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愛人と庶子

どうやら拓美は、大木が密かに抱いていた疑問を見抜いてしまったらしい。 「ええ…まあ」 「この際だから、気になることは聞いてもいいよ。できるかぎり答えるからさ」 高貴が持ってきたコーヒーとミルク、砂糖をテーブルに乗せると、拓美の隣に座った。 「何から聞きたい?」 拓美は砂糖とミルクをそれぞれいっぱいずつ入れると、ティースプーンでコーヒーをかき混ぜた。 「あの、拓美さんは、他の大勢の愛人と暮らしてたんですよね?それで、揉めなかったんですか?嫌じゃなかったんですか?」 「あー……ええっと、なんだろうねえ……」 あまりに大真面目な大木の態度に、拓美は言い淀んでしまった。 「拓美さん、父さんのことは別に好きでもなんでもなかったんだろ?だから、他のオメガと番になっても、あんまり気にかからなかったんだよね?」 もごもご言う拓美を見かねてか、高貴が助け舟を出す。 「あー…そう、ですか」 こんな話を聞かされれば無理もないことだが、大木は釈然としないといった様子でいた。 「うん、まあ。この子たちのお父さんね、「自分の子どもが100人欲しい」って言いだして、それでたくさんの番を囲ってたの」 「……は⁈」 大木が目を見開いて、あんぐりと口を開けた。 「うーん、そんな反応しちゃうよねえ。それが普通だよね、やっぱり」 高貴は至って冷静な様子でつぶやいた。 「今じゃ考えられないけどね、当時、お金持ちのアルファの間で番をたくさん囲って子どもをたくさん作ることが流行ってたの」 拓美がどうどう、と荒馬をなだめる騎手のように、大木の眼前に手をかざした。 「え?流行りで子ども作るんですか⁈」 大木は開いた口がふさがらないようで、心なしか、声がさっきより荒っぽくなっている。 「そうだよ。でもね、これはオメガにとってもありがたいことだったんだよ。当時のオメガって就職も進学もロクにできなかったし。だから、愛人関係でも、養ってくれるアルファがいればありがたいんだよね」 「そうですか……」 「つまり、私とこの子たちのお父さんは恋愛感情からくっついたんじゃなくて、子どもを作る契約を交わしたビジネスパートナー…ってカンジかなあ?私ね、「子どもを3人産む」って約束してて、その等価交換に、看護師になるための学校通うための費用払ってもらってたの」 拓美が目を泳がせた。 この真面目な青年には、円たちの父のような生き方は理解できないだろう。 未だ「信じられない」という顔をして黙ったまま、拓美と高貴を見つめている。 彼にとって、結婚や番になるということは、愛し合っているもの同士がすることで、打算などが一切からまないものだと認識しているのだろう。 「……え、あの、子どもを3人って……円さんは……」 大木が言葉をもつれさせながら、また疑問を吐き出した。 「母さん、ボクの弟か妹を産むつもりでいたんだけど、その前に、父さんが正妻に殺されたんだよ」 今度は円が、大木の疑問に答えた。 「ああ……そうか。あー、あの、他のオメガの人とは?ケンカにならなかったんですか?」 こんな詮索をするのはどうかと思っていたが、「気になることは聞いて」というのだし、大木はあえて聞いてみることにした。 「ああ、それは全然問題なかったよ!みーんな、良くも悪くもシンプル・・・・な人ばっかりだったし。「えー!拓美さん、看護師さんになるの?すっごーい!!」てなカンジ」 どんなことを聞かれるのかと身構えて緊張していた拓美の顔が、あっという間に綻んだ。 「そうですか……」 まずいことを聞いたかもしれない、と思っていた大木は、内心ホッとした。 「他に聞きたいことはない?」 拓美がコーヒーを飲むと、安堵したように脱力し、だらしなく姿勢を崩して、椅子の背もたれに体を預けた。 「高貴さんと円さんと、拓美さんが、こうして交流してるのも、そのオメガの人たちがシンプル・・・・な人たちだったからと関係してるんですか?」 「そうだね。あと、高貴くんとは昔からずっと仲良しだったから、今もこうして会ってるんだよ。高貴くん、優しいし頼りになるし、他の子たちにも慕われてるの。たくましいもんでね、お父さんの仕事は継がずに独立して、ひとりでこのお店の経営始めて、ひとりで切り盛りしてるんだよ」 拓美が隣に座る高貴を指さすと、高貴が大木に向かってほほ笑んでみせた。 「……そうですか」 大木は拓美と高貴の顔を交互に見た。 「他に聞きたいことはない?」 拓美がぬるくなったコーヒーを口に流し込み、カップを空にした。 「ええ、もう、聞きたいことはないです…その、円さんの家族のこと、知ることができてよかったです。円さんは自分のことも、家族のことも、なかなか話さないので」 「話せるような問題じゃないからねえ。特にオヤジとアイツは……」 高貴が目線を上のほうに持っていき、ぼんやり空中を見つめた。 「ああ、言えてる。あ、カルイザワくん?だったかな?コーヒーのおかわりお願い」 拓美はたまたま近くを通りかかった軽井沢に、カップを手渡した。 軽井沢は「かしこまりました」と告げると、厨房へ引っ込んでいった。 「何故かわからないけど、アイツ最近、ここに来ることが増えたんだよね」 高貴がやれやれといった調子で、眉間にシワを寄せた。 「アイツ?」 大木が首をかしげた。 「一番上の兄さんだよ。ボクの父さんから見たら長男にあたる人。高貴兄さんは次男」 円が大木の疑問に答える。 「そうだったんですね。あの、その長男にあたる人は、あまりよろしくないカンジの人なんですか?」 「うん」 3つの頭が同時に返事してうなずく。 はて、長男にあたる人は、一体どんな人なのだろう。 大木がそう考えているうち、軽井沢がコーヒーのおかわりを持ってきてくれた。 拓美がそれに「ありがとう」と礼を言った瞬間、ドアベルが鳴った。 来客を知らせるベルの音を聞いた高貴が入り口へ目を向けると、「あっ」と声を漏らした。 「いらっしゃい…ま、せ」 客の顔を見て、軽井沢の歓迎の挨拶が尻すぼみになる。 「噂をすれば……まさかのご本人来店だよ」 高貴が親指を立てて、入り口の方を指した。 「え、大貴兄さん?」 円も入り口の方へ目を向けて、来店してきた男に気がついた。 「えっと…あの人が、いちばん上のお兄さんですか?」 「そうだよ」 高貴が大木の方へ向き直る。 「大貴さん……店長や円さんのお兄さんだったんですか?」 軽井沢が驚いた顔をして、円たちに詰め寄った。 「大貴と軽井沢くん、知り合い?」 高貴が軽井沢と大貴とを交互に見た。 「その人、うちの会社に来ました」 高貴の疑問に、大木が答える。 「受付やってた軽井沢くんにちょっかい出してたんだよ。大貴兄さんだったのか。久しぶりだね?気がつかなかったよ、しばらく会ってなかったし……」 円が大貴に話しかける。 「コイツ、誰?」 大貴が円を指さす。 ずいぶん失礼な言い回しだが、おそらく悪気はない。 「この子は円だよ。あのときにお前が置き去りにした子」 失礼を失礼で返すように、高貴が皮肉たっぷりな回答を述べた。 「やあ、大貴、久しぶりだね?」 拓美が大貴に意地悪くニヤリと笑いかけた。 「何でお前がいんの⁈」 大貴は拓美の顔を見るなり、あからさまに狼狽えてみせた。 「さあて、なぜだろうね?」 ずっとぼけたように曖昧な答えを出した拓美の笑みが、異常に濃くなる。 大貴は、ほんの気まぐれで弟の店に来たことを後悔した。 なぜなら大貴は、父の愛人たるこの男を誰より苦手としているからだ。

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