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第30話 帰ってこなかった矢野君

ものすごい轟音と共に建物が揺れた。 「ねえ、本当に行っちゃうの?」 僕がそう言うと、矢野君はあきれたようにして僕を見た。 「それは俺のセリフだ。 一緒に行くかって何度も尋ねただろ? まあ、今更行くって言われても満席でチケット取れないけどな」 そう言って矢野君が僕の肩を抱いた。 たったの三日間の別れだと言うのに、 今生の別れの様な感じがする。 特にあのヴィラで過ごした二日間の後は。 それはまるで終わりの無い夏の日の様で、 真っ青な空と咲き誇るハイビスカスの花と見上げた時に影になるシュロの葉の揺らめきは 僕の脳裏に焼きついて矢野君の笑顔と共に僕の頭の中を一時も離れる事はなかった。 「これ、矢野君が無事に帰って来れる様に」 そう言って僕は矢野君にお守りを渡した。 「お守りか? ヤケにゴワゴワしたお守りだな」 「へへ、まあね。 絶対中を見ちゃダメだよ。 ご利益なく無くなっちゃうから!」 そう言うと、矢野君は 「はい、はい」 と言ってお守りを首に掛けていたネックレスに通した。 実を言うと、お守りの中には、 秘境の地から拾ってきた綺麗な石が何個か入っていた。 パワースポットにもなりそうなあの地の石にはご利益がありそうで、 また矢野君の大好きな一花大叔母さんの 特別な場所で見つけた石は彼女の魂が宿っていそうで、 矢野君をいつでも守ってくれそうな気がした。 矢野君はお守りを額につけ、 何かお祈りをした様にすると、 「シャツで隠れるから丁度良いな。 お前だと思ってずっとこうして持ち歩くよ」 そう言って、お守りをシャツの中に入れた。 「あっ、そろそろ行かないと…… 矢野君が乗るの、この便でしょう?」 矢野君がお守りを仕舞ったの同時に もう直ぐ始まる搭乗案内のアナウンスが流れた。 矢野君は僕の首のチョーカーに目をやると、そっとそれに触れ、 「外すんじゃ無いぞ」 そう一言言い、僕を強く抱きしめキスをした。 普通だったら公衆面前でキスをしたりするのは抵抗があるのだけど、 ここに来て初めて離れる矢野君のことを考えると、 寂しすぎて公衆面前だと言うことも頭の中には入って無かった。 セキュリティーを通って彼が見えなくなるまで見送ると、 僕は帰路についた。 寮に戻りその後の三日間は永遠にも感じる様な日々だった。 そしてやっと来た矢野君が戻ってくる日、 僕はワクワクとした気持ちで空港まで矢野君を迎えに行った。 でも彼が乗るはずだった飛行機に彼は乗っていなかった。 一便遅れるのかと思い待ったけど、 その便にも矢野君は乗っていなかった。 結局最終便まで空港に残っていたけど、 その日矢野君が戻ってくる事はなかった。 次の日からはお盆休みも空けて仕事が始まる。 仕事にはとても真面目で、 僕同様、遅刻、欠席の無かった矢野君が それまでに戻って来なかったのは僕ぶにとって不安を煽った。 “もしかして家族に僕達のことを話して戻れなくなった? 強く反対されたのかな?” そんな思いが頭を巡ってその日の夜は眠れなかった。 「そう言えば、最近は矢野君もうなされる事が無くなってたな……」 眠れ無いながらも、 僕はそんな事を呑気に考えていた。 朝が来て朝礼の時、 僕は伊藤さんから信じられない事を聞いた。 「残念ですが、夏季臨時バイトで来ていた矢野さんが、 お盆休みで実家に戻られていましたが、 ご家庭の都合で早めにバイトを終えられることになりました。 残りの皆さんは後2週間期間が残っていますが、 最後までよろしく願いします」 そのセリフ聞いた途端、 僕の背中に冷りと嫌な汗が伝った。 朝礼の後伊藤さんに詳細を聞こうと思ったけど、 伊藤さんも支配人からそう連絡が来ただけで 詳しい事は分からないと言われた。 僕は休み時間を使って支配人を訪ねた。 でも彼は、個人情報は教えられないと言って何も教えてくれなかった。 人事の方に尋ねに行っても、 矢野君の情報は何もなく、 最初から彼は登録されてい無かったのか、 それとも抹消されてしまったのか分からず終いだった。 僕が持つ情報は矢野君は創立者の家系だと言うことだけ。 僕は休み時間や就業後になると、 ホテルのビジネスルームのコンピュータを借りに足を運んだ。 僕は矢野君がこのリゾート経営者の息子だと言う事を頼りに、 彼の所在を確かめようと思った。 でも分かるのは本社の情報ばかりで、 その時僕は初めて 彼が日本を代表する様な大きな財閥の御曹司であることがわかった。 彼の家族が経営するのはこのリゾートのみでは無く、 世界各地にホテルを持ち、 その他に美術商、アンティーク商、インテリア系、 ウエディング会場等複数の会社を経営している事が分かった。 そしてこの会社の経営者=矢野君の家族は プライバシーを隠すのが凄く上手かった。 僕はここに居る2週間の間、 死に物狂いで矢野君の情報を掴もうとしたけど、 結局矢野君の事を見つける事は最後まで出来なかった。

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