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言葉に引っかかる中、落ち着いた顔がまた口を開く。 「あの日君が死んで葬儀の席で花束を貰ってから、 ずっとずっと君だけを考えて生きてきた」 真崎くんは、どんな気持ちでこの花束を用意してくれてたんだろう。 多分、僕の告白の返事をしようとしていたはずだ。 それなのに、なんで今手元には花しかないの? ーーねぇ、お願い……教えてよ。 「この花束の意味は? 否定、それとも肯定? そもそも自分が想いを告げなければ、こんなことにはならなかった。どうして彼は死んでしまったんだろうとそればかり考えて、現実逃避するよう勉強にのめり込みーー」 タイムマシンの話を聞かされた時、これだと思った。 あの日の真崎くんの答えが聞きたい。 彼の考え抜いた返事を…花束の意味を、僕は……! 「そもそも自分が告白する瞬間に間に合うよう戻れば、こんな未来は訪れない。そうだろう? けど、私はそれをあえてしなかった。何故か。 ーー〝今〟この瞬間に出ている君の返事を、聞きたいからだよ」 この後僕に告げようとしている、その答えを。 あの日からずっとずっと知りたいと思っていた、その想いを。 「想いは、簡単には消せない。 もし私が自分の告白を邪魔しても、きっと自分はまた告白する。それぐらい当時の私は君のことが好きだった。だから、君の命は救えても君に告白する未来は変えられない。 ……でもね、その告白は、きっと自分が最初にしたものと内容が違うんだ」 例えば、伝え方とか語順とか。 告白のタイミングや、場所だって違うかもしれない。 「なら、それを受けた君の答えも、もしかしたら今と変わるのかもしれない。 想いを伝えるのは本当に難しくて、些細な表情やその日の気分でも受け取り方は違ってくる。だから、今君が出している答えとは違うものが出るかもしれない。 それだったら、自分がしたあの瞬間の告白の答えを聞きたいと思ったんだ。今君が持っている、その想いを。 だから私はこの時間軸に来た。 ーーまぁ…ここを選んだ理由はもうひとつあるけどね」 「っ、ぇ……?」 「警察が動き始めた! もう廊下まで来てやがるっ、予想とちげぇぞ!?」 さっき廊下を見張りに行った小柄な奴が、慌てて帰って来た。 ザワリと騒めき出す武装した奴等と、助けが近づいてることに安堵した人たちとで、銀行内は異様な空気感になり始めてきて。 「タイムマシンなんてものはね、出来てはいけないんだよ。 人生の修正が効くと、生きるという意味が無くなる。そんなものは絶対に産まれてはならない。だから、私はもともとこの実験を失敗で終わらせ、偶然出来たものを偶然で終わらす予定だった。 あれはゴミ溜めから産まれたし、作り方など誰も知らない」 (実験を、失敗で終わらす……?) それは、どういうこと。 失敗っていうのは、要するに…… 「ふふ。いけないと分かっていながらも、私利私欲の為あのラボを利用し、過去へ来ることに成功した。私はいけない大人だねぇ。 けど……願いはもう叶った」 「…なぁおい、それって……どういう意味nーー」 「警察だ!銃を捨てなさい!!」 鋭い声が、施錠されているドアの向こうから響いた。 何か大きな機械の音が、ドアを壊すよう大きく唸りを上げている。 「さぁ、時間がない。真崎くん」 静かにしていた人たちもいよいよ動き出し、警察の動きを助けるようがむしゃらにドア破壊の手伝いに入る。 武装した奴等もパニクってて、うまく指示が出せてない。 両肩を掴まれ、身体ごとグイッと生田の方に向かされ真っ直ぐ目と目が合った。 こんなにうるさい中、俺と生田の間だけは静かな空気が流れていて。 「あの日の告白を受け、君が出した答えは なに? 頷くか首を振るかだけでいいから、正直に教えて」 俺の、答え。 あの日生田にされた告白の、答え。 (俺は、) 俺の、返事は 『男のくせにごめんっ。 でも、ずっと前から真崎くんのこと好きだったんだ……』 俺がこれから生田に告げようとしている、想いはーー 「…………うん、そうか。ありがとう」 目の前の顔が、ふわりと とても嬉しそうに笑った。 「私は、ずっとその想いを聞くためだけに生きてきた。 花束の先にあったその気持ちを……君だけをずっと、考えながら……っ」 声が、震えている。 くしゃりと歪むその顔を撫でてやりたいけど、手が動かせない。 生田の大人びた顔を…甘そうな金髪を、ただ呆然と……眺めていてーー 「きゃぁぁ!!」 「っ、」 劈くような悲鳴。 ドアから1番遠い位置にいた女性が、奴等に捕まえられている。 彼女をだしに俺たちの混乱を収めようとしたようだが、奴等が口を開こうとした瞬間にドアが壊れ、警察が一気に入ってきた。 (まずい……!) リーダー格の男が、拳銃を女性に構える。 だが、焦りからなのか手から滑り落ちてしまった。 それを拾わずに、慌てて別の奴の拳銃を奪い取ってーー 「ねぇ、真崎くん」 助けに行こうと無意識に動かした身体を、ポンっと押される。 「あの日は失敗して歩道橋から落ちたけど、 次は私も、君の代わりにヒーローにならせてくれないかい?」 「ーーーーぇ?」 「君!もう大丈夫だぞ!!」 押された先、警察官に倒れかけた身体を支えられた。 「っ、待っ……!」 (待て、待て、待て!!) 必死に手を伸ばすけど、支えてくれてる警察官の腕を振り解くことができない。 俺が死ぬ場面って…まさか、生田は……! 「大丈夫。私が君の命を繋いで過去を変えても、君と私のいる時間軸は違うから私が来た世界に影響はない。だから、ラボの奴らにも実験の成功をバレることはない。 それにね? 真崎くん。 君のいない未来に戻る理由も、もう無いんだよ。 ずっと死に場を探していた。 ーー君の為に死ねるなら、本望だ」 (そん、な) なら、あいつは元々こうするためにここへ来たのか? ずっとずっと、あの日の告白の返事を聞くために…俺の命を救うために、こいつは俺が死んだ後30年も生き続け、この瞬間を迎えたのか? そんな……そんなの、って……… 「ーーっ、生田!!」 女性めがけ真っ直ぐ走っていく背中に、ありったけの声をかける。 振り返った金髪は、相変わらず緊張感のないふわふわした笑みで。 「〜〜〜〜っ!!」 警察官に引きづられるようにドアから出た、瞬間 バンッ!と、乾いた音ではなく少し大きい爆発音が 響いた。

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