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第56話 愚痴

「お前、俺に協力しろ」 矢野君に突然に尋ねられ、 僕はきっと世界一変な顔をしたに違いない。 彼の顔が笑うの堪えているのが手にとる様に分かった。 僕は矢野君とのやり取りを愚痴るために 昨夜遅く佐々木君の家に押しかけた。 “ピンポ〜ン” ベルを鳴らしたけど、 佐々木君は出てこない。 “電気付いてるのにおかしいなぁ〜?” 堪え性のない僕は1分待ってもう一度ピンポン鳴らした。 でもやっぱり佐々木君は出てこない。 イライラとして何度もピンポン、ピンポン鳴らすと、 彼は怒って髪から水を滴らせてドアを開けた。 「あれ? 怒ってる? へへへ、ごめ〜ん、お風呂だった?」 タオル一枚巻いて濡れた髪を クイっとかき上げた佐々木君は物の見事に僕に対して捲し立て上げ始めた。 「そんなにピンポン、ピンポン鳴らすと近所に迷惑だろうが! お前は一体今いくつなんだ! 小学生か?! 一体こんな遅くに何の用だよ?!」 「佐々木く〜ん、 怒ると矢野君にソックリだね〜 やっぱ従兄弟なんだね〜」 そう言うと、 「全くお前は……」 そうブツブツ言いながらも、 「また光の事だろ?」 と中に通してくれた。 「いつも来て思うんだけどさ、 佐々木君も大きな家の出でしょう? 住んでる所って至って普通なんだね。 まあ、広いっちゃ広いんだけどさ。 僕さ、こんな壁の薄い所よりも、もっとホラ、 セキュリティーのしっかりした、 大声出してもお隣さんに声が漏れない様なところに住んでると思ってたのに、 やっぱりビンボー暮らしの修行ってやつ?」 そう尋ねると、彼は呆れた様な顔をしていた。 最近やっと矢野君の住んでるところが分かって 遊びに行くのを許可されたばかりだ。 それ以来、矢野君の事で落ち込むと、 決まってここに駆け込んできた。 なんだかんだと言いながらも 佐々木君は僕の話を聞いてくれる。 「お前さ、もう過去の事は横に置いといてさ、 そんなに光の事好きだったら、 改めて告ったらどうだ?」 そう言われて、頭の中でベルが鳴った。 「佐々木君、賢〜い! そうか、その手もあったか?!」 「お前って単純だな。 そう言うところに光も救われたのかな?」 そう言って佐々木君が僕の目の前で着替え始めた。 「ギャッ! ちょっとぉ〜 仮にも人妻の僕の前で全裸になるのはやめてよ!」 そう言いながらも僕は佐々木君の股間に釘付けになった。 「人妻とはなんだ?! 人妻とは?! お前、噛んでもらったから、もう人妻気取りか?!」 「良いじゃない! 実際そうなんだし! でも佐々木君も凄いな…… αって皆そうなの?」 思わず心の声が出てしまった。 「お前な、普通向こう向かないか?!」 「いや、だって佐々木君、着替える前に何も言わないんだもん。 それにお客様いる時は、 着替える時はお風呂で着替えない?」 「誰がお客様だ?! この口が言ってるのか?! どこで着替えようが、 此処は俺の家だ。 お前にどうのこうの言われる筋合いはない! お前の方こそ気を利かせて目を閉じるなり、 後ろを向くなり出来るだろ! それを何だ! 男に飢えたインパスみたいに よだれを垂らして! お前は欲求不満なのか?!」 「ん、もう〜 そんなにカリカリしないで! 全くカルシウム不足?」 そう言うと彼は反撃に出た。 「お前な、夜中に一人でΩの分際でαの部屋にくると言う事は、 襲われても文句は言えないと言う事だぞ!」 そう言って佐々木君が ベッドの上に座る僕の上に飛び掛かってきた。 その姿を見て僕はケラケラと笑い出した。 「今更佐々木君と? ハハハ、無い、無い! 佐々木君だってそうでしょう? 僕とそう言う事出来る?」 そう尋ねると、 彼は参ったとでも言う様にして両手をあげると、 僕の上から退いた。 「でもさ、幾ら番っているからとは言え、 お前はΩなんだ。 少しは自覚を持て! レイプされる事もある可能性だってあるし、 そうなると、妊娠の可能性だってあるんだ。 それにお前は十分可愛い。 匂いを撒き散らしてなくても αを惹きつける魅力はあると言う事を覚えておけ」 そう言われ、何だか照れ臭かった。 矢野君以外に褒められたのは初めてだ。 「僕って君たちのDNAにはよく見える様なオーラが出てるのかな?」 そう揶揄った様にして言うと、 「お前、何か光の事愚痴りに来たんだろう? たまにはそれ以外でも遊びに来いよ。 ほら、もう終電も無いだろうから泊まっていくだろ? 俺は早朝セミナーがあるから早く出るけど、 俺の予備のパジャマだ」 そう言ってパジャマを投げてくれた。 「有難う…… パジャマついでと言っちゃ何だけど、 お風呂も入って良いかな~」 そう尋ねると、 佐々木君は信じられんと言う様な顔をして僕を見たけど、 「お前、愚痴は良いのか?」 と一応は聞いてくれるつもりだったらしい。 「ん〜 いいや! 佐々木君と話してたらどうでも良くなったよ。 じゃあ、お風呂借りるね」 そう言うと、僕はお風呂場へと移動した。 僕がお風呂から出てくると、 佐々木君は既にガーガー寝ていて、 ちゃんとベッドも僕のスペースを開けていてくれた。 佐々木君が住んでいるところは普通のアパートのワンルームだけど、 トイレとバスは別だし、部屋は割と広い。 そのせいか、置いてあるベッドは キングサイズと言っても良いほど大きい。 まあ佐々木君自身背が高いので、 小さいシングルベッドだったら足が出てしまうだろう。 僕はスルスルと佐々木君の隣に滑り込むと、 物の見事に3秒で眠りについてしまった。 翌朝シャワーの音で目が覚めた。 “あれ? 佐々木君、昨夜お風呂入ってたよね? それに早朝からセミナーがあるって…… セミナー、キャンセルになったのかな?” 朝食準備をしてあげようとキッチンで コーヒーを入れていると、 お風呂のドアのかチャリという音がした。 「佐々木君、キッチン借りてるよ。 コーヒー入れたから飲む? 朝食作ろうと思ってるんだけど、 スクランブルとトーストで良い?」 そう尋ねると、 「お前、料理出来たのか?」 そう言いながら、 バスルームから髪をタオルで拭きながら出てきたのは 何を隠そう矢野君自身だった。

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