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かわいい妹
「それより、今度はショッピングとか行きません?円さんにぴったりなカンジのブランドがあるんです」
「え?こうして会ってヤれてればよくない?」
「よくないです。恋人にこんなこと言うのはどうかと思うけど、円さん、ちょっとは服とか身だしなみに気を回してくださいよ。支社の在庫係なら見逃されたけど、本社の人はそのへん厳しくチェックするって聞くし、今のうちに整えた方がいいですよ」
「そうかな…」
大木の言うことも一理あるか、と円は思った。
言われてみれば、28歳にもなって中高生のような野暮ったい服を着続けているのもどうかという気もする。
そんな大木の提案で、今度の週末はショッピングモールまで服やらアクセサリーやらを買いに行く運びとなった。
「ブランドの服ってこんなに高いんだ…」
少し遠くのショッピングモール。
ブランドショップのジャケットの値札を見て、円は驚いた。
「これでも安いぐらいですよ」
「そうなの?」
服なんて久しく買っていないし、買うとしたら近くのスーパーの衣料品売り場でしか買ったことのない円は、唖然とした。
円は日頃から、「着る服1着に万単位かける人が理解できない」と思っていたから、今の大木が別人のように思えてきてしまった。
大木の身なりはいつもキレイで清潔感があり、ある程度は見た目に気を遣っていることはわかっていた。
しかし、服にこうまでお金をかけていたことは気がつかなかった。
最近、大木と自分の違いに気づいて、驚くことが増えていく。
アルファとオメガである以前に、育ってきた環境の違いもあるかもしれない。
──いろんな意味で、知成くんの親の顔が見たくなってきた……
そう思った矢先に、背後で誰かが立ち止まる気配がした。
「お兄ちゃん?」
女性の声がした。
「あっ…」
声に反応して振り返った大木が、ハッとしたような顔をした。
声のした方向を向けば、買い物の後なのか、ブランドショップの袋を下げた若い女性が立っていた。
歳の頃は20歳前後。
大木と同じ黒目がちの瞳、太く平行な眉、形の良い大きな口。
間違いない。
この女性は大木の妹だ、と円は即座に勘づいた。
「お兄ちゃん、その人って…マドカさん?こないだ言ってたよね?」
若い女性が尋ねてくる。
彼女は少々派手な印象を与えるが、そういうところは、いかにも「今どきの女の子」という風体だった。
コテで丹念にカールさせた髪はツインテールにして結われていて、頭頂部はピンク色のリボンカチューシャで飾られている。
カチューシャと同じピンク色の薔薇模様が特徴的なフリルのジャンパースカート、その下にはパフスリーブのブラウスを着ていて、首元はイミテーションパールと白いレースで彩られたチョーカーを巻いている。
足首も白いフリルソックスで華やかに飾っていて、リボンのついたピンクの厚底ローファーを履いている。
メイクなんかも今風に、涙袋を強調したアイシャドウと、タレ目に見せるためのアイラインを引いており、唇にラメ入りのピンクのリップを塗っていて、それがキラキラ艶めいている。
手からはブランドショップのショップ袋と一緒に、ハート型のポケットがついたトートバッグを提げている。
全体的に少女趣味というのか、フリルやリボンなんかを好む傾向が垣間見られた。
「ああ、そうだよ。あ……円さん、コイツ、妹の咲子 です」
「ああ、はじめまして…」
大木が自分のことを家族に紹介していることなど知らなかった円は、その事実に驚きながら、咲子に挨拶した。
「キレイな人だねー……マドカさん、はじめまして。わたし、咲子です!」
咲子は円の顔をまじまじと見つめて、うっとりした顔をしてみせたかと思うと、元気よく挨拶を返した。
表情豊かで元気よく、人懐っこい態度は大木そっくりで、深い血の繋がりを感じさせた。
「お前、こんなとこで何してんだよ…」
「買い物に決まってるじゃん。季節の変わり目なんだし、当然でしょ?」
咲子は手から提げていたショップ袋を目の高さまで上げた。
「そりゃ、そうだけど…」
「あ、そうだ。お兄ちゃん、今度、円さんをうちに連れてきてくれない?」
「え⁈」
大木が驚いた顔をした。
それは円も同じことで、突然の申し出に唖然とするばかりだった。
「あ、映画の時間せまってるし、これ以上デートのジャマしたら悪いから、また後でね!さよなら、円さん!!」
驚いている大木と円を置き去りにして、咲子はパタパタと駆け出していった。
「あっ、おいこら、咲子!すみません、円さん。うちの妹、一方的っていうか、人の話まったく聞かないところがあって…」
大木は照れ臭そうな顔をして、頬をぽりぽりと掻いた。
「かわいいじゃない」
円はクスッと笑った。
「恋人を家に連れてきて欲しい」と急に言い出したのには驚かされたが、それは言い換えれば、円を快く思ってのことだろう。
こんな野暮ったい兄の恋人を、彼女は気に入ってくれたのだ。
「アイツったら、円さんの都合も聞かずに……」
大木が「やれやれ」といった顔をしてみせた。
呆れた語調ではあったが表情はどこか優しく、なんだかんだ言って妹を可愛がっているのが手に取るようにわかった。
「別にいいって。都合ついたら、君の家族に挨拶しに行くよ」
「いいんですか?」
「知成くんがいいなら、ボクはいいよ」
こういった経緯から、円は翌月の休みに大木の家に行くことになった。
──妹さんに感謝だな
大木の家族に会うにあたって、円はお近づきのしるしに何か持っていこうと考えた。
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