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第57話 協力

「熱い、熱い!」 僕はビックリした拍子に 手に持っていたコーヒーを自分の手にかけてしまった。 手をブンブンと振って掛かったコーヒーを散らすと、 赤くなった部分にフーフーと息を吹きかけた。 「バカ! そういう時は冷やすんだよ」 転機よく僕の手を取った矢野君が、 咄嗟に水に浸してくれた。 「大丈夫だよこれくらい」 お湯は熱かったけど、 火傷は本当に大したことなかった。 でも矢野君は、 「怪我を甘く見るんじゃ無い! どんなに小さな怪我といっても化膿したりするんだぞ。 ほら、冷やした後はちゃんと軟膏を付けて……」 と救急箱の中から軟膏を持ってきてくれた。 僕の火傷の世話をテキパキとする矢野君が甲斐甲斐しくて、 僕はホケ〜っとして彼を見ていた。 そんな僕に気付いた矢野君が、 「何だよ?」 と少し照れたように尋ねた。 「いや、矢野君が此処にいた事さえビックリなのに、 僕のこんな小さな火傷まで世話してくれて…… 意外って言えば意外だけど、 矢野君ってやっぱり優しいんだね」 そう言うと、矢野君は僕の頭をゴンとゲンコツでかまして、 「意外は一言多いんだよ。 それに何だやっぱりって。 俺は何時でも誰にでも優しいんだ! ほら、終わったぞ。 多分、痕にはならないだろう。 それよりも朝食作るところだったんだろ? 着替えたら俺が作るからお前は座っておけ」 そう言われて、 改めて矢野君がまだバスタオル一枚だったことに気付いた。 「そう言えばさ、いつ此処に来たの? ちっとも気付かなかったんだけど……」 「まあな、お前、ガーガーいびき掻いて寝てたからな」 「え〜 嘘だ〜 僕、今まで、いびき掻くって誰にも言われた事ないよ?」 そう言うと、矢野君は少し肩をピクッと振るわせて静止した。 「お前、そんなにあちこち泊まり歩いてるのか?」 「嫌だな〜 違うよ〜 僕、施設で育ったから、ホラ、 1部屋に2つ2段ベッドがあってさ、 何時も誰かが部屋には居たんだよ」 そう言うと、彼はちょっと首を傾げて、 「俺、前にもその話聞いたか? 何だか聞き覚えが……」 矢野君のそのセリフに心臓が高鳴った。 僕は記憶を失くした後の矢野君には 一度も施設で育った事は話したことが無かった。 矢野君の質問にどう答えていいのか迷った。 「嫌だな〜 前に話したじゃない! 矢野君って忘れん坊だな〜」 事実を含んで少し焦った様にして言うと、 「だよな〜 話したよな! お前、年長さんだって…… ん? あれ? お前、そんな事言ったっけ……? それとも言わなかったっけ? あれ? それはお前の事か?」 矢野君が少し混乱し始めたので、 「もう〜 前に僕の生い立ち話した時は矢野君、 僕にツンケンしてたから、うろ覚えなんだよ! 僕の事は良いから、早く朝食つくろうよ!」 と話をそらそうとした。 「そうだな、腹減ったな」 そう言って矢野君の気はそれたけど、 正直言ってヤバかった。 矢野君の記憶の混乱にどう返答していいのか分からなかった。 矢野君は僕と過ごした日々の記憶も思い出し始めている。 ここまで思い出し始めてるとは思いもしなかった。 それも全てがごっちゃに混ざり合って…… 僕は元彼と僕との経験が一緒になってしまわないか少し心配になった。 僕との記憶を、元カレとの記憶だと思ってほしくなかった。 でも今の僕たちの状況では、 どうすることもできない。 矢野君の方をチラッと見ると、 丁度着替え終わったところみたいで、 タオルを洗濯のカゴに投げ入れていた。 「ねえ、何か手伝おうか? 火傷もそんなにひどくないし、 もう赤味も取れてるし、 僕もトーストくらいだったら出来るけど……」 そう言うと矢野君はニコリと笑って、 「じゃあお前は皿を並べてパンを焼いてくれるか?」 ときたので、 「ガッテン承知!」 そう言って敬礼をすると、 お皿を取り出してパンをトースターに入れた。 矢野君は卵を片手で器用に割りながら、 「お前、此処には良く泊まりに来るのか?」 と尋ねた。 「泊るのは初めてだったけど、 ここにはよく来るよ。 矢野君はどうして此処に居たの?」 「あ〜」 と言った後、彼は黙り込んだ。 「何、何? 急に黙り込んで? もしかして何か怪しい事でもしてたの〜?」 そう揶揄った様に尋ねると、 「バ〜カ、俺は仕事だったんだよ」 と返ってきたのでびっくりした。 「え? ランドリーって夜も仕事があるの?」 そう尋ねると、 「ランドリーからフロントに移ったんだよ」 との返答にビックリした。 でも矢野君のホテルとの関係を考えると、 ランドリーよりも、フロントの方がしっくりと来る。 「そもそもさ〜、矢野君って何でランドリーで働いていたの?」 多分閥の記憶の名残だろうけど、そう尋ねてみた。 「分からん」 の答えに少しがっかりしたけど、 考えられない返答ではなかった。 「え〜 何? その答え。こっちこそ分からんなんですけど〜」 「俺にもな、分からないんだよ。 何故かランドリーしか無いって自分でも思い込んでで…… でも今は何故あそこ迄固執したんだろう? って位どうでも良くなったから、 差し詰めフロントから始めて色んな部署を回ろうと思ってな、 最近フロントに移ったんだよ。 それで昨夜は夜勤だったんだよ。 仁の家はホテルから近いから、 夜勤の時は此処に転がり込む様になったんだ」 「そうだったんだ〜 じゃあ、矢野君はこれから修行だね。 がんばれ!」 そう言ったのと同時に、 「ほら、食えよ」 と出来たばかりのハムエッグを持ってきてくれた。 僕もトーストを運んでくると、 僕達は揃ってテーブルに付いた。 「うわ〜 美味しそう〜 矢野君は自炊?」 「まあ、気が向けばな。 仁は料理はからっきしだろ?」 「え〜 知らないよ〜 まあ、確かに料理をしてる所は見た事ないね〜 でも良く朝食の材料があったね」 「これは俺のだ。 昨日仕事に行く前に買い出しておいたんだ」 「そうだったの?! 佐々木君、さも自分の物の様に 冷蔵庫の中のものなんでも勝手に食べて良いって……」 「アイツはそう言う奴なんだよ」 そう言うと、矢野君は真剣な顔をして、 「お前、俺に協力しろ」 と突然聞いてきたので、 僕はちょうど噛み砕いたハムエッグの 半熟黄身を口の端からタラ〜と垂れ流してアホな顔をした。 矢野君は声高らかに笑うと、 「お前、本当に年長さんだったのか? 小さい子達相手にテキパキ何でもやってたんだろ?」 と如何にも矢野君があの夏の続きの様に話すので、 僕はたまらなくなって矢野君の顔を見上げた。 「何だ? お前が自分でそう言ったんだろ? …… あれ? 違ったか? 俺の記憶違い?」 また矢野君が混乱してきたので、 「そうそう、そうなんだよ〜 良く覚えていたね!」 と慌てて答えた。 「実はさ、俺の通っている大学でさ、 サマフェスがあるんだよ。 お前、それに来い! で、俺に協力して俺が何故あの大学に行きたかったのか、 その答えを見つける協力をしろ!」 「え? それって……」 「前に恋人がいたと思うって事は話したよな? 覚えてるか?」 矢野君がそう尋ねたので、 僕はコクコクと頷いた。 「俺はそいつがあの大学に居ると思うんだ」 「どうしてそう思うの?」 「進路を決めるときに…… 頭の中で何度も何度も声が反芻したんだよ…… “矢野君も城之内大学においでよ” って…… きっとアイツがそう言ったんだ…… だから俺は進路を急遽変えて城之内に行くことに決めた。 でもアイツは現れないんだ。 だから第三者のお前が あたりに気をつけて見てくれたら、 もしかしたら遠くから俺を見ている奴が現れるかもしれない」 そう言われ僕は落胆した。 “矢野君、それ僕だよ。 君の待つ人はそこには居ないよ。 どんなに大学内を見つけても彼は現れないよ” どんなに彼に言いたかったか分からない。 でも僕は 「分かった…… 矢野君が必要であれば、僕が協力してあげる」 としか、言うことができなかった。

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