65 / 102
第65話 月明りに照らされて
ドアを開けた瞬間僕の鼓動が高鳴った。
“矢野君…… 何故……?”
彼がそこに立っていることが信じられなかった。
頭の中はすでに真っ白で、
矢野君に会ったら聞こうと思っていたことさえも、
一瞬にして消え去った。
「仁は居ないのか?」
矢野君は中の方を覗き込んでそう尋ねた。
佐々木君が部屋にいないことを知っていたのに、
僕も矢野君につられて部屋の方を振り向いた。
当然のように佐々木君がいないのを確認すると、
「支配人に話に行ってるんだけど……
佐々木君に会って此処に来たんじゃ無いの?」
と震える声で尋ねた。
「いや、仁には一度も会ってない」
矢野君は淡々と答えた。
「じゃあ、なぜ此処に僕が居ることがわかったの?
ここ佐々木君の部屋だよ」
「支配人にさっき会って聞いた」
「支配人……? じゃあ、すれ違ったのかな?
で? 矢野君はここに何しに来たの?
僕のメッセージには全然返信くれなかったよね?」
僕にとっては今更なような気がした。
「すまん、咲耶にメッセージを消されていたみたいだ」
「え? それって、彼に勝手に携帯を見られたってこと?」
そう尋ねると、矢野君は頷いた。
「彼、そんな事までするの?
どうやって僕がメッセージ出してたって分かったの?」
「アイツが俺の携帯見てるところをキャッチしたんだ。
それで喧嘩になってお前からのメッセージの事を知った。
それで、怒って部屋を出て来たらロビーでお前の噂を聞いて……
支配人から此処にいるって……」
「そうだったんだ……」
「入ってもいいか?」
そう言って矢野君はまた部屋の中を除いた。
そんな矢野君にストップをかけると、
「それはちょっとマズいかも……
佐々木君、凄く矢野君の事怒ってるから……
もし彼が戻ってきたらどんなことになるか……」
そう答えると、矢野君は少し考えた様にして、
「お前はいつまで此処に居るんだ?」
と尋ねた。
「僕、もう明日の最終便で帰らないと……」
そう言うと、矢野君は少し静かになって、
「そうか……、じゃあ、会えたら東京でまた……」
静かにそう言うと、僕に背を向けた。
その後ろ姿があの日、
矢野君を空港で見送った姿と重なって堪らなくなり、
気が付いたら僕は矢野君の背中にしがみ付いていた。
「どうしたんだ? 立ちくらみか?」
矢野君のそのセリフにハッとして、
「あ…… うん、ごめん、まだ調子悪いみたいや。
僕、ベッドに戻った方がいいかも……」
そう言うと、
「しっかり休めよ」
そう言って去って行った。
“何て都合のいい言い訳……”
僕はそう思いながら、
さっきまで矢野君が立って言っところをボーッと見つめた後、
ベッドに駆け足で戻って、わーっと泣き始めた。
矢野君が恋しくて、
苦しくて、
この沖縄の地に居るせいなのか、
悲しみは東京にいる時よりも留まる事を知らなかった。
僕たちはあの夏の日と同じ場所にいるのに、
僕たちの立ち位置はこんなにも遠い。
僕の心は少しも変わってないのに、
その心は何処にも行き場がなくて、
それでも矢野君を求めずには居られなかった。
矢野君と恋人として過ごしたのはたったの数週間なのに、
僕の心はこんなにも彼に囚われている。
此処に来れば、何かわかるかもしれないと思ったけど、
僕は何もしないまま東京に帰らなければならない。
先走らないでもっと計画性を持っていれば、
熱中症にかかる事も無かっただろうに……
自分の軽率な行動が歯がゆかった。
でも矢野君が此処に来てる事を知った時、
何かが呼び合っている様な気がしたのは気のせいだろうか?
僕は確かに何か引き合うものを感じた。
見えない糸で繋がってるような感じだ。
運命の番という柵がそう感じさせたのだろうか?
僕は落ちて来た涙を拭くと、ベッドに横になった。
そしていつの間にか眠ってしまったのだろう。
僕はその後、頭を撫でる様な感覚で目を覚ました。
「すまん、遅くなって……
気分はどうだ?」
僕の頭を撫でていたのは佐々木君だった。
「僕どれ位寝てたの?
今何時?」
佐々木君は携帯で時間を確認すると、
「もうすぐ7時になるところだ」
と言った。
「うわー、僕、殆ど半日寝てたんだ!」
「みたいだな。
腹減ったか?
ルームサービスを頼もうと思ってるけど、
お前、何か欲しい物はあるか?」
そう尋ねられ、
よく考えてみると、
丸一日何も食べてない。
僕はお腹ペコペコだった
「今だったら何でも食べれそう。
凄くお腹ペコペコ」
「じゃあ、無理のない様なメニューでいくな」
佐々木君にそう言われて、
「お願いします」
と頭を下げた。
その後食事は割と早く届けられ、
僕はそれを食べ終えると、
箸をテーブルの上に置いた。
「ご馳走様でした。
本当に色々と有難う。
遅くなってきたし、僕もう部屋に帰った方が良いね。
今夜は早めに休みたいし」
そう言うと、
「今夜はここに泊らないか?
また気分悪くなったりしたら……」
と佐々木君に勧められたけど、
僕は丁重に断って自分の部屋に戻った。
佐々木君に、矢野君が来たことを隠している自分が少し後ろめたくて、
佐々木君と一緒に居ることが少し居心地悪かった。
せっかく僕を心配して沖縄まで来てくれたのに、
僕は佐々木君に返す言葉もない。
部屋に戻ると、窓際に座ってボーっと外を眺めた。
暫くそうしていたけど、眠気は全然訪れず、
気が付くともう夜中の12時を回っていた。
“どうしよう…… 今回は秘境日に行くのが目的だったのに、
全然いけてないや……
今から行ったら遅いかな?”
まだ明日の朝もあるのに、
どうしても秘境の地に行きたい心が逸った。
僕はスリッパを靴に履き替えると、
部屋のキーをポケットに突っ込んで外に向かった。
2年前の記憶をたどって僕は秘境の地へとたどり着いた。
そこは全然変わっていなくて、
空を見ると、生い茂った木々の間から空を仰ぐと、
黄色い月が僕の立っている地を照らし出した。
その横に青白く光る星を見て、
一花大叔母さんの事を思い出した。
“一花大叔母さん……”
そう呟いたのと同時に、草むらの方から
ガサガサと言う葉擦れの音がしてた。
“イノシシ?! それともヘビ?!”
ビクビクしながら音のする方を目を凝らして見つめると、
そこには月明かりに照らされ、
ビックリして僕を見る矢野君が居た。
ともだちにシェアしよう!