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甘いひととき
「スクランブルエッグ食べるかい?大貴」
拓美の言葉に高貴がクスクス笑うと、大貴の唇の端がピクリと震えた。
「……要らねえよ。高貴、今日は帰るわ」
円や大木には一瞥もくれずに、大貴はふてくされたような顔をして去って行った。
「うん、2度と来ないでね」
高貴が手のひらを空中でぶらぶら揺らすように手を振って、大貴の背中を見送った。
「そういえば、軽井沢くんと大貴って知り合いなの?」
拓美がおろむろに尋ねてきた。
「あー…えっと、合コンで知り合って、それで、連絡先交換して…」
「皆まで言わなくても大体わかるよ。そこでどんな仕事してるかとか聞き出して、わざわざ職場までやって来たんでしょ?相変わらずお盛んだねえ、アイツ」
大体の経緯を察した高貴は、クスクス笑いをまだ止めない。
「ええ、まあ…あー、もう失礼しますね」
事実を追求された軽井沢は、後ろめたそうにその場を去って行った。
「ところで、あの人はどうしてスクランブルエッグ食べるかって聞かれて、あんなに不機嫌になったんですか?嫌いだとか?」
大木が聞いてみると、拓美と高貴はプッと同時に吹き出した。
「アイツと高貴くんのお母さん、譲 さんっていうんだけどねえ、ふふっ…ふっ、あはは!えっ…と、ねえ」
拓美は肩を震わせて大笑いし、そのせいでこれ以上は何も言えないようだった。
「ははっ、父親が「男体盛りしたい」とか言って、ふっ、スクランブルエッグをぼくたちの母親の腹に置いたんだけどね、それが焼きたてホヤホヤだったもんだから、母親が「熱い!」ってもんどりうって暴れて、父親のアゴを蹴ったことあるんだよ。これ、面白くない?ふふっ」
高貴が拓美と同じように笑いながら、拓美の話の続きを繋いだ。
「母さん、兄さん、そういうことを人様に口外するもんじゃないよ」
円は2人をたしなめても、拓美と高貴は笑い続けている。
「ふっ…ふふっ…そんなこと、あったんですね」
大木も吹き出していたが、さすがにまずいと思ったのか、笑ってしまわないようにグッと唇を硬く閉ざした。
「大木くんまで……そろそろ帰るよ。今から忙しくなるだろうしね」
円が店の壁掛け時計を指さした。
時刻は16時過ぎ。
夕食を外で済ますため、客が増えてくる頃合いだ。
「私も帰るよ。知成くん、また機会あったら話そうか」
「あ、はい!」
大木がハッとしたように答えると、拓美は帰り支度をはじめた。
「知成くん、ボクたちも帰るよ」
円に肩を叩かれて、大木も帰り支度をはじめた。
「高貴くん、会計お願い」
「はいはい。また来てね」
高貴は店を出て行く円と大木、拓美を見送り、それぞれに会計を済ませると、軽井沢含める他の従業員たちも「ありがとうございました」と帰りの礼を述べた。
「私は別の予定があるから、ここでお別れね」
3人で店を出ると、拓美がスマートフォンを取り出す。
誰かと約束していて、連絡を取っているのかもしれない。
「わかったよ、母さん」
「あとは若いおふたりで、ごゆっくり」
拓美が、お見合いの仲介をするお節介な中年女性のようなことを言う。
「ええ、今日はありがとうございました。お気をつけて、さよなら」
からかいの言葉も気に留めず、大木は大柄な体を折り曲げて、頭を下げた。
「うん、さよなら」
拓美が背を向けて歩き出した。
円はふと、去って行く母親の首筋に目をやった。
スカーフを巻いているので、咬み傷の有無は確認できない。
──母さん、今はいいひといるのかな?
そんな疑念が、円の頭をよぎった。
次の週末、大木は円の家に来ていた。
「ねえ、円さん!お願いですから、仕事してるときはスカーフかタオルしてくださいよお!!」
飼い主が家を出るのを惜しむ犬のような目を向けて、大木が懇願してきた。
「どうして?」
「他の人が円さんの首の傷をジロジロ見るの、俺は耐えられないんです!」
大木が円に抱きついてくる。
そのせいで円はバランスを崩して、2人してベッドに倒れ込んだ。
ぐりぐりぐりぐり。
大木は円の胸に顔を埋めて、激しく頬擦りしてきた。
「いちいち首隠すのもめんどくさいし、ボクは咬み傷見られても平気だよ?」
「俺が嫌なんです!なんか、番がいるのもお構いなしで円さんのことねらってるヤツがいるし…」
大木の言うとおり、円は最近、スカーフやタオルを首に巻かなくなった。
今までは他人にオメガであることを悟られるのが嫌で、人目が気になって、首元を隠し続けていた。
しかし、今は咬み傷を見られても何とも思わなくなった。
マスクもしていない。
今までは顔に水滴が飛ぶと、あの惨劇が思い出されて、そのたびに胸がつぶれる思いに苛まれた。
しかし、秘密を明かしたことで、内に秘めていた心の負担が減ったからだろうか。
今はあの凄惨な光景が浮かんできても、さほど苦しむことなく過ごせるようになった。
──「恋は人を成長させる」なんていうけど、本当なのかもなあ
恋人も番も作らず、結婚も否定し続けていた自分がこんな心境になる日が来るなんて、と円は感慨深い心持ちでいた。
「円さん!」
大木が口をすぼめて、顔を近づけてきた。
それに応えるように、円も自分の顔を近づけて、唇を重ねた。
「んんッ!」
大木の手が、円のパーカーの中に入り込んでくると同時に、口内に大木の舌が侵入してきた。
口蓋を舌先で撫ぜたかと思うと、歯列をなぞってくる。
鼻でしか呼吸できないせいで酸素が取り込めなくて、頭がクラクラしてきた。
「ふあっ…まどかさんっ」
大柄な体が覆い被さってきた。
「んっ、あっ……」
大木は円の体にむしゃぶりつくようにして、ちゅっ、ちゅっ、と胸や腹にキスの雨を降らした。
そうされているうち、体の芯が疼き、全身が熱くなってきた。
「知成くんっ、もう挿れて!」
円が手を伸ばして、大木の男根を撫でさする。
「はやくないですか?」
大木は驚きと戸惑いが入り混じった顔で円を見た。
しかし、肉体の反応は正直そのもので、男根はしっかり兆していた。
「知成くんが来たときからずっとガマンしてたんだよ?」
これは本当のことだ。
だから、はやく大木に抱かれたい。
大木の男根で、最奥を突いて欲しい。
「俺、嬉しいです。円さんにそんなに求められて…」
上気して頬が赤くなった大木が嬉しそうに微笑む。
「挿れますよ」
大木は円の足首を掴んで脚を広げると、すっかり張り詰めた男根を、ゆっくりゆっくり挿入してきた。
先端が最奥まで届くと、大木が前後にゆっくりゆっくり体を動かす。
「大木くん、もっと激しくう!!」
円はすがるように、大木の首に手を回してしがみついた。
こんな緩慢な抱かれ方では、もの足りないのだ。
「落ち着いてください、円さん!」
「いいじゃないはやくシて?」
「負担、かけたくないんです」
大木が円の両頬を大きな手で包み、言うことを聞かない2歳児をなだめすかす母親のような目を向けた。
そんな大木の姿を見て、円はふと、幼い頃に自分を助けようとしてくれた警察官の姿がよぎった。
同時に、なぜ彼が腕を伸ばしたときに後退りしてしまったのか、ようやく理解できた。
円はあの頃から、他人の親切を受けることが苦手だったのだ。
幼いながらに、両親や愛人たちが自分に何の関心も抱いていないことを察していた。
成人してからだってそうだ。
他人に親切にされると「ありがたい」と思うよりも、「裏がある」「気持ち悪い」と思ってしまう。
でも今は違う。
他人を疑うことなく、素直に親切を受け取れることができる。
それはきっと、この純朴な恋人のおかげだ。
「うん…わかった……」
叱られた幼児のような顔をして、円は大木の親切を受け取った。
「動きますよ」
言ってから大木は、円の頭をひと撫でして、円の額にキスを落とした。
「うん」
円の了承を得たと同時に、大木の男根が胎内を行ったり来たりした。
そのたびに、緩慢な刺激が円の全身を駆け巡る。
「あっ…ああっ」
──気持ちいい……こんなの、知成くんが初めてだ…
激しい行為ばかりしてきた円にとって、大木との行為は新鮮だった。
今までは大木が円の要望に応える形で事に及んでいたが、ある日を境に大木が「自分なりに円さんを抱きたいんです」と言ってきた。
初めて大木にすべてをゆだねる形で抱かれたとき、戸惑ったと同時に、妙に心が満たされた。
──好きな人とするのってこんなにいいんだ……
「好きです、円さん!」
「……ボクもっ!」
お互いを高め合いながら、2人は抱き合う。
隣人が聞き耳を立てているのも構わず、そうやって2人は愛し合い続けた。
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