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第94話 反芻する言葉

2人は息を弾ませて、 生き生きとした目をして僕に所へやって来た。 今はそんな2人の顔を見るのも辛い。 「あの…… 僕、少し疲れちゃって…… 悪いんだけど、ちょっと横になっても良いかな?」 僕のそんな態度に、矢野君も佐々木君も何か思ったみたいで、 「咲耶に何か言われたのか?! 俺が今から行って……」 とすごい勢いで出ていきそうになるのを止めて、 「大丈夫! まぁ君の事はちゃんと話付いたから! 二人にもよろしくお願いしますって喜んでたよ! 只ちょっと、いろんなことが一気にあって…… 疲れてるだけだから、ちょっと休めば元に戻るよ! それよりも、後少しだけ、まぁ君をお願いしても良いかな?」 「お前なぁ~ 俺たちの中だろ~ そんな遠慮するなよ~ そうだよな、色々とあったもんな。 まあ、ここはゆっくり休め! これから忙しくなるしな! 真耶は俺たちが見てるから、 お前はゆっくりしとけ! な? 光」 佐々木君の申し出に、 「ああ、そうだよ、 ゆっくりしとけ」 と矢野君も相槌を打っていたいけど、 彼は佐々木君と違って少し怪訝な顔つきで僕を見ていた。 凄く恐縮した思いだったけど、 寝室へ行くとドサッとベッドの上に転がった。 そして目を閉じると、 今日咲耶さんと話したことを思い返してみた。 確かに咲耶さんのやった事は許されることではない。 でも彼が心から矢野君の事を愛してるという事は、 微塵も僕の頭の中にはなかった。 ましてや、二人が過去に本当に愛し合っていたなどとは…… “矢野君は咲耶さんに裏切られたと思っている。 本当に咲耶さんの真実に気付いて無かったのだろうか? それとも知っていてどうすることも出来ずに諦めたのだろうか? もし咲耶さんのあの時の思いを矢野君が知れば…… 彼は咲耶さんとやり直したいと思うだろうか……? その時は優しい矢野君の事だから、 きっと僕に何も言えない……” そう考えると、訳の分からない涙が後から後から流れて、 何だか堪らない気持ちになった。 そんな感じで始まった僕とまあ君の生活は あれから早くも既に一週間が経とうとしていた。 と言う事は、咲耶さんと面会からも1週間…… それなのに、僕の頭の中では未だに 「光を僕に返して!」 と言う咲耶さんの悲痛なセリフが、 何度も、何度も反芻していた。 まぁ君あを預かる様になってから、 僕は毎日のように矢野君に会っている。 学校帰りや仕事帰りにまぁ君の様子を見に来ては 一緒に夜ご飯を食べるような感じだ。 この1週間でまあ君は、大分体重が増えたし、 お喋りもする様になった。 僕の所に来てから行くようになった保育園でも、 お友達ができた様で、 毎日の登園を楽しみにしている。 それよりも、まぁ君が凄く明るくなった。 初めて会ったときは、 言葉の遅い子だと思っていたけど、 ネグレクトの為に人と会話をする機会が殆ど無かったために、 言葉の遅い子になってしまっただけだった。 今ではおしゃべりが大好きな僕の影響も受けてか、 言葉もだいぶ出るようになった。 保育園での出来事を、 覚えたての単語を使って一生懸命に話してくれようとする。 そんなところは凄くまぁ君が愛おしくてたまらない。 きっとこれが母性本能というものだろう。 ご飯も、 「美味しい!」 と言って、いっぱい食べてくれる。 いつもは一人で味気なかった食卓が、 まぁ君の存在で今は凄く楽しくて、 僕はこの時間が大好きになっていた。 それに矢野君がいつものようにやって来ては 僕の拙い手料理を食べてくれる。 それが僕にとっては凄くうれしかった。 その夜も、いつもと同じように夕食を取って、 後片付けに入ろうとした時だった。 「俺が皿を洗うから、 お前は真耶を風呂に入れてくれるか?」 ちょうど夕食が終わったばかりの僕たちに、 矢野君が言った。 これもいつもの事だ。 矢野君がお皿を洗って、 その間に僕がまぁ君をお風呂に入れる。 「オッケー、じゃあ、今のうちにお風呂してくるね」 そう言ってまぁ君とお風呂まで行った。 お風呂から上がると、矢野君がお茶を用意していてくれた。 「お前はゆっくりくつろいでろ。 俺が真耶を寝かしつけてくる」 そう言って矢野君がまぁ君を連れて寝室へと消えていった。 “矢野君……いいお父さんになるな…… 僕、やっぱり結婚するんだったら、 矢野君みたいな人と……” そう思ってまた咲耶さんの事を思い出した。 矢野君の事を思っては咲耶さんとの会話を思い出す。 その堂々巡りが約一週間続いている。 “フゥ~” っとため息を付いたところで、 後ろで “コト” っと音がして振り返ると、 矢野君が自分の分のお茶を持ってリビングへやって来た。 「真耶との暮らしはだいぶ慣れたか?」 そう言いながら彼が僕の目の目に腰を下ろした。 「まあ、大変なことは一杯あるけど、 これが母性本能なんだろうな~って思えるくらいには、 まぁ君の事が可愛くなってきたよ」 そう答えると、 矢野君はお茶を一口飲んで、 「そうか……」 とポツリと言った。 何だか矢野君がいつもと違って少し緊張した。 何かを考えているようなその瞳は、 また僕の心を咲耶さんとの会話へと戻してしまった。 僕は全然先に進めていない。 やっと矢野君が僕の元へ帰って来てくれたのに、 このままではどうしても先に進めない。 矢野君が僕の元に居ないのと同じだ。 そう思うと、もうネガティブな事しか思いつかない。 “もしかしたら、咲耶さんと同じ土俵に上がってもう一度勝負してみたら……” そんな思いさえ出てくる。 少し上目使いに矢野君の方をチラッと見ると、 矢野君は僕の顔をまっすぐに覗き込んでいた。 その視線にドキリと生唾を飲み込んだ瞬間、 「そろそろ本当の事を聞かせてくれるか?」 と、矢野君が、さも僕と咲耶さんの交わした会話を 知っているという風に尋ねた。

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