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彼来たる

その時、玄関のチャイムが鳴った。 彼だ。 僕は飛び起きて裸のまま玄関に出た。 彼が来ることを期待して鍵をかけていなかった。 彼は、もう玄関内にいた。 「いいのか?」 彼は小声で聞く。 「大丈夫」 オナってたこと、バレたのかな。ちょっと恥ずかしい。だから、誤魔化すように小声で答える。 「黙って入って悪かった」 彼も僕につられたように小声で言う。 「チャイム鳴らしてたじゃん、いいよ」 僕は寛容さを見せる。本当は切羽詰まってるんだけど。 「うん、一応チャイム鳴らしたんだよ。何回も。開けてみたら開いたから」 彼は相変わらずコソコソしゃべる。 「何回も? 一回しか聞こえなかったけど」 僕は、いぶかしむ。 「ああ……」 彼は顔を赤らめる。 「だいぶ激しくしてたみたいだからな」 え、まさか気づかれた? オナニーしてたこと。 恥ずかしい……! いや、気づかれてないよね? オナニーを、とは言ってないし。 激しい筋トレして、うんうん唸ってたっていう意味かもしれないし。 全裸で。 ほら筋肉の動きを見やすいとかあるんじゃない? スパルタ市民の少年たちは全裸で体操したんじゃなかったっけ。 古代ギリシャのオリンピックは全裸でしたとか。 「で……寝たのか?」 彼が聞きにくそうに聞く。 「ううん、寝てない。起きてた」 「え、じゃあまずいな。帰るわ」 彼は帰りかかる。 「なんで? いいよ、寝てなくても」 僕は引き止める。 「いや、さすがにそれは」 「いいって。ほんと」 「やばいなあ。俺、そういうのしたことないし」 え、そんなに睡眠重視だった? そういうのって、なに? 「疲れてる?」 おそるおそる僕は聞く。 仕事で疲れて気分じゃないってことかも。 なのに、来てくれたんだ? 嬉しい。 来てくれただけで感謝。 なんてことにはならないよ。 来てくれたからには帰すわけにはいかないよ。 疲れマラとか言うじゃん。 何がなんでも、その気にさせるよ。 「うん。おまえの、アレ飲んで元気出そうって思ったんだけど」 彼は顔を赤くしながら小声で言う。出た。精液フェチ。 「いいよ。飲んで」 僕はすかさず言う。 ちょっと変態っぽいの気になるけど。 サービス、サービス。 「いいの!?」 彼は真から嬉しそう。 「うん」 僕は、彼の鞄を手にとって部屋へ戻ろうとする。 彼は慌てたように僕の手から鞄を奪い返す。 え、何か僕に見られたらマズイものでも鞄に入ってるの? あ、仕事の資料か何か? 僕は仕方なく手を放す。 「ここでいいよ」 彼は上がろうとしない。靴も脱がない。 よほど早く帰りたいんだろうか。 帯も解かずにする、道端の、ござの上で春をひさぐ女郎か僕は。 そんなプレイもいいかも。 と前向きに思ってみる。 いや、無理。 やっぱ、そんな扱いって悲しい。 寂しい。 「泊まっていっていいのに」 明日は土曜日だ。二人とも土日休みだというのに。 土日くらい家でゆっくり眠りたいっていうのもわかるけど。 「いや、だから、そういうのはマズイって」 何がそんなにマズイのか? そんなに睡眠不足なのか。睡眠負債返すの大変なのか。

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