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スイの誕生日 2023
「あれ?これスイが買った?」
冷蔵庫を開けると、買った覚えのない缶チューハイとビールが入っていた。
俺たちはスイの隠れ家を点々としながら、今でもたまに悪さしながら暮らしている。
けど、スイが家を出て行く回数は減った。俺の借金を返す為にあくせく働く必要がなくなったからだ。家で調べ物したり偽造書類を作ったりすることも増えたけど。
スイは詐欺で飯を食ってるくせに、酒とタバコは二十歳からとかぬかして、マジで去年二十歳になるまで酒なんて買ってこなかった。
「今日誕生日だから」
「へー・・・えっ?!」
もうそんなに経ったのか?!というかまた忘れていた。イベントとか記念日にはちっとも興味がなくてすぐ頭の中から消えていく。俺ばっかりイベント毎に何かしら渡されていた。挙句の果てには借金まで肩代わりさせてしまって。ガキに貸しを作ったままじゃ気がすまない。
「よし、じゃあ飲みに行くぞ。俺の奢り」
「え、今から?」
「今日はそんなしょっぱい酒飲ませられるかよ」
「じゃあちょっと待って」
スイはスマホを操作し始めた。なんか去年もこんなやりとりをしていた気がする。
やがてスイは「ここ行きたい」って画面を見せてきた。創作アジア料理の店で、酒の種類も多くて、名物らしき飴色に焼かれた塊肉も食欲をそそる。
「よし、行くか」
「待って、予約入れるから。レンは着替えてきて」
「は?別にこのままでも・・・いや、分かった」
要は女装しろってことか。まあいいけど。
飲みに行くだけだから凝った服じゃなくてもいいか。
サマーニットのボレロに生成りの白いワンピースを合わせて、キャメルブラウンのレースアップサンダルを履いた。
腰まであった長い髪はバッサリ切り落としてしまったけど、また背中にかかるくらい伸びてきた。簡単なハーフアップにして結び、化粧も面倒臭いからすっぴんのままだ。
スイは
「かわいい」
って俺の頭をなでてくる。スイはいつもこの調子だからまあいいとして、ノーメイクでもいまだに女に間違えられるのはどういうこった。
スイに手を引かれて駅前の繁華街を歩いていると、キャッチとか酔っ払いに「お姉さん」ってしょっちゅう声をかけられる。
あんまりしつこいからドスを効かせた地声で「んだよ」とガンを飛ばしてやれば、目を丸くして引き下がっていたけど。
スイはスイで、俺の腰に手を回して自分のモンだって無言で主張している。
店に着くとすぐ席に案内された。竹で編まれた背もたれつきの椅子を引き、ダークブラウンの木のテーブルにつく。
天井の木の梁にファンが回っていて、あちこちに置かれた鉢植えのモンスレラやアレカヤシがアジアンリゾートのような雰囲気を醸し出す。竹でできたメニュー表を見ながら適当につまみと酒を頼んだ。
酒を待っている間、周りの客からちらちら視線を感じた。特にイキった格好の若い連中が集まるテーブルから無遠慮に視線が突き刺さる。
女装すると変な連中に絡まれることがたまにある。今日はハズレの日だったな。まあスイの誕生日だから我慢するけど。
酒も料理も運ばれてきたことだし、とりあえず忘れることにした。
スイは酒を飲むってのにいきなりシンガポールライスを頼んでいた。中国ではシンガポールと名前についた料理はカレー味のものが多かったけど、この場合スープで炊いた米に鶏肉を乗せたあっさりした味わいのものだ。
シンガポールビールに合わせるにはパンチが弱いけど味は美味い。皮はトロリと柔らかく、肉にも米にも鶏の旨みがある。
他の料理も美味かった。青いパパイヤのサラダはさっぱりしていたし、生春巻きはライスペーパーもエビも歯切れが良く、チリソースがピリッとしたアクセントになっている。
看板メニューの塊肉は、レンガみたいな大きさで迫力ある見た目だ。中心にほんのり桜色を残してしっとり焼き上げてある。薄切りにしたそれを噛むとじわりと肉汁が染み出した。飴色の照りがあるソースは日本人が好きそうな甘辛い味に仕上げてあり肉ともよく絡む。
スイは美味しいって言いながら次々と口に運んだ。瞬く間に皿が綺麗になり、追加でサモサやジャスミンライス、エビマヨネーズが運ばれてくる。
俺もスイにつられて食ったからかなり腹が膨れた。スイとメシを食う機会が増えて、こうやってつい食べすぎてしまうことも増えた。最近肉付きがよくなってきた気がする。筋トレとジョギング増やそうかな。
「デザート頼んでいい?」
いつの間にかペロリと平らげたスイがメニュー表を広げていた。
塊肉は半分くらい残ってたんだがどこに消えた。
「マジかよお前・・・」
「お金足りない?」
「いや、それは大丈夫だけど。好きに食えよ誕生日なんだし」
スイはマンゴーの削り氷、チェー、スイカのココナッツミルクがけ、揚げ胡麻団子を追加で注文する。
スイカから運ばれてきた。真っ赤なスイカとカラフルなタピオカにココナッツミルクをかけた創作デザートは、見た目からしてなかなかインパクトがある。
「美味しい。スイカとココナッツミルク合うよ」
目をキラキラさせながらスイはパクパク食べていく。甘いものは本当に美味そうに食うよな。
「レンも食べる?」
「腹一杯だしいいや」
「じゃあ一口だけ」
スイは新しいスプーンにスイカを乗せて俺の口元に
持ってきた。ダメ押しに「あーんして」と目を細める。
んな小っ恥ずかしいマネできるか。唇を歪めて目を逸らす。
「お願い」
「わーったよ!もう・・・」
へにゃりと眉を下げてねだるのは反則だ。わざとだってわかっていても、その顔を見ているとむずむずと落ちつきがなくなる。半ばヤケクソでスイの手を取って、そのままスプーンを口に含む。
勢い余って口の端から白い液体が垂れてしまった。咀嚼しながら指で雫をすくってペロリと舐める。
「うん、美味い」
さっぱりしたスイカの甘みとミルク感がマッチしていて、ココナッツ独特の癖ともケンカしてない。意外と合うんだな。
ちらりとスイを見れば穴が開くほどじっと見つめられていた。圧がすごくてちょっと腰が引けるくらい。
スイは
「ちょっとエッチだった」
とにやりとする。
「これ食べたら帰ろうか」
「は?他のは?」
「レンが欲しくなっちゃった。ダメ?」
するりと手の甲を、手首を撫でられる。俺の首筋から耳にかけて熱くなっていった。何回もシてるのに、なんなら昨日もヤッたのに、なんで毎回こんなウブな反応が出ちまうんだ。それにまた恥ずかしさがつのる。
「やっぱり今すぐ帰る。そんなかわいい顔誰にも見せたくない」
スイはスイカをかっ込んだあと、注文をキャンセルして会計をしに行った。追いかけたけどもうスマホをバーコードリーダーにかざしているところだった。ピッと決済済みを表す電子音が鳴る。
「俺が払うっつっただろうが」
「いいの。それよりレンは僕と離れちゃダメだよ」
手をしっかり握られた。まあいいか。一人になったらなったで、さっきからチラチラ見てくるイキった野郎どもに絡まれるだろうしな。
そのまま店を出ると、途端に夏の夜のぬるい空気が身体にまとわりついた。
スイは俺の手を掴んだまま歩いていく。スイより背が低い俺に歩幅を合わせて。でも今日は少し気が急いているのか、時々スイが一歩前に出る。
ぼやぼやしてたら俺が誰かに掻っ攫われるんじゃねえかって不安が見てとれた。
「お前、まだわかっちゃいねえな」
「え、なに?」
スイはようやく足を止めて振り向いた。
「歩くの早かった?あ、足痛くない?気づかなくてごめんね」
「違う。他の野郎にフラフラついていかねえから安心しろ」
「え・・・あははっ」
スイは照れくさそうに笑った。
「お前は俺のモンだろ」
「うん」
「お前こそどっか行くなよ」
「うん」
「よし。あ、言うの忘れてた。誕生日おめでとう」
「あははっ、今?でも嬉しい。ありがとう」
スイは笑って、それから俺の手をそっと握って、「・・・生まれてきてよかったな」ってつぶやく。
大袈裟だなって言ってやろうと思ったけど、親に面倒を見てもらえなかったコイツの生い立ちが頭によぎった。俺も似たようなもんだったからちょっと分かる。誰かに大事にされる価値なんてないし、ぞんざいに扱われても仕方ないヤツなんだって思ってた。
俺もスイもお世辞にも褒められた生き方をしていないしろくな死に方もしないだろう。
なんとも言えない気持ちになっちまって、スイの手を握り返し
「誕生日おめでとう」
ともう一度言った。コイツはひどい嘘つきでどうしようもない悪党だけど、1人くらい、コイツにそう言ってやるヤツがいたっていいだろ?
スイは澄んだ目で笑って、ありがとう、と返した。
手を繋いだままスイと夜の街を歩き、帰り道を辿る。俺は今回も何もせず終わっちまった。
「飲み直すか?なんか買って帰る?」
「ううん、早く帰ってレンとゆっくりしたいな」
熱を持った視線を向けられる。それがどんな意味を持つかわからないほど初心ではない。
「しょうがねえな。身体で払うか」
「えっ?!」
「どっか連れてってやるよ。どこ行く?」
すっとぼけてそう言ってやれば、スイは瞬きした後困ったように笑う。珍しくちょっと驚いた顔が見られて気分がいい。
スイはすぐ考えるそぶりを見せた。
「うーん、そういえば、テーマパークって行ったことないよね。レンと行ってみたいな」
浦安にある某ネズミの国の名前をあげられた。上海にもあったけど確かに行ったことがない。
「かわいい服着ていこうよ。雰囲気と合うだろうなあ。カチューシャ付けたとこも見たいな」
「げっ。ムリムリムリムリ」
「僕もつけるから。お願い」
「あーもうわかった、服だけは着てやるよ」
ハッと気づいたけどもう遅い。無茶振りしてハードルが低い方の条件を飲ませるとか詐欺師の常套手段じゃねえか。
スイは、明日は服を買いに行こうねとニコニコして、繋いだ手が機嫌良くゆらゆらと前後に揺れる。
スイと俺の手には、俺の誕生日に買った揃いの指輪がはまっている。プラチナのシンプルな指輪は、ネオンを反射して時々小さな煌めきを放った。
自分の誕生日さえ毎年忘れるけど、スイはきっちり覚えていて祝ってくるに違いない。
むず痒くなるけど悪い気分ではない。なんならちょっと楽しみでもある。きっと俺以上にスイが嬉しそうにしてるだろうから。それを想像したら口元がむずむずしてにやけそうになる。
多分こういうのが、幸せという感情なんだろう。
end
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