子供がいなかったから日本から「取り寄せた」と拙い日本語で言ッタ。  あの男と母がどのように出会ったかは知らなイ。だが間違いなく母はあの男の子供を身篭り、産んダ。そんな出来事を調べるのはあの男にとって明日の天気を調べるようなものなンダ。  俺も茉莉花もあの男の子供だから少なくとも俺は生まれて六年はあの男と共に日本に居た筈なのだが全く記憶になイ。殆ど家に来なかったか、家の外で母と会っていたのだろウ。  俺は即日あの男の部下として働き始めタ。「いいか、お前がいうことを聞いていれば妹は無事日本に帰れるんだぞ」という言葉を信じテ、中国語を覚え、情報の入手の仕方を覚え、死体の始末の仕方を覚え、人の殺し方を覚えタ。  そうしてなんとか一通りの仕事をこなせるようになった俺が十八歳の時、十二歳の茉莉花は娼婦になッタ……」  カラン、と氷が音を立てる。本当の地獄の始まりの合図かのように。 「俺は「話が違う」と抗議したが、茉莉花は最初からそのつもりで連れてこられたらしイ。娼婦が持っている情報を統括するための存在として、そして金を稼ぐ道具として茉莉花は連れてこられタ。俺がどんなに頑張っても無意味だったんダ。「娼婦として年季が明けるまで勤めたら返す」と言われたが何も信じられなかッタ。「十二歳なんてまだ早すぎる」とも言ったが、「幼い女を好む客は多い、日本人なんか特にな」とさえ言われタ。過酷すぎる現実に精神が参ったが、俺が父親の右腕になれば茉莉花を日本に返せるかもしれないと、それだけを希望に頑張ッタ。  この頃ロシアの軍人あがりや人民軍上がりの連中に銃の扱いやメンテナンス、証拠の消し方なんかを学ンダ。彼らの話はためになったし、周りで唯一信頼できる大人だッタ。  俺が二十歳になった時、正式に父親の右腕になれた。あらゆる犠牲を払って得たポストだッタ。何人もの人間を陥れ、殺しようやくその座に治まることができタ。これで茉莉花を日本に帰してやれる、そう思ったが……妹には恋人ができていタ。劉 奕辰(リュウ イーチェン)という半端者のチンピラだったが妹は本気で彼を愛していたし、彼も妹のことを愛していた。茉莉花はその当時ナンバーワンとは行かないまでも相当な金額を稼いでいたので俺の父親は手放そうとしなかッタ。俺は、茉莉花の分まで稼ぐから彼女を日本に帰してくれと説得するための材料を揃えている途中だッタ。そう、俺は遅かったんダ。  茉莉花は奕辰と駆け落ちしてしまッタ。娼婦の足抜け、しかも駆け落ちなんてご法度をしてしまったんダ。後に奕辰は「彼女がこれ以上他の男に弄ばれるのが我慢できなかった」と言っタ。  父親は茉莉花の足抜けに激怒し、すぐさま連れ戻すと同時に奕辰とともに薬漬けにされて……人格が壊れるまで繰り返し強姦さレタ。例のロシア軍人上がりと人民軍上がりの兄貴分達にダ。  茉莉花は耐えきれず自殺シタ。その死体は豚に食わレタ。奕辰は俺を恨んだ……兄のくせに妹を守れなかった俺をナ」  ため息をつく。あの時の無力感、そして信じていた兄貴分達も父親の命令には逆らえないという現実。その時から俺は復讐者になった。 「俺は復讐を誓った……茉莉花には墓すらなかったから己の心の中で……父親の全てを奪い、父親を殺すことヲ。  そこから俺は父親のシノギを全て自分のものにしていッタ。陥れ殺した人間の数は、父親の右腕になった時の十倍以上だッタ。俺は五合会の幹部になり、金脈をコントロールし新たな金脈を見つけ、情報をコントロールシタ。何もかも全て握るのにほぼ十年かかッタ。俺はすっかり何もかもを失った父親と、ナイフと大量の血液を用意しタ。  凌遅刑って知っているカ?中国の古代から伝わる処刑方法でナイフで肉を少しずつ剥いでいくんダ。古代の方法では失血死した時点で相手は地獄行きだが、俺はそれを少しでも長引かせるために輸血をしながら父親の肉を削いで行ッタ。一枚、一枚限りなく薄ク。何十時間もかけて殺シタ。それほどに憎かッタ。茉莉花を奪った父親が……もちろん肉は片っぱしから本人の目の前で豚に食わせてやっタ。絶叫と狂気が混じった空気の中で、ただ俺は虚しかっタ。茉莉花への弔いはこれでよかったのだろうかと思いながら肉を削イダ……。  そこから俺は母親を探すことにシタ。本当に茉莉花を弔うなら母親と共に弔うのが本当だと思ったからダ。五合会のポストに執着などまるでなかったので当時の俺の右腕にさっさと譲って中国を後にシタ。  そこから日本の公安部とコンタクトを取り、大陸の中華マフィアと在日の中華マフィアの情報をあらかたぶちまけて、俺は李 皓然から桐谷 皓也にナッタ。そして恭介と出会ったんダ……」  殆ど一気に話したので喉が渇き、氷がすっかり溶けたウイスキーを一気に呷る。 「恭介は俺の救いになっタ。俺が安心していられる場所に……俺は今まで家族以外の何者にも執着したことはなイ。でも恭介は違う。俺はたくさんの人を陥れて殺しタ。だから神様はきっと俺のことを幸せにしてくれはしないと思ウ。……それでも俺は恭介のそばニいたいんダ……いさせて欲しイ……」 「そんなふうに言われて拒絶できる奴がいるかよ。でも俺はヤクザでお前を今回みたいな危険な目に合わせるかもしれないが、それでもいいのか?」 「ふふ、今回のは危険のうちに入らないヨ、恭介」 「……それは心強いな」  そう言いながら恭介は優しいキスをした。何度も何度も、過去を啄むように。そして手を引かれベッドルームに連れて行かれる。  ベッドに押し倒され、ベッドが優しく軋む。俺は全てを話した。きっと恭介にはあの、中国での魂の底から燃え上がるような日々が伝わったのだと思う。恭介は優しく俺の服を脱がすと、俺の足の指先にキスをするとそこからふくらはぎ、膝、腿うらと唇を滑らせていく。くすぐったいけれど、その奥に確実にある性感を感じ取って俺の中心は兆し始める。 「もう勃起しているのか?」  恭介が笑いながら問う。 「だって、だって……」  心を全て開け渡した相手にそんな風にされたら、という言葉は日本語で表現するのがまだ難しく、歯痒さを感じる。いつか、この心の細波のような揺らぎも日本語で言えるようになるのだろうか?  恭介は俺の中心を咥え、舐め啜る。ベッドサイドからローションも取り出して……俺の後孔塗りこめる。このローションも随分と量が減った。それだけ恭介とは体を重ねている。 「あ、ああっ、や、同時ダメ……っ」  ローションの力を借りて後孔の弱点を滑らかに撫でられ、口腔では性器を舐めしゃぶられると頭がおかしくなりそうになる。恭介はいつものように丁寧に後孔を解すと、そこに自身を宛てがった。 「あ、あ、あ……あ、あっ」  ゆっくりと恭介が入ってくる。その熱量と重々しさはいつも通りのはずだが、いつもより何か、優しい感じがする。 「……恭介?」 「俺がお前の居場所になるよ……俺の居場所もお前だ皓也」 「……うン……っ」  恭介は自身が俺に馴染むのを待ってゆっくりと律動を始めた。その律動も普段と同じはずなのに、優しく感じる。俺は不思議で恭介の顔をマジマジと見た。 「あっ、……う……はぁっ……」 「何見てんだ?」 「は……っ、なんか今日は優しい感ジ……っ、する……っ、なんで?」 「そりゃ、お前の人生を背負う覚悟ができたから、じゃねえかな」 「恭介……っ」  嬉しくて恭介に思いっきり抱きついてしまう。恭介は「こら、動けねえだろ」と言いながらも俺の頭に優しい口付けをした。  そのまま恭介は腰を巧みに使い、俺に抱きつかれたまま俺の後孔を攻め立てた。俺は胸がいっぱいで号泣に近い泣き方をしていて、嗚咽と喘ぎ声が混ざって訳のわからない状態になっていた。 「う……あ、……ひっく、ああ、……っ」 「皓也泣いてんのか?……可愛いやつ……っ」  そのまま律動が激しくなり、俺も恭介も追い詰められてきた。 「も……っ、でちゃうぅ……ひっく……あああっ」 「俺もその泣き顔で限界……っ」  同時に達すると恭介の熱を俺の最奥に感じ、俺も熱を恭介の腹にかけた。恭介はそのままばたりと俺に倒れかかってきた。 「本当はもっと泣かしてえけど……今日は色々あったからこれで限界だ、クソ」 「恭介、好き?」 「んなもん決まってんだろ」  好き、愛してると恭介は俺の耳元に囁いた。

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