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第55話 フラッシュバック

腕を宙にかざして、 嵌めたブレスレットにじっと見入った。 ブレスレットを付けるのなんて生まれて初めてだ。 シルバーのバンドの真ん中に一つだけ 青く光るサファイアが埋まっている。 大き過ぎず、小さ過ぎない、 程よい大きさのサファイアで、 上品さがある。 “さっきは会話をする様に光った気がしたんだけどな……” 少し腕をずらして サファイアに光を反射させて光らせても、 先程の様な感じではない。 “でもこのブレスレット…… 何処かで見た事ある様な…… 何処でだったかな?” 確かに何処かで目にした様なデザインだ。 どうしても思い出せず暫く考えていると、 ウエディングの音楽が流れて来た。 “始まった” 僕は始まったばかりのお式に見入った。 ドアからはつい先程話したばかりの Ωの新郎さんが登場した。 一歩前を歩くのは彼の父親だろう。 真剣な面持ちで、 それでも少し緊張したようにしている。 祭壇に着くと、 もう一人の新郎さんに深々とお辞儀をして後ろを振り返ると、 Ωの息子さんの手を取った。 そしてΩの新郎さんに笑顔を向けると、 小さくコクリと頷いて 持った彼の手を、 スッと祭壇の前で待っていた新郎さんに差し出した。 新郎さんは深々と父親にお辞儀をすると、 Ωの彼の手を受け取った。 そして二人して祭壇の前に並んで立つと、 そこに跪いた。 その姿がとても敬虔で神聖で、 僕は涙が止まらなかった。 そこに自分の姿を重ねてしまった。 ”矢野君……” 僕の頭の中は矢野君で一杯だった。 “番なんかを通り越しても やっぱり僕は矢野君が好きだ” 止まらない涙を左手で拭うと、 やはりサファイアがまた自分の意思で光った様な気がした。 もう一度腕を宙に翳して青く光輝く宝石に見入ると、 “あれ?” と思った。 シルバーに彫られたパターンが 矢野君に貰ったチョーカーに似ているのだ。 ”もしかしてあのチョーカーと対になってる?“ 嬉しくて、何度も、何度も眺めたチョーカーだ。 ブレスレットのパターンは小さくて 見比べ無いと良く分からないけど、 ヤッパリ似ている。 首を傾げて腕を見ていると、 「お前、来てたのか?」 そう言って矢野君が現れた。 僕は宙に上げた腕をサッと下ろすと、 何故か腕に付けたブレスレットを矢野君に見られない様に隠した。 「あっ、矢野君、お疲れ!」 予期しなかった矢野君の登場に、 少し気恥ずかしい気がした。 なんと言ってもたった今、 矢野君の事を思って涙したばかりだ。 僕はサッと手で顔を払うと、 身なりを整えた。 「何だ? 結婚式か? もしかしてお前、 結婚式を見て泣いてたのか?」 矢野君には僕が泣いていた事を 見られていた様だ。 「へへ…… お恥ずかしい…… 僕、インフィニティに勤め始めて何度も結婚式見たけど、 男性同士のお式は初めてで…… 何だか感動しちゃって……」 そう言うと、矢野君は自分の目を祭壇の前で跪く二人に移した。 「俺さ」 そう言って矢野君が話し始めた。 「ん? 何?」 「男同士ってさ、微塵も考えた事無かったんだ」 そう来た時、 分かってはいたことだけど、 改めて言われると、また一味違う。 僕は頭をハンマーで殴られた様な気がした。 でも次のセリフでその気持ちは救われた。 「お前の姿が遠くから見えたから 何してるんだろうって眺めてたんだよ。 それが…… お前、おかしくってさ、 傍から見てもソワソワとしててさ、 何を百面相してるんだろうって気になって…… そしたらあの新郎の登場だろ? 直ぐにハハーンと来たよ。 よく考えたらさ、 お前ってΩな訳じゃないか? お前が選ぶ相手ってどう見ても男性だよな? まあ、女性って事もあるかもだけど、 確率としては低いよな? それって自然の摂理というか、 お前からすると俺たちが女性を選ぶ様に 息をする様に自然な事なんだよな。 少し偏見を持ったところもあったけど、 スマンな。 俺、失礼な事言ったりした事あったよな」 そう言われ、僕は目を見開いた。 「いきなりどうしたの? そりゃあ、矢野君の気持ちは嬉しいけど、 この前まで男同士は気持ち悪いって……」 「もうそこは忘れてくれ! 俺が悪かった!」 そう言って矢野君が頭を下げた。 「急にどうしたの? 何か思う事でも有ったの?」 僕は少し期待した。 矢野君はチラッと祭壇の二人を見ると、 深呼吸をした。 「あのさ、これ、絶対誰にも言うなよ?」 矢野君のセリフにドキッとした。 ”え? もしかして好きな人ができた? それってΩの男性?“ もしそうだとしても、 矢野君の口ぶりから、それは僕では無さそうだ。 ”もしそうだったら聞きたく無い!“ 僕は心の中で叫んだ。 矢野君は誰にも言うなよと言った後、 「特に仁には!」 と佐々木君には知られたく無い様だ。 矢野君は僕が同意するのを確認すると話し始めた。 「実を言うとな、 最近フラッシュバックが起こるんだよ」 「フラッシュバック?」 僕はドキリとして聞き返した。 矢野君はコクリと頷くと、 「ああ、断片的なもんだけど、 多分俺の記憶のかけらだと思う」 更に僕の心臓が高鳴った。 「それは…… どんな……?」 「それがな、俺が裸で男とベッドの中にいるんだ」 それを聞いた瞬間手が震え出した。 “思い出しかけてる? あの熱かった夏の日を思い出してくれる? 二人で抱き合ったあの海辺の日々を思い出してくれる?” 僕の期待が高まった。 「それで? 他には?」 僕がそう尋ねると、 「バーで……」 と言う言葉が次に出てきた。 「バー?」 「ああ。 薄暗いバーで 俺が誰かの手を引いているんだ。 顔が見えない……」 そう言って矢野君が目をすくめた。 そして続けて 「耳元で囁かれるんだ…… 何を言っているのか分からない…… アイツの顔を見ると、 唇がスローモーションで動くんだ。 でも口から上が見えない。 微笑んだ唇が異様に赤くて…… あれは酔っているのか…… その唇が俺を誘うんだ…… そして俺の体が熱くなる…… でも思い出せないんだ。 アイツが誰なのか!」 そう言って矢野君が僕を見た。 「その人は男性……なんだね……?」 「ああ、バーで知りあったんだと思う。 でも何故なんだ! 俺はバーになんか行った事無いのに。 それとも俺は記憶を無くす前は今とは違った人物だったのか?!」 そう言って矢野君が顔を歪ませた。 僕は何と言って声をかけて良いのか分からなかった。 それよりも僕の方がショックに打ちひしがれていた。 “その記憶は僕じゃ無い! 思い出すの? 彼との記憶をまた思い出すの? そして君はまたあの暗闇の中に落ちてしまうの?!” 僕は矢野君の腕にしがみついて何度も、何度も “嫌だ、嫌だ、いやだ!“ と心の中で叫んだ。

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