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第87話 まぁ君

“キンコ〜ン” 玄関のベルが鳴った。 「ウッシッシ〜 ゴッ飯だ〜、ゴッ飯だ〜 ハ〜イ、今開けま〜す!」 僕はスキップしながら玄関へと向かった。 「ご苦労様です〜」 そう言って商品を受け取ると、 デリバリーの人の後ろで影が動いた。 あれ?っと思って目を凝らすと、 そこに立っていたのは矢野君だった。 慌てて 「ありがとうございました!」 そう言ってデリバリーの人から品物を受け取ると、 矢野君の姿が鮮明に僕の目に入って来た。 「矢野君! 今丁度どうしてるかなって 話してた所だったんだよ! 夕飯デリバリーにしたんだけど矢野君もお腹すいてる? 早く早く中に……」 そう言いかけた時、 矢野君が抱き抱えている子供に気付いた。 「え? あれ? その子って…… あれ? どう言う事? え? え?」 僕がオロオロとしていると、 矢野君がフッと微笑んで、 「取り敢えず…… 入っても良いか? 説明はその後な」 と、尋ねた。 「そうだね、ほら早く中に入って」 そう言って矢野君を中に通した。 「どうしたんだ? 光が帰って来たのか?」 僕たちの声を聞きつけた佐々木君が奥から出てきた。 僕がドアをパタンと閉めると、 佐々木君もビックリした様にして矢野君の方を見ていた。 でもすぐにその子が咲耶さんの子だとわかった様で、 ビックリはした物の、直ぐに冷静さを取り戻した。 僕は矢野君の所へ駆け寄ると、 「この子…… 咲耶さんの子だよね? 確か彼がまぁ君って呼んでた……」 そう言うと、矢野君が頷いて、 「ああ、咲耶の子で真耶って言うんだ」 そう言って眠っているまぁ君を ソファーの上に寝かせた。 寝かされたまぁ君を見てびっくりした。 ガリガリに痩せて、言い方が悪いけど、 少し小汚い感じになっていた。 初めてまぁ君を見た時とは打って変わって、 どこからどう見ても、 お世話をされていた様には見えなかった。 「これ……」 僕が矢野君を見ると、 矢野君はコクンと頷いたあと、 「ネグレクトだ。 アイツ、真耶の事、 クローゼットの中に閉じ込めていやがった」 そう言ってまあ君の頬を撫でた。 言われてみて、思い当たる節があった。 初めて咲耶さんに会った時の、 咲耶さんの死んだ魚の様な目をして、 虚ろに床を覗き込んでいた姿を思い出した。 その時どうしたんだろう?とは思ったけど、 たいして気にも留めなかった。 まぁ君に関しては、 少し言葉が遅いのかな? 位にしか思わなかった。 もしかしたら、ネグレクトの為に 言葉が遅かったのかもしれない…… あの時まぁ君は人懐っこく僕を慕ってくれて、 人見知りしない子だなって思ったけど、 まさかそんな事が起こっていたなって思いもしなかった。 僕もまあ君の頭を撫でると、 スヤスヤと安心した様にして眠る顔を見て 涙が出そうになった。 「ねえ、何がどうなってこうなったの?!」 矢野君に問いかけると、 「咲耶に再会した時に1番に気になったのが、 この子の事だったんだ……」 と彼は語り始めた。 「まあ君のことが……? 少し気になることがあるって言ってたのは、 この事だったんだね。 でも、何が気になったの? まぁ君達に会った時は、僕には何も分からなかったんだけど……」 「まぁ、見た目だけだけでは分からないだろうな。 俺だって家に行かなければ、おかしいと思わなかったさ」 「家? 咲耶さんの?」 そう尋ねると、矢野君は頷いた。 「咲耶達の住んでいるアパートは……」 そう言って黙り込んだ。 「……? アパートは? 何?」 「もうずいぶん前に国が用意したΩ専用のアパートで……」 「で?」 「いや…… どちらかと言うと…… 生活保護を受ける様なΩの集まりで…… 殆どのΩが身を売って生活してる様な所で……」 「え? 未だにそういうところがあるの?!」 僕がビックリして尋ねると、 「俺も知らなかったんだ…… そう言った裏町みたいな所があるのは…… 噂には聞いたことはあったんだけど、 まさか本当にあるなんて…… あのアパートも、 もうかなり古くなったものだろうな。 きっと、もう政府の手からは離れているものかもしれない……」 矢野君がそう言うと、 佐々木君が直ぐに携帯を取り出して誰かに電話をかけ始めた。 矢野君は佐々木君のその姿を確認すると、 また話し始めた。 「暫く様子を見ようと思って咲耶と付き合うことにしたんだ。 その時は未だ確信も無かったし…… それに……」 「それに……?」 「アイツの家って小さい子がいる様な感じじゃ無かったんだ……」 「と、言うのは?」 「生活感が全然無いんだ。 子供の物は何も無いし、 部屋も散らかり放題で…… 匂いも何だか酷いし……」 「それは……」 僕は何も言葉が出て来なかった。 「それに俺が行くたびに真耶がいないんだ。 それでどうしてるんだ?って聞くと、 実家に預けてるって言って…… きっとずっとクローゼットに隠してたんだろうな…… なぜもっと早く気付いてやれなかったんだ!」 そこまで言った時に佐々木君が戻って来た。 そして矢野君を見ると、 「親父が直ぐに取り掛かるそうだ」 そう言って僕の隣に座った。 矢野君は、 「そうか……」 そう一言言って黙った。 僕が訳がわからなく、 「え? 佐々木君のお父さんが何?」 と尋ねると、矢野君は 「佐々木家はΩの人権をずっと守って来た家系なんだ。 道徳を外して生活をしているΩを保護して、 社会復帰の手助けをするのが彼らの仕事なんだ」 そう言うと、佐々木君の肩に手をポンと置いた。 佐々木君も少なからずとも、 矢野君の話にはショックを受けているようだった。 「あの…… それであの薬は使ったの?」 僕がそう尋ねると、 「いや、最初は俺が疑問に思っていた事を問い詰めたんだ。 でもアイツはシラを切って何も話さなかった。 だからカマかけたのさ」 「え? どうやって?」 「簡単さ。 アイツの飲み物に誘発剤を入れたって言っただけさ」 「え? 言っちゃったの?! 使ってないのに?!」 「多分使う必要ないだろうと思ってな。 そう言えば、あいつの事だから、絶対ボロが出ると思ったのさ。」 そう言って矢野君が誘発剤の入った瓶をテーブルの上に出した。 「本当だ……使って無いんだね…… それで咲耶さんは矢野君のハッタリを信じたの?!」 「まあ、俺の演技が上手かったんだろうな。 直ぐに抑制剤を探し出してな、 そこからはもう芋づる方式でアイツの嘘が明るみに出たんだ」 「じゃあ、矢野君が咲耶さんの番では無いことが分かったんだね」 そう言うと、矢野君はコクンと頷いた。 「まぁ君も矢野君の子供では無いんだよね?」 そう尋ねると、 「1%の確率もない」 そう矢野君は返した。 「じゃあ……咲耶さんの番は……? まぁ君のお父さんは?!」 僕は次の疑問へと入っていった。

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