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第92話 更に明かされる咲耶さんの過去

“あんな事……?” 咲耶さんはその時の事を瞑想すると、 顔をしかめた。 聞くのが怖かった。 何かがあった事は直ぐに分かった。 “もういいです!” って言いたかった。 ここまで話を聞いて、 もうやめてくださいとはいえない。 でも彼の話は淡々と続いて行った。 「僕さ、光を誘うために誘発剤使ってたじゃない? あれでね、僕のヒートサイクルがメチャメチャになったんだよね」 それを聞いたけど、同情は出来なかった。 “それって自業自得? そりゃあ誘発剤使えばサイクル滅茶苦茶だよね? 考えればわかることだよね?” 僕は冷たく心の中でそう思った。 「そんな時に本命だった彼から連絡が来たんだよ。 何時ものバーで飲んでるから来いってね」 “えっ? 行ったんだ……普通行くか?” 咲耶さんは僕を見据えると、 「ほんの出来心だったんだよ」 そう言って目を伏せた。 “やっぱり行ったんだ……” 彼の表情から、本命だった人に誘われて行った事は直ぐに読めた。 僕にはそれが信じられなかった。 「凄く懐かしくて、 彼を追っていた頃の自分が蘇って…… 光は抱いてくれないし、 ちょっと面白くなかったからヤキモチ焼かせよう! 位の思いだったんだ……」 “そんな駆け引きをするから…… 僕だったら直球で行くのに…… 絶対矢野君が心配するような行動は起こさないのに!” 僕は段々とイライラとしてきた。 矢野君に対してのハッキリとしないフラフラとした行動が 僕にはどうしても受け付けられなかった。 「でも僕の本命だった彼は誰かに聞いたんだろうね。 僕に他に本命が出来た事…… 面白くないと思ったんだよ。 だから僕を呼んだ…… 少し抱いてやればまた自分の方を振り向くだろうって そんな小さな気持ちだったって……」 “それって遊び人のパターンだよね…… そんな男に引っかかる咲耶さんって……” 「彼、皆にちやほやされるのが好きでね、 ちなみに駆け引きも好きで、 そうやって自分に向いてた子達を手なずけていたんだ。 そんな彼の事知ってたのにね、 ノコノコと出て行ってしまったんだよ……」 “この人バカ?” もう同情の余地も感じなかった。 “そこまで分かっていてどうして……? 矢野君の事は全然浮かんでこなかったの? あんなに愛されてたくせにノコノコ他の男の所へ行く?” そんなことを思いながら僕は彼の話に更に聞き入った。 「それでさ、彼の呼んだ所、どこだったと思う?」 少し考えて、 「え? バー?」 と答えたら、僕は肩をすくめながら答えた。 「そうだね……ホテルのバーだよ? その先に何があるのか直ぐに分かるよね。 僕の行った時点で、もう部屋のキーカードをチラホラさせてたんだよ。 彼、口の上手い人でね…… 僕もお酒入っててさ、陽気になって彼について行ったんだ」 “ホテルのキーなんてチラホラさせてたらそこで引かないか? これ確信犯だよね? この人、やっぱり馬鹿だ…… 僕よりも馬鹿かもしれない……” 「で……やっちゃったの?」 そう言うと、彼は泣きながら首を振った。 「まさか……まさか……あそこでヒートが来るなんて! 君も分かるでしょう? 僕たちΩがヒートの時にどうなるか……」 “ごめん…… ハッキリ言って分かりたくもないよ。 誘発剤乱用してサイクル滅茶苦茶になって、 おまけに相手の下心分かってるのにノコノコ会いに行ったんだよね? そんなの分かるわけないじゃん。 同じ目で僕を見ないでよ!” そう思ったけど言わなかった。 代わりに、 「でも……抑制剤が……」 僕がそう言うと、 「飲もうとしたよ? でも奪われてトイレに流されたよ……」 と来たもんだ。 “もう完全に同情の余地もないね……” 「じゃあ……」 そう言うと、咲耶さんは 「抗えないという名のレイプだよね」 と自分の軽率な行動をそう呼んだ。 たしかに合意がなければレイプかもしれない。 でも知っていてその中に飛び込んだのは彼だ。 「で、噛まれてジ・エンドだよ」 で彼の説明は終わった。 僕は一呼吸おいて、 「それ、咲耶さんの自業自得ですよね? 矢野君の事好きだったら、どうして付いて行ったんですか?! それに、レイプされたのだったら、 どうしてすぐに言わなかったんですか?!」 と彼を攻め立てた。 「君、自分の過ちから起こった事に事故でしたって言える? きっと僕の中にも半分期待した気持ちもあったんだと思う。 でなきゃ、あいつの呼び出しに応じる訳無いからね。 僕から光を裏切ったんだよ」 「じゃあ、あなた達は……」 「心から愛し合っていたよ」 彼からそのセリフを聞いたときに 何かか僕の中で崩れた。 そう言う彼の矢野君へ対する思いは本物の様だった。 咲耶さんのやった事は正しいとは言えないけど、 この時の矢野君が、どれだけ咲耶さんを愛していたか僕は知っている。 これまでは矢野君の一方通行だと思っていたのに、 まさか咲耶さんも矢野君を愛していたとは思いもしなかった。 “彼の言葉は信じれる? 本当に彼は矢野君を愛していた?” 「光の事が凄く好きだった。 心から愛していた…… 光がすごく大切に守ってくれたこの体を、 自分自身で汚したんだ。 そんな僕が光の元に帰れると思う?! おまけに妊娠してしまうし…… 凄く後悔したよ! 君は知らないでしょう? 僕がどれだけ光を愛していたか! どれだけ一緒に居たいと思ったか! でも起きてしまった事は元には戻せないんだ! 僕の記憶から、光以外の人に抱かれたと言う記憶は消せないんだ!」 「そこまで分かってるんだたらどうして……」 「寂しかったんだよ!」 そう言って彼は泣き崩れた。 「矢野君は……あなたが妊娠してるって分かった時にどうしたんですか? 自分の子供じゃ無いって知ってたんですよね?」 矢野君から咲耶さんとの事を初めて聞いたときは、 矢野君は咲耶さんの子は自分との子だと思ってた様な言い方をした…… だから僕は咲耶さんと矢野君はとっくにそう言う関係だと決めつけていた だから僕は確認しておきたかった。 でもその質問をした途端、咲耶さんは急に黙り込んだ。

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