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第1話

年が明けてからすぐに、リーダーと呼ばれる管理職は真中との面接が毎年あった。年度末の時期は忙しいので、色々と内部のことを捏ね繰り回す時間はないらしく、しっかりした面接はいつもこの時期であった。何かあれば先にまとめておいてくれと、先週の定例会で柴田から通達があったけれど、別に何も変わらないよなあと、その後自分のグループに戻った堂嶋は、誰に相談するまでもなく、勝手に思っていた。春に鹿野目が異動してきて、表面的に変わったのはそのことだけだったけれど、そのことで随分自分の周りは様変わりしてしまっていた。けれど、それは仕事とは関係のない話だ。鹿野目が公私混同しないことが良いことなのか悪いことなのか分からないが、今のところ特に問題はなくやって来て、そしてもうすぐ一年が経とうとしている。歳を重ねるごとに、一年が過ぎるスピードが増しているような気がするのは気のせいだろうか、所長室の前に立って、堂嶋はそんなことをぐるぐると考えていた。扉をノックすると、扉の向こうから真中の低い声が聞こえてくる。 「どうぞー」 「失礼します」 言いながらドアノブを回して所長室の中に入ると、柴田もいるものだと勝手に思っていたが、そこには真中しかいなかった。いつみても真中の机の上は荒れ放題で、真中は所長椅子に座って、何故かその時スポーツ新聞を読んでいた。決して忙しくないわけではないだろうが、真中は時々現実逃避なのか何なのか、そうやって全く違うことをしていたりして、誰かに、特に柴田に怒号を飛ばされていたりするのだ。 「あ、次、サトか」 「あ、・・・はい」 「そっか、そこ座れ」 真中はスポーツ新聞を置いて、にこにこしながら応接セットのソファーを差した。そこだけは何故か綺麗に整理されている。誰か、日高でも掃除したのかなと、考えながら堂嶋はそこに座った。ややあって真中がやってくる。手からスポーツ新聞は消えていた。 「えーっと、サト、は、っと」 言いながら、真中は悠長な仕草で代わりに持ってきた半透明のファイルを捲る。その中に各所員の成績とか仕事のできとか評価みたいなものが一緒くたに詰め込まれているのだと思うと、少しだけ背筋が寒い。堂嶋だっていつも一生懸命やっているし、手を抜いているつもりはないのだが、いかんせん何故か柴田と組まされることが多く、そうするといつも怒られているので、何となく疾しいことはないはずなのに、少しだけそれから目を反らしていたいような気になってしまうのだ。不思議だ。 「そっか、鹿野が異動になったくらいで・・・特に変わったことないな」 「・・・あー、はい」 「そう、サトなんか気になることある?困ってることとか」 「あー・・・」 その異動してきた鹿野目には散々困らせられたのだが、と考えながら、いや多分考えるふりをしていたけれど、堂嶋の中で答えは出ていた。真中の質問に対して、ただそういう、考えるというポーズを取っただけに過ぎない。ちらりと真中を見やると、首を傾げた格好のまま、ぱちりと瞬きをした。真中は大人で、柴田に言わせると子どもっぽいところもあるみたいだが、堂嶋から見た真中は大人で、仕事も立派にこなしていて、格好良くて、堂嶋がなりたい大人の男そのもので、なんだか不意に、こんな風に二人きりでいると、その目に見据えられていることだけに、どきりとすることがある。 「いや、ないです」 「そうか、なら・・・まぁ」 何か真中が言い淀んだ気がして、堂嶋は少しだけの先が聞きたかったけれど、口を噤んだ堂嶋はその先を聞くことが出来なかった。すると真中がファイルをぱたんと閉じて、それをテーブルの上にポンと酷くぞんざいに置いた。堂嶋は無意識にそれを目で追いかける。 「今度さ、リーダーに空きが出そうなんだわ」 「え、誰か辞めるんですか」 「まぁ、うん、そうかな」 リーダーに空きが出るということは、必然的にそういう事だ。堂嶋は自分がリーダーに昇格してから、そういえば誰も辞めることがなかったから、この話をされるのは初めてだと思った。真中が何かを言い辛そうにしたので、その誰かを今追求してはいけないのだと、堂嶋は水面下で悟る。触られたくないと真中が思うなら、堂嶋はそれを変に穿るのは止めておこうとほとんど無意識で思う。 「で、サトのチームの奴らで誰か試験受けそうなやつがいたら声掛けといて」 「あー・・・はい」 「お前が推薦文書いてやらなきゃだから、そうなったらよろしくな」 その時、そういえば鹿野目にそんな話をしたことがあったけれど、本人にその気はなさそうだったし、まさか自分もこんなに早く試験が巡って来るとは思っていなかったし、どうしようかなあと堂嶋は呑気に考えていたのだが、最後の真中の言葉に現実に急に引き戻される。 「え?推薦文?俺がですか?」 「いや、サトのチームのやつなんだから、サトが書くのはフツーだろ。他に誰が書くの?」 「えっ・・・」 まぁそう言われてしまえば、それに反論のしようもないのだが。あからさまに余計な仕事が増えることを回避したい気持ちだけが堂嶋の頭の中で回って、それ以上の言葉に詰まる。真中はそれに気付いたみたいに、少しだけ呆れたような顔をして笑った。 「そんな顔するなよ、サト。お前だって書いてもらっただろうが」 「あぁ・・・そうでしたね、はい」 そんな大昔のこと忘れたと思いながら、堂嶋はそれに口先だけで返事をする。真中はまたはははと笑って、項垂れる堂嶋の頭をまるで動物にするみたいにがしがしとやや乱暴に撫でた。 「おっし、じゃあここまで。次、アマだから、サト声かけて」 「あー・・・はい。ありがとうございました」 応接セットのソファーから立ち上がりながら、堂嶋は所長室から出ようとした足を止めて、真中のことを振り返った。真中はまた所長椅子に戻って、スポーツ新聞を広げている。自分はそれに何も言えないけれど、古株の天海は柴田みたいに怒号を飛ばすことはしなくても、嫌味のひとつでも言うに決まっていた。考えながら堂嶋は手をかけていたドアノブから手を離した。 「サト?」 「あー・・・真中さん、またなんか、異動がありそうなら、でいいんですけど」 「なに?」 「ほら、ウチ男ばっかじゃないですか、班。どうせなら、その、女の子がいてもいいのかなって」 堂嶋はそのあからさまに取ってつけたようなタイミングの自分の提案が、真中に変な下心に取られないように、出来るだけにこやかに爽やかに言っているつもりだったけれど、その時スポーツ新聞の向こうの真中は、ぱちりと瞬きをした後、その目をなんだか意味深な形で歪めたので、自分のそれはあんまり功を奏す結果にならなかったことに堂嶋は気付いていた。 「考えとくわ」 案の定真中は含み笑いで、そう答えた。

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