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第1話 異変の始まり

それが最初の感覚。 俺を囲む男達。 押さえつけられて体を弄られて、殺してやると誓った。 それが二つ目の記憶。 今は俺が苦しめる側の人間だ。 「やめてください、勘弁してください!!なんでもします!ほんとに!!」 男は俺の足に縋り付いて懇願してくる。 男の背後には数人が血塗れで横たわっている。 「そうやって泣きついたやつをおまえは許したことがあんのか?ねーだろ?じゃあ死ねよ。」 この男は何人も利益のために人を殺してる。 悪人だ。 殺しておきながら殺さないでくれとはむしのいい話だ。 伏せた顔を蹴飛ばすと悲鳴を上げながらごろりと仰向けに倒れる。 鼻が折れたのか、血で真っ赤に染めた両手で顔を抑える。 「おいおい...抑える場所そこだけじゃねーぞ?」 仰向けの男の上に跨るとスパッと腹を割く。 我ながら一発で中身を出すのはなかなかの腕前。 一変、男は腹を押さえながら断末魔を響かせる。 「今度はどこにしようかなぁ〜。」 ナイフの血を振り払うと、壁に綺麗に一直線に血痕が走る。 「やめ。。。やめ。」 言葉すらも失った男の胸に思いっきりナイフを突き立てる。 「ぐぅっ...!!!」 最後に目を見開いた男に向かって、冷たい眼差しを送る。するとすぐにだらりと腕は地面に流れ落ちた。 「終わった終わった。」 地面は数人の人の血で雨の夜のアスファルトのように真っ暗な水溜りを作っていた。 部屋の窓を開けるとポケットから非合法薬物蒸気タバコ“薬煙”を取り出し深く吸って体に染み渡らせる。 「はぁ〜....。キくなぁ〜。」 街頭に照らされた煙が宙に消える。 見上げても空はない。 ここはアンダーグラウンド、地上のゴミ箱だ。 「うぇ、結構汚しちまったなぁ〜。」 照らされて見えた真っ白なはずのシャツに黒いシミが大きく広がっている。 しばらく煙を吸っていると、ドタドタと大人数の足音が近づいてくる。 入り口のドアがバンッと勢いよく開くと、複数のライトが俺を照らす。 真っ白な視界が慣れてきた頃に気づく。 警察が銃口を向けてこちらを見ている。 「動くな!」 俺が両手を上げた頃、警官の奥から1人の男が顔を覗かせる。 「まーたお前かセツナ。」 「洋二!お前がいるなら話は早い。」 「おーお前ら銃しまっていいぞ。お片付けだ。」 洋二と呼ばれる男は中年くらいのベテラン警官。他の警官に銃を降ろさせると、ツカツカと血塗れの現場に入ってきた。 俺と洋二は持ちつ持たれつの関係だ。 俺が悪人を殺し、洋二はうまいこと事件を処理して片付けをしてくれる。 もちろん死体処理の事だ。 「ったくこんなに現場荒らしやがって。また中身出すような切り方したのかお前...。」 呆れた顔で横たわる死体を足で動かすと大きく項垂れた。 「他人に苦しい思いをさせたのにこいつらは痛みもなく死ねるってか?笑わせんなよ。」 鼻で笑うとまた一息で煙を吸い上げる。 また説教か?いつものことだけど。 「レイは頭と心臓ひと突き。おまけにナイフは刺しっぱなしというお掃除屋さんには優しい殺し方してくれるぜ?」 嫌味のようにレイの名前を出す。 「あーそーかい。レイだけじゃ手が回んないんでね。俺も働いてあげてんだよ。」 吸った煙を洋二に吹きかけると慌てて煙を手で払う。 「やめろ!俺まで薬怪しまれんだろうが!帰ってから吸え!」 「はいはい帰りますよ。」 手をひらひらと振り帰ろうと歩き出すと、入り口近くに立っている警官が蜘蛛の子ように散らばる。 「獲って食ったりしねーよ。」 こわばる顔の警官達を横目に俺は階段を降りた。 「あ、あんな青年がこの人数を一人で??」 警官の一人が洋二に問いかける。 「あー、そうだよ。新人達ゲロ吐くなよー?仏さん達は腹ん中全部でちまってるからなー。」 真っ暗な部屋の電気をつけると、今まで見えなかった凄惨な光景が露わになる。 何人かの警官は吐き気を催し、ほとんどの警官が表情を歪めながら、仕事へと取り掛かった。 「仏さんっつーほど、徳積んだ奴はこの中にはいないか。」 ぽつりと独り言をこぼしながら死体を死体袋に入れた。 現場を後にして帰り道に電話する。 「レイ、俺。仕事終わったよ。」 「2件処理ご苦労様。帰っていいぞ。」 低く落ち着いた声が電話口から聞こえる。 淡白な返事をしてすぐに切られた。 2件も殺ってきたんだから労えよな...。 すぐに切られたこの感じ、もしかしてお楽しみ中か??だったら帰りたくねぇ...。 そう思いつつも渋々家に戻る。 アンダーグラウンドは危険だ。 法が通用しない街。 迷って入れば帰れない。 道端で薬キめて倒れてる奴もいれば、腕やら指やらを売って無くした奴もいる。 俺が道を堂々と薬蒸して歩いてても誰も捕まえたりしない。 そういう場所だ。 そんな場所で俺は殺し屋をやってる。 それなりに顔も知られてるから簡単には襲ってこない。 だが顔をしられているからこそ復讐を企てる奴もいる。 俺だって危険なんだ。一般人はひとたまりもないだろう。 アンダーグラウンドと地上の街では全く別世界だが、一部の人間はアンダーグラウンドと家がエレベーターで直結してる奴がいる。 地上でも地下でも生活してる変人だ。 俺んちもエレベーターで繋がってる。 俺とレイは地上や地下関係なく依頼を受けて、殺す。 だから繋がってる。 鉄で覆われた小汚い小さな家に入ると奥にエレベーターが付いている。 エレベーターで上へのボタンを押すと、60秒で家に着く。 地上へ着くと先ほど見ていた汚れて薄汚い鉄の家とは違い白と黒で統一されたお洒落な室内へと変わる。 エレベーターを降りればすぐ玄関だ。 見慣れない女の靴。 やっぱりお楽しみ中か。。 玄関で汚れた服を脱ぐと、周到に用意された袋に全部詰め込む。 使いかけの銃とナイフは横のメンテナンスボックスに入れとくと勝手に武器屋がメンテナンスしてくれる。 パンツ一丁で風呂場へ向かうと風呂上がりたてのレイとバッタリはちあった。 「うおっ、びっくりした。お楽しみ中なら電話で言えよ。」 軽くレイを睨むとレイを押しのけて風呂場へ入る。 「いや、もう終わった。」 腰にタオルを巻いて濡れた髪のレイが俺を目で追う。 「女の靴あるじゃん。」 「あぁ、もう殺したから大丈夫だ。」 表情ひとつ変えずにそう告げる。 レイには心がない。そうとしか思えないほど冷酷な奴だ。 「またかよ...自殺手伝うのも殺し屋の仕事か?俺は悪人以外で人を手にかけるのは反対だぞ。」 最近、“愛されながら死にたい”ってやつが多い。 そういう自殺志願者の中で、ひっそりと俺ら殺し屋に頼んで殺してもらうのが話題になってるらしい。 俺は引き受けない。 でもレイは見た目もいいし、手際もいいから、女と寝て、最後に安楽死の薬をぶっ刺して殺すらしい。 寝るのも殺すのも、レイにとっては仕事でしかないんだろう。 イカれてる。 「頼まれたら殺す。それが殺し屋だろ。俺たちは善人を手にかける事はしないが、自分の命を自分で終わらせたい人間に手を貸すのは悪い事ではない。お前も目の前に苦しんで死を望んでいるやつがいたら殺してやれ。俺達にはそれしかできない。」 「うっせえ!わかってるよ...。」 口じゃ敵わない。レイに諭されるとムカつく。 でもそれは俺がまだガキだからだと心のどっかで理解はしてるつもりだ。 下着を脱ぐと乱雑に風呂場のドアを閉める。 熱いシャワーを思いっきり頭からぶっかける。 シャワーで洗い流される誰のかもわかんない血を見ながらいつも思う。 いつ殺しても慣れない。 俺はきっと地獄へ行く。 神様の代わりに、殺してるんだって。 だから許してくれよって。 首にかけた十字架のネックレスを握る。 綺麗に体を洗い流すと薬煙をひと吸いして鏡の前に立つ。 ふーっと息を吐くと煙で白くなる自分を、まるで浄化してるように感じる。 鏡の横の棚に置かれた瓶を開けると、いつも飲んでる薬をジャラジャラと何錠も口に放り込む。 煙を吸いながら寝室へ向かいベットに横たわる。 ベットはでっかいキングベットがひとつ。 吸煙機をテーブルに置くと、布団にくるまる。 暫くするとレイが同じベットに入ってくる。 レイは「おやすみ。」と小さく低い声で呟くと、俺に背中を向けて眠る。 俺はその広い背中を抱いて眠った。 俺はいつも、レイと眠る。 悪夢を見ないように。

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