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第17話『華の名』

雷が鳴り響く夜、重い病に罹られたお殿さまはご逝去された。 『弦次郎が儂を迎えに来てくれた』 最期にこう仰り、嬉しそうに笑って逝かれたお殿さま。 それがまことだったのか、その後雷はすぐに止んだ。 お殿さまの亡骸は、生前から仰っていらした通り、弦次郎さまの眠るお墓に埋葬された。 私はそれを見届けると、ようやく自由になれた気がした。 やっと死ぬ事が出来る。 私は長年お殿さまと暮らし、譲り受けた屋敷に火を放つと、弦次郎さまのお骨の入った袋を握りしめ、刀で自らの首を斬った。 『弦次郎の刀はお主に託す。儂にはそのくらいしかお主の為に出来る事がない』 お殿さまはお殿さまなりに、私の事を気遣って下さったのだろう。 けれど、それは私にとっては余計な情けとしか受け取れなかった。 弦次郎さまが大切にされていた刀を頂いても、その全てはお殿さまのものだ。 生きていても、死んでも、私の想いが叶う事はない。 弦次郎さまの元に逝けたとして、そのお傍にはお殿さまがおられるのだから。 ならばこの身など火に焼かれ、影も形もなくなってしまえばいい。 弦次郎さま。 貴方様は私にとって、華のような御方でした。 美しいまま散っていかれた華。 その名を、私は忘れる事のないまま逝きます。 ……さようなら、弦次郎さま。

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