88 / 102
第88話 まぁ君の父親
矢野君が、咲耶さんとの関係を理解したのは分かった。
でも咲耶さんの番は?
まぁ君の父親は?
一体どうなってるの?
何故一緒に暮らしていないの?
彼が居ないから咲耶さんが……
「ねえ、まぁ君の……まあ君の父親は?」
咲耶さんの生活が矢野君の言った通りなら、
きっとまあ君の父親は一緒に住んでいないはずだ。
でも何故?
僕が訪ねると、矢野君は肩をすぼめて、
「まあ……行方不明という名の……逃亡だろうな。
結局は咲耶が捨てられたんだろう……
いや……捨てられたというよりは……
咲耶は最初から相手にはされてなかったんだよ」
そう言った。
「え? でも番にまでなったんだよね?」
そう尋ねると、
矢野君はフゥ~っとため息を付いた。
「それがさ、番は解消してあるらしいんだよな」
そう言うと、ソファーに寝かせたまぁ君の顔をみた。
「そんな……」
僕は信じられなかった。
番になったのにそれを解消するなんて!
「まあ、中には鬼畜なαもいるしな」
矢野君がそう言うと、
「それってアイツの自業自得なんじゃ無いか?」
と佐々木君が横から口出しして来た。
僕はギョッとして、
“チョット!
その辺の詳しい事は、
矢野君もまだ思い出して無いんだから、
言葉は選ぼうよ……”
僕が佐々木君にそう囁くと、
「気にするな、
俺たちの本当の過去は
少しの事は咲耶からも聞いてる」
という矢野君の言葉に僕たち二人ともビックリして、
「どんな事を聞いてるの?」
と見事にハモってしまった。
矢野君はそんな僕たちの息のあったところを訝しげに見ていたけど、
「何そんなに慌てて。
お前たちはもう既に知ってるんだろう?」
ときたので、
僕達は今度は向き合って目配せをした。
そんな僕たちを、
またまた矢野君は顔を顰めて見ていたけど、
僕が慌てて
「咲耶さんの口からはどういう風に伝わってるのかな?って思っただけだよ」
そう慌てて言ったので、
矢野君は一つため息をつくと話し始めてくれた。
その答えに僕と佐々木君は又々仰天した。
矢野君の話によると、
”二人は未来を誓って心の底から愛し合っていたけど、
咲耶さんに好きな人ができてしまった。
咲耶さんは、彼こそが運命の番だと知ってしまった。
だから決死の思いで矢野君にその事を伝えると、
矢野君はそれを許してくれなかった。
暫くは渋々矢野君と付き合っていたけど、
やっぱり咲耶さんは彼の事が諦めきれず、
矢野君に知られないように、
二股という形で彼とも付き合い始めた。
でも彼に噛まれてしまい番の契約がなされ、
子供までできてしまったから、
矢野君に言わざるを得なくなった。
矢野君は凄く怒ったけど、
結局は咲耶さんの幸せの為に手を引いてくれた。
でも後になって分かった事は、
本当は咲耶さんも彼に騙されていただけだった。
咲耶さんとは単なる遊びで、
彼にはちゃんとした良家の婚約者がいた。
なんと、咲耶さんが眠っている間に番の解消はされ、
子供の認知もしなければ、
養育費だって払わない事になった。
それに咲耶さんが彼との結婚のために
貯めていた貯金も持ち逃げされてしまった。
番を解消された後は後遺症か、
ヒートが酷くて対した仕事にも就けず、
子供を養っていく術も無かった。
番に騙されたことで、
両親にも勘当され、行く宛もない。
そんな時にふと矢野君の事を思い出して、
別れた事をすごく後悔した。
会いたい、会いたいと思っていたら、
偶然に会う事ができて、運命だと思っている。
聞けば記憶をなくしていると聞いて、
もしかしたら、また昔のようになれるんじゃないかと思った。
だから咄嗟に矢野君は自分の番で
子供は矢野君の子供だと嘘をついてしまった“
噛み砕いていうと、こんな感じだ。
何時かは分かってしまう嘘を……何故そこまでして……
僕も佐々木君も開いた口が塞がらなかった。
「お前、それを信じたのか?」
佐々木君が矢野君に問いかけた。
矢野君は暫く考えたようにしていたけど、
「違うのか?」
僕たちをまっすぐに見てそう尋ねた。
同情するわけじゃないけど、
咲耶さんも子供と一緒に生きようと必死だったのだ。
ネグレクトはいけないけど、
昔のΩの事を施設に居た時に聞いたことがある。
咲耶さんが矢野君と別れてからの状況は、
それに近いものがあった。
佐々木君は僕に甘い奴だって言ったけど、
同じΩとして彼の気持ちがわかるような気がした。
「ねえ、咲耶さんはどうしたの?
これからまぁ君はどうなるの?」
「咲耶は鬱がひどくて普通の生活が出来ない状態だ。
その足で病院に入れてきた」
「え? って事は精神科の?」
そう言うと、矢野君は頷いた。
「どれ位そこに居ることになるの?」
「分からない……
多分その後は更生施設に入ることになると思う……」
「更生施設?」
「ああ、あいつ、違法の抑制剤を使ってて、
その中にある成分が常用性の中毒を起こすんだ。
それで……その中毒にかかってて……」
そう矢野君に聞いて、
堪らない気持ちになった。
もしかしたら、一歩間違っていれば、
僕が咲耶さんの立場にいる事だって考えられる。
「僕、何だか分かるような気がする……」
そうぽつりと言うと、
“あいつに同情の余地はない!
お前、あいつが光にした仕打ちを忘れたのか?!”
佐々木君はそう僕に囁いた。
それもそうだけど、
僕はまぁ君のこれからの事が気になった。
「ねえ、まぁ君はどうなるの?!」
僕は両親に捨てられて施設で育った過去がある。
「とりあえず今夜はここに泊らせても良いか?」
矢野君がそう尋ねたので、
「もちろんだよ!」
と一つ返事で引き受けた。
まぁ君が僕の過去と少し重なった。
「すまない陽向……
俺の問題なのに、お前にまで迷惑をかけるな」
「そんなのお安い御用だよ!
でも明日になったらまぁ君はどうなるの?」
僕がそう尋ねると、
矢野君と佐々木君が目配せをして、
「明日Ωの保護施設の職員がやって来る……
恐らく施設に入れられるか……里子に出されるか……」
そう佐々木君が言った時、
「ねえ、だったら、僕が引き取っても大丈夫?
僕が責任もってまぁ君の面倒見るよ!」
咄嗟にそんなセリフが僕の口を突いて出た。
勿論僕のそのセリフに、僕自身もだけど、
矢野君も、佐々木君も目を丸くして僕の事を見た。
ともだちにシェアしよう!