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第64話 訪問者

僕はピョンピョンと飛んで 塀の向こう側を覗いてみようと思ったけど、 以前と同じ様に何も見る事はできなかった。 矢野君が此処に来ているのであれば、 此処に泊まっている確率が高い。 宿泊客用のヴィラとは違った位置にある 矢野君の家族用のヴィラ。 2年前僕は此処で矢野君と番の契約を結んだ。 僕たちは此処であんなに愛し合ったのに、 今僕の隣に彼はいない。 壁際に背を向けて佇んでいると、 カップルらしき2人が向こうから楽しそうに腕を組んでやってきた。 2人はそこに佇む僕に気付くと、 2人を見ていた僕と目があった。 ジリジリと緊張で汗が背中を伝わる様な感覚だったけど、 片手をあげて挨拶をした。 不審者と思われて通報されたらたまったもんじゃ無い。 2人は片手をあげた僕にチラッと目をやると、 軽く会釈をしてすーっと通り過ぎて行った。 2人の背中を見送ると、 僕はまた俯いてそこに座り込んだ。 通り過ぎる人の声が遠くから聞こえる度に 向こうへと目をやった。 恐らくヴィラの宿泊客達だろう。 割と頻繁に僕の座る場所を行き来していた。 ここに居れば矢野君に会えるかもしれないと思った。 でもその中に矢野君達の姿はなく、 家族専用のヴィラから出てくる気配も無かった。 それどころか、此処に誰かが泊まっている気配さえない。 僕はしばらくそこに座っていたけど、 暑さのせいか少しクラッとした。 “ダメだ。 涼しいところに移動しなくちゃ” 立ち上がった瞬間目の前が真っ暗になり、 それと同時に気が遠のいて行った。 「陽向! 寝坊助だなぁ、早く起きろ」 そう声がして目を覚ますと、 僕の目の前に矢野君の顔がニュッと出てきた。 「うわっ! 矢野君?! どうして? どうして此処に? もしかして記憶戻ったの?!」 僕がそう言うと、矢野君は僕をキョトンとして見た。 「お前、頭大丈夫か? 何だ? 俺の記憶って…… まるで俺が記憶喪失みたいな言い方だな」 そう言って彼はクスッと笑った。 「え…… でも……」 周りを見回すと、 僕はあのヴィラの寝室でプールを目の前にして眠っていた。 「どうして僕たちは此処に……?」 「だから言っただろ、お前、寝ぼけているのか? 俺たち、昨夜だってあんなに愛し合って…… ほら、お前が俺の物だって印まで此処に……」 そう言って僕の頸を触った矢野君の手から ヒヤリと冷たいものを感じた。 「冷たい!」 そう言って首を窄めると、 「陽向!」 と僕を呼ぶ声がもう一度聞こえた。 声のする方を見ると、 丁度佐々木君が僕の首の周りに冷たいタオルを 当てているところだった。 「佐々木君……どうして此処に……?」 彼は心配そうな顔をして僕を覗き込むと、 僕の額に手を当てて、 「頼むから、1人でいなくなったりしないでくれ。 あんなことの後だし、どれだけ俺が心配したか!」 そう言って泣きそうにしていた。 周りを見回すと、 僕のいるところはあのヴィラでは無い。 どうやら夢を見ていたようだ。 「此処は……?」 矢野君も部屋の中を見回して、 「俺が取った部屋だ」 とそう言った。 僕はハッとして起き上がると、 「ねえ、矢野君が来てるんでしょう?! 見たって人が居るんだ! ねえ、佐々木君は知らないの?!」 そう言った瞬間またクラッと来たので僕は額に手を添えて目を閉じた。 「ほら、言わんこっちゃ無い。 お前、熱射病にかかったんだよ。 帽子も被らず、あんな直射日光の当たる所で何時間も! お前が他の宿泊客に抱えられて来た時に、 俺が丁度ロビーに居合わせたからよかった物の、 これが1人だったらどうしていたんだ!」 そう言って 「飲め」 と冷たい水のボトルを渡してくれた。 「ねえ、矢野君が此処に来てるみたいなんだけど、 何も聞いてない?」 僕が再度尋ねると、 佐々木君は渋い顔をした。 「来てるんでしょう? 寺田さんと一緒にだよね」 そう言うと、佐々木君は僕の額をポンと押して、 「俺が確認して来てやるから、 お前はまだ休んでおけ」 そう言って僕をベッドに押し付けた。 「僕も一緒に行く!」 そう言いたかったけど、体が本調子では無い。 心なしか気分も良くなかった。 此処に居れる時間もあまり残ってないし、 今倒れては何もせずに東京に戻ってしまう事になるので、 今は大事をとって休む事にした。 「じゃあ、ちょっとフロントへ行って支配人に尋ねてくるから、 お前はちゃんと休んでるんだぞ!」 「佐々木君、ここの支配人知ってるの?!」 「当たり前だろ。 小さい時は良く光と一緒にイタズラしたもんだ」 佐々木君は遠い目をすると、 すぐにまた僕の方を向いて、 「じゃあ、行ってくるからな」 そう言うと部屋を出て行った。 僕はエアコンの効いた部屋の寒さに首元までブランケットを被ると、 フ〜っと深いため息をついた。 “またこの場所に戻って来たなんて信じられないな…… 矢野君は本当に此処に来てるのかな? 伊藤さんの見間違いって事も?” 思えば思うほど、偶然にしては出来過ぎだと感じて来た。 頭がボーッとして来たところで、 ドアをノックする音がした。 ”佐々木君、鍵忘れちゃったかな? 起きれるかな?“ そう思い、ゆっくりとベッドから起き上がると、 フラフラとドアに向かって歩き始めた。 「そそっかしいなあ〜 鍵忘れちゃったの?」 そう言って開けたドアの先にいたのは、 何を隠そう僕がずっと探していた矢野君だった。

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