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第63話 沖縄、再び

僕は夜の東京の街を歩きながら、 あの夏の日の映像がグルグルと頭の中を走馬灯のように回転していた。 “あの夏の日の走馬灯か…… これって僕の恋が死んでしまうって言うことなのかな……” 涙が出そうになり、 鼻をすすって空を見上げると、 いつもは星の見えない東京の空に一つだけ輝く星が見えた。 もう夏も終わりに近づいて来ている。 矢野君が僕の前から消えてから丸二年が経った。 “そうだ…… 沖縄へ行こう! 全ての始まりだったあの場所へ…… 僕の特別なあの場所でだったら、 何か答えが出るかもしれない…… もう2年は行っていないあの秘境の地で……” 僕は貯金を確認すると、 何とか数日間だけ滞在できるような費用分の蓄えがあった。 使ってしまうのはもったいないけど、 心がどうしても沖縄に向かってしまった。 僕は忙しいお盆を避けて飛行機のチケットの予約を入れると、 職場の方には無理を言って休みをもらった。 そして佐々木君にもこの旅行の事は言わずに、 僕はバックパック一つで飛行機に飛び乗った。 飛行機を下りると、 あの日と同じ様に熱風が僕の頬を殴った。 太陽はこれでもかと言うくらいにギラギラと輝いている。 僕はサングラスを掛けると、 ホテルの送迎バスに乗り込んだ。 見慣れた景色が見えてくると、 懐かしさで目頭が熱くなる。 僕はバッグパックを胸に抱え上げると、 バスの窓から見える海に目を移した。 カーブを曲がると直ぐにホテルが見えてくる。 胸に期待を抱えながら、 僕はホテルの正面へと降り立った。 “此処は変わってない……” ドアをくぐり抜け受付へ行くと、 チェックインを済ませ部屋へと向かった。 エレベーターに向かう途中のロビーに 矢野君の高祖父母の写真がある。 僕はそこに立ち止まり、 彼らの写真に見入った。 “矢野浩二……に……陽一…… 矢野君はどちらにも似てないんだな…… 当たり前か、もう随分等親は離れてるしな” そう思いながら周りを見回すと、 ホテルの歴史の様な写真集がテーブルのところに置いてあった。 前にいた時は気付かなかったけど、 僕はパラパラとその写真をめくってみた。 その中にはホテルの建設過程やそれに関わった人達の写真などがあり、 更にページを捲っていくと、 矢野君の高祖父時代であろう家族の写真などがあった。 そして一目で分かったのが、 矢野君の一花大叔母さんであろう人物だ。 僕の見た子供の頃の写真では無かったけど、 恐らく彼女が未だ年若い頃のだろう。 小さい頃の花冠とは打って変わって、 彼女はとても綺麗な女性に成長していた。 そして彼女の首には、 僕が矢野君から貰った サファイアの付いたチョーカーがキラリと光っていた。 僕はその写真を見て、何か特別なものを感じた。 “一花大叔母さん、助けて…… 僕はどうしたら良い? 僕、貴方のその綺麗なチョーカーを貰い受けたんだよ。 でもね、矢野君は大変な事故に遭って記憶を失くして 僕の事を覚えていないんだ。 ねえ、僕はどうしたら良い?” そう言うと、 彼女の口が僅かに動いた様な気がした。 “えっ???” 僕は目をパチパチと瞬きして、 もう一度彼女の写真を見た。 でも何の事は無く、 僕はもう一度瞬きをして周りを見回した。 “気のせいか……” ため息をついてエレベーターに向かおうとした時、 「長谷川君?」 と、僕を呼び止める声がした。 後ろを振り向くと、懐かしい顔がそこにあった。 「伊藤さん?」 「あ〜 やっぱり長谷川君だ! すっかり大人っぽくなちゃって! どうしてたの? 元気だったの?」 と、僕が2年前に働いていた時の 配属先の班長だった伊藤さんがそこには立っていた。 「凄く久しぶりだね! 僕は元気だよ! 伊藤さんは元気だったの?!」 僕達は再会を喜んだ。 「長谷川君も、もう高校は卒業したんだよね?! 就職したの? それとも大学生してるの?」 「今、専門学校へ行ってるんだ。 フラワーアレンジメントを学んでるんだ。 それに今ブライダル・インフィニティでバイトしてるんだよ!」 「あら、じゃあ、うちの系列だね。 やっぱり2年前の繋がりで?」 「いや、全然偶然。 僕、ここが大きな会社の系列だとは全然知らなかったんだよ」 「へ〜 すごい偶然ね。 それで今日はどうしたの?  夏休み最後のバケーションってところ?」 「いや…… そう言う訳じゃ無いんだけど、 ちょっと懐かしくなって……」 「ここのメンバーもだいぶ変わったのよ。 でも私は未だランドリーにいるから、 此処に滞在している間は遠慮しないで遊びにおいでね。 矢野君も連れておいでよ」 「え? 矢野君?」 「うん、そうだよ。 一緒に来てるんでしょ? さっき似たような人見たから、 あれって思ったんだけど、 長谷川君に会ってヤッパリって…… もしかして一緒に来てないの? 連れがいて仲良さそうに歩いてたから、 てっきり長谷川君だと思ったんだけど……」 僕は彼女のセリフに黙り込んで俯いた。 「ごめんね。 言ってはいけない事言ったみたいだね」 「いや、大丈夫だよ。 ここに来ている事は知らなかったけど、 彼に新しい人が居るのは分かってるし……」 そう言うと、 「話したいことあったら、 何でも聞くから、絶対会いに来てね」 そう言って伊藤さんは持ち場に帰って行った。 僕はポケットから携帯を取り出すと、 矢野君にメッセージを打った。 佐々木君には、 矢野君には彼のいない所で絶対に連絡をするなって言われていたけど、 伊藤さんから矢野君の事を聞いて、 それどころでは無かった。 矢野君も沖縄に来ているなんて、 一緒に居る人が寺田さんでも、 ただの偶然にはどうしても思えなかった。 でも僕の出したメッセージは既読にはなったものの、 矢野君から返事が来る事はその日は無かった。

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