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第29話 一日千秋

「ねえ僕さ、水着持ってきてないんだけど……」 プールサイドに出て足先を付けながらそう言うと、 「お前、裸で24時間過ごすんだろ? 俺はそれは、それは楽しみにしてたんだけどな」 そう言って矢野君がイタズラっ子のように笑った。 「いや、あれは……その……物のたとえと言うもので、 本当にやろうと思ってたわけでは……」 とテレながらそう言うと、 「じゃあ、ここ、キャンセルしよっかな~」 と今度はからかったように言ったので、 僕はポンポンポンと服を脱いで早速裸になった。 「どう? これで満足?!」 そう言って矢野君の前に仁王立ちすると、 「ハハハハハハ!」 と彼が大声で笑いだした。 「お前、何ドヤ顔で仁王立ちしてるんだよ。 まさか本当にやるとはな。 やっぱりお前は陽向だな」 そう言うと、矢野君もシャツを脱ぎ出した。 「矢野君は水着持って来たの?」 そう尋ねると、矢野君は 「バーカ」 と言って舌を出した後、全てを脱ぎ捨てた。 「ほら、これでお相子だろ?」 そう言うと、プールまで走って行ってそのまま飛び込んだ。 「水が冷たくて気持ちいいぞ! お前も来いよ!」 そう言うと、水の中に潜ってしまった。 「矢野君! どこ?」 潜ってしまった矢野君はプールの端に行ってしまったのか、 姿が見えなくなった。 「準備運動もしないで飛び込んで…… 心臓発作起こしたらどうするの?!」 とブツブツ言いながら足先を水に付けると、 水の中からニュッと手が伸びて来て、 その手が僕を水の中に引き摺り込んだ。 “ひ~ 河童? 河童なの?” とグルグルとしていると、 今度は水面下にグイッと引き寄せられた。 引き寄せられた方を見ると、 矢野君が水中で宇宙人のような顔をして僕を見ていて、 ビックリしている僕の顔に近づいてきたかと思うと、 いきなりキスをしてきた。 余りにもの退っ引きならない矢野君の行動に 「プハ~ッ 苦しい~」 と水面に出てくると、 矢野君も一緒に顔を出した。 「お前、凄い顔をしていたぞ」 と死ぬかと思った僕とは裏腹に、 矢野君はケラケラと笑っていた。 「君も凄い顔をしていたけど、 え〜 そりゃあ、 水の中に引き摺り込まれればビックリもするよ? そこにキスしてくれば息も続かないって! 僕、溺れるかと思ったよ! 全く、矢野君って河童かって?」 そう言って髪をかき上げた瞬間、 矢野君は軽々と僕を肩に抱えると、 プールから上がった。 「ギャッ! 今度は何?!」 とジタバタとすると、 「ベッドへ行ってセックスするぞ」 そう言って僕を肩に担いだままベッドへと移動した。 「何急に思い立ったように! 今日の矢野君って行動に脈絡がないよ!」 そう言うと彼は立ち止まって僕の首筋をクンクンと嗅いでいた。 「やっぱり、やる時は僅かながらもフェロモンの匂いがするんだな。 お前だってその気になってるだろう?」 矢野君はそう言うと、 僕をそっとベッドの上に下ろした。 「Ωのフェロモンの匂いはちゃんとわかるんだね。 矢野君はどう? Ωのフェロモンの匂いがするんだったらαとして何か感じる?」 彼は僕の首筋にもう一度顔を近づけクンクンと匂いを嗅いだ後、 「匂いは分かるけど…… αとしては反応していないと思う……」 そう言われ、少しがっかりした。 でも気を取り戻して、 「大丈夫だよ。 矢野君からもちゃんとフェロモンの匂いはしているから…… 少しずつ取り戻して行こうね」 そう言うと、僕の唇は矢野君の唇で塞がれた。 それから僕達は食事を取るのも忘れて 何度も何度も愛し合った。 僕は矢野君のキスが好きだ。 彼にキスをされると、 脳みそが解けるような感覚がして自分が分からなくなってしまう。 きっとそんな僕は発情期じゃなくてもフェロモンがただ漏れなんだろう。 矢野君も、αとしては機能していないとは言っても、 何らかの影響は受けていると思う。 そうでないと、僕がこんなにも彼に溺れるはずがない…… 僕は何度も何度も彼にいかせられながら 気分は最高潮へと達しようとしていた。 そして最高潮に達したその瞬間、 矢野君は射精をするのと同時に僕の頸を噛んだ。 僕はその痺れてゆく頸の感覚に、 いつに間にか意識を飛ばしていた。 それからどれくらい時間が経ったのか分からないけど、 気がつくともう既に日が登った後で、 矢野君は既に目を覚ましていた。 「お前が寝ている間に朝食を持って来て貰ったよ。 プールサイドに準備して貰ったから食べれるか?」 そう言われ、プールサイドを覗き見ると、 美味しそうな朝食が並んでいた。 「美味しそう~ 僕、お腹ペコペコ! 昨日は誰かさんがお盛んだったから、 夕食、食べ損なっちゃからね~」 そう言ってバスローブを纏おうとすると、 「チッチッチ」 と言って矢野君が人差し指を差し出して左右に振った。 僕が 「?」 と言う顔をすると、 「未だ24時間経ってませ〜ん」 と “未だ裸でいろ” とでも言う様に催促して来た。 僕は手に取ったローブをベッドの上に置くと、 「ハイハイ! 全く矢野君も好き者だね、 そんなに僕の裸が見てたいの?」 そう言って笑いながらプールサイドのテーブルへ行った。 テーブルに着くと、 矢野君は僕の目の前にリボンの掛かった小さなボックスを差し出した。 「開けてみろよ」 そう言われて開けてみると、 そこには、真ん中に大きなブルーの綺麗な宝石の付いたチョーカーが入っていた。 「これは……?」 「お前への誕生日権、婚約のプレゼントだ」 「チョーカー?」 「ああ、これは一花大叔母さんのチョーカーだったんだ。 真ん中の宝石は彼女の誕生石でサファイアだ。 彼女にはαの家系が続いたから、 もし俺にΩの番が出来たら渡す様にって譲り受けたんだ。 お前の事は噛んだけど、 俺はαとして機能していないし、 お前も発情期じゃ無かった。 だから頸の後は消えると思うが、 俺がお前のそばにいない時は、 お前の頸は自分で守れ」 そう言われて僕は泣きそうになるのを我慢してコクコクと頷いた。 「こんな大切なもの、本当に僕が貰っていいの?」 「お前が貰わなかったらこのチョーカーは行き場を無くしてしまう。 はめてみろよ。 きっと裸のお前にブルーが映えてよく似合うはずだ」 そう言われ、 震える手でチョーカーを自分の首にはめた。 「ああ…… よく似合うよ。 今は未だこんな子供騙しの様な約束しか出来ないけど、 いつか必ずお前にちゃんとしたプロポーズをする。 だから俺を待ってろ」 「うん、うん、僕、絶対待ってる! 矢野君がプロポーズしてくれる日まで 絶対待ってる!」 そう約束して彼はお盆休みと称して3日間だけ東京へと戻って行った。 彼が帰って来る日を、 一日千秋の思いで待っていたけど、 お盆休みが終わっても、 僕が福岡へ帰る日が来ても、 結局彼が僕の元へ戻ってくることはかなった。

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