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初日の出(ガドシリ)
「初日の出?」
鈴音のように高く転がる少年の声に聞き返されて、キッチンの戸棚を磨いていた黒髪の男が、作業の手を止めて少年を振り返る。
「ああ。お前じゃまだ日付が変わるまで起きてるのは辛いだろ? だから、夜はいつも通りに寝て、朝から日の出を見に行かないか?」
たずねられた金髪の少年が、男と同じく握っていた雑巾へ視線を落とす。
「……初日の出……」
少年の様子に、男が説明を試みる。
「ああ、初日の出っていうのはだな……」
「あ、うん。わかるよ。年の最初のお日様が昇るとこを見るんだよね?」
男に誤解を与えてしまった事に気付いて、少年は慌てて答えた。
「見たことあるか?」
「ううん、ない。けど……」
「……どうした?」
しょんぼりと項垂れてしまった少年に、男は雑巾を置いて少年のそばまで行く。
伸ばしかけた手を一旦引っ込めて、着ていたエプロンの端でゴシゴシ擦ってから、男は少年の淡い金色の髪をそっと撫でた。
「ん……。『来年は見に行こうか』って。お父さんとお母さんが言ってたの、思い出した……。だけ」
ポツリポツリと地に落とされた言葉を、男は黙って聞いて、少年の肩を大きな手で包むように撫でた。
「そうか……」
低い声でほんのひと言、男が少年と同じ寂しさを滲ませて応える。
悲しみを共に受け止めようとする男に、少年が顔を上げて小さく微笑んだ。
「僕のお父さんとお母さんは、山登りが好きだったんだ。
レリィがもう少し大きくなったら、また家族皆で山登りに行こうねって、よく言ってた」
向けられた微笑みに、男が目を細めて答える。
「へぇ。山登りねぇ。俺は小さい頃に学校の授業かなんかで登ったくらいしかないな」
記憶を辿ってみる男の様子に、少年もまた、ほんの少しの人生を辿る。
「お母さんのお腹にレリィが来るまでは、僕も一緒に、三人で山登りしてたんだよ」
ここではない景色を眺めるようにしながら、少年が懐かしそうに、けれどどこか寂しそうに、話す。
「ふーん。……お前は好きなのか? 山」
聞かれて、少年が小さく首を傾げると、淡い金の髪がサラリと揺れた。
「うーん……。よく分かんない……。楽しかった事を思い出すと、寂しくなっちゃうから……」
「……そうか」
黒髪の男は、大きな手にすっぽりおさまりそうな小さな金色の頭を優しく撫でて、もう片方の手でガシガシと自身の短い黒髪の頭を掻いた。
「じゃあ……初日の出はどうする? やめとくか?」
気遣う男の言葉に、少年はニコッと愛らしく微笑んで答える。
「ううん、ガドさんが行きたいなら、僕も行きたい」
「俺は別に……、日の出にこだわりもないし、お前が乗り気じゃなきゃ行く必要はないぞ。
そもそも、山まで行くわけじゃないしな。ただ屋上から日が昇るのを、お前と一緒に見ようかと……」
「屋上?」
聞き慣れない言葉を、少年が口にする。
「ああ、配達所の屋上だよ。お前屋上行ったことあるか? 結構いい眺めなんだよ、あそこ」
「行った事……。あ、最初に案内された時……? も、外までは行かなかった、と、思う……」
少年が、入所からここまでの記憶を振り返りながら答える。
「じゃあ、正月には俺と一緒に行ってみるか?」
黒髪の男が生まれつきのツリ目を細めて笑えば、途端に悪戯っぽい顔になる。
少年は、男のその表情がたまらなく好きだった。
「うんっ。行ってみる!」
嬉しくなった少年が、花のように無邪気に笑う。
この男と一緒なら、きっと生まれて初めての初日の出も、美しく目に映るような気がした。
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