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第93話 咲耶さんの悲痛な願い
「……」
「……」
「ん?……」
「……」
「あの……僕の質問の答えは……?」
「……」
咲耶さんはだんまりを決め込んで何も話さなかった。
「咲耶さんの話が本当であれば、
矢野君はまぁ君が自分の子供じゃ無いって知ってたんですよね?」
もう一度訪ねた。
すると咲耶さんはそっぽを向いた。
「あの~……
僕、まだ行ってませんでしたけど、
まぁ君を預かることになってて……」
そう言った途端、僕の方を向いた。
「まぁ君、君の所に居るの?
福祉の方に里子として連れていかれたんじゃないの?」
やっと口を開いてくれた。
「僕は施設で育ったんです。
施設も楽しかったし不満はありませんが、
やっぱり隅々まで目が届くというわけでも無いし……
受ける愛情も分散されるわけだから……
寂しい思いをすることもあるし……
だから……まぁ君は知らない仲じゃないし……
咲耶さんが元気になるまで僕たちが面倒見ようって……
そっちの方が融通も聞くし……
今日はその事を話しに来たんですけど、
なんだか会話が変な方向へ行っちゃって……」
「じゃあ、光もまぁ君の面倒見てくれるって事?」
彼の頭の中は矢野君しかなさそうだ。
「まあ、そう言うことになるんですけど……
僕は咲耶さんを助けたいんです!
何か抱えているものがあったら教えてください!
このままでは僕も、矢野君も先に進めないんです!」
そう言うと、咲耶さんは僕の目を見た。
「もう一度聞きますよ?
矢野君は、まぁ君が自分の子供じゃ無いって知ってたんですよね?」
そう尋ねると、
「最初は知らなかった……」
と答えが返って来た。
「え? 矢野君とは寝たことが無いって……
それは嘘だったんですか?
それとも矢野君の記憶が……
そんなはずは……
これは記憶喪失になる前に起きた事ですよね?」
僕が混乱したようにして訪ねると、
「僕ね、前に一度、光に強いお酒飲ませたことがあるんだ……
元本命とあんなことになる少し前だったんだけど……」
とどうやら話してくれる気になったようだ。
でも咲耶さんの
“強いお酒”
と来たところで凄く胸騒ぎがした。
「光、酔いつぶれちゃってね……
ちゃんぽんしたのも悪かったんだろうけど、
やっぱりそう言うところは高校生だよね」
咲耶さんがそこまで言った時、
僕はもうその先が何なのか分かったような気がした。
「それは偶然にそんな状況が出来たんですか?
それとも計画的……?」
咲耶さんは僕を見て少し微笑むと、
「最初は冗談のつもりだったんだよ。
光が年下で高校生なのを揶揄おうとしただけなんだ……」
「それが…… 揶揄うだけでは終わらなかった……」
僕がそう言うと、
「光ね、どんなにホッペをたたいても起きないんだ。
つねっても起きないし……
鼻をつまんでも起きなかったんだ……
そのうち暑そうに息を荒げ始めたから僕、びっくりしちゃってね。
急性アルコール中毒かと思っちゃったよ。
ボタン緩めてあげたら呼吸が楽になったみたいでね。
僕の手を光の胸に当てたら
起きてるのかってみたいにグイッと引っ張られちゃって……
熱いキスをくれてね。
もしかして?って思うじゃない?
所がとんだ肩透かしでさ。
僕は熱くなってるのにそのまま、
またスース―寝ちゃうんだよ。
君、もしそれが君だったらどうする?!」
そう聞かれ、咲耶さんは僕の目をまっすぐに見た。
“僕だったらお酒のちゃんぽんなんて……”
そう思ったけど、
“本当にやらないって言える?
もしかしたら僕も同じ立場になった可能性だってある”
と言う風に思い出した。
“もしそうなったら僕はどうする?
止まらないかもしれない……
矢野君をひっぱたいても起こしてねだってしまうかもしれない……”
「でしょ? 君だって止められないって顔してるよ?」
そう言われ僕は俯いた。
「なんかさ、魔が差したんだよね。
ちょっと意地悪してみたくてさ、
光の服を脱がしたんだよ。
それも起きなくってさ。
光って良い体してるでしょう?
何か焼けちゃうよね。
君もそれを知ってるなんて……」
そう言われたけど、
僕はその先に起こった事が何か分かって
段々ワナワナとし始めた。
「僕もね、裸になってそのまま光と抱き合って眠ったんだよ。
肌と肌を合わせるのって気持ちいいよね。
あんなに幸せだとは思いもしなかったよ。
その時が永遠に続けば良いと思ったよ……」
僕は耳をふさぎたかった。
矢野君は眠っていて意識が無かったわけだけど、
あの肌のぬくもりを知っている人が居るのは頂けない。
僕は咲耶さんの方をキッと睨むと、
「矢野君は勘違いしたんですね」
と落ち着いた声で尋ねた。
「僕ね、その時ヤッター!って思ったんだよ。
これで光が手に入る!って。
でもそんなんで手に入れた幸福って長くは続かないんだよね……
その後は君も知ってる通りさ……」
「それ……結局は矢野君に本当の事は言ってないんですよね?」
そう尋ねると、咲耶さんは首を横に振った。
“そうか…… だから矢野君は咲耶さんとやったと思ってるんだ……
まぁ君はこの時の子だと思っていたんだ……”
「本当はね、托卵って知ってる?」
「え? モズの……ですか?」
そう言うと、咲耶さんを僕を見て小さく笑った。
「人もね、托卵できるんだよ。
世の中の妻が……一体どれくらいの割合で夫以外の子供を、
夫の子供と偽って夫に育てさせてるんだろうね?」
そう咲耶さんが言った時、僕はまさかと思った。
「もしかして…… 最初は矢野君の子として育てるつもりだったんですか?!」
咲耶さんは僕を見ると、
「元本命に騙されて……
光の所に戻らないと決めて……
でもまぁ君が出来たことが分かって……
元本命にはおろせって言われるし……
お金が必要だったんだよ!
でも結局はそのお金も元本命に取られちゃったんだけどね……」
「そんな……」
「ねえ、僕はもうずいぶん罰を受けたと思わない?
僕は頑張ってここまで耐えてきたんだよ!
もうギリギリの所なんだ!
僕が頼れるのは光だけなんだよ!
それに、僕はまだ光を愛してるんだ!
お願いだから、光を返して!
僕には光しかいないんだ!」
そう言って彼は泣き崩れた。
この事実を矢野君が知ったらどうなるのだろう?
僕達の関係は変わるのだろうか?
いや、矢野君は何も知らない僕を
0の地点から始めて好きになってくれた。
でも矢野君はすべてを思い出した上で、
すべてを知って解決した方が良いんだろうか……
そうなったら僕は咲耶さんに太刀打ちできる?
もしかして思ったように本当に
“番の解消?”
それだけは嫌だ。
いくら咲耶さんが矢野君を好きでも、
僕だって矢野君の事を愛している……
これから僕はどうしたらいいのだろう……
僕は泣き崩れる咲耶さんを横目に途方に暮れた。
そうしているうちに咲耶さんの嗚咽を聞きつけた職員がやって来て、
僕は病室から追い出された。
と言っても、丁寧にカウンセリングの時間だとか
何とか言われてお暇させられた。
帰り道僕の頭はパニック状態だった。
咲耶さんの
“光を返して!”
そのセリフが何度も、何度も反芻して、
僕はどうやって家にたどり着いたのかさえも覚えていなかった。
家にたどり着くと、
まぁ君を見ていてくれた矢野君と佐々木君が、
「で? どうだったんだ?
咲耶は何と言っていたか?
真耶をお願いしますぐらいは言われたか?」
と僕達たちの間で交わされた会話の事はつゆ知らず、
興味津々に僕の所へ飛んできた。
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