25 / 35
第25話
「あ、あの、お茶、どうぞ」
僕は沢村さんの前に緑茶の湯呑みを置いた。
「あ、ありがとう、西垣くん」
少し離れた隣に腰掛け、お茶を啜る沢村さんを見つめる。
にしても、先生、無茶言うよなあ....僕と沢村さんは知り合いだって言うのに、誘惑しろ、だなんて....。
不意に、僕の視線と湯呑みを傾けていた沢村さんの目が合い、コホン、沢村さんが咳払いをした。
「そ、それにしても、大変だったね、西垣くん」
「大変...ですか?」
「その...君の会社....」
ああ、と僕はすっかり、沢村さんをどう誘惑するんだ、とばかり気を取られていたが、勤めていた会社が倒産したことか、とようやく気がついた。
「ですね...まさかと思いました。唐突でしたし....」
「僕の会社でもしばらく大騒ぎになったよ。取り引き先でもあったし、それに、西垣くんは担当だったから、もう二度と会えないのか、と思ってたんだ。まさか、こんなところで出くわすなんて」
沢村さんが優しく微笑む。
その笑顔が嬉しかった。
職を無くし、挙句、恋人にも捨てられ、途方に暮れていたあの日々があったからこそ。
「僕も沢村さんに再会出来て、とても嬉しいです」
釣られて僕も微笑んだ。
「たっちゃん、なに?知り合い?」
「お前には関係ないよ」
涼しい顔で、沢村さんは再び、湯呑みを傾け、圭介はぶすくれた様子で頬を膨らませている。
チラリ、先生の顔を伺うと、その調子、とばかりにウインクされた。
「良かったら、沢村さん。夕飯、ご一緒にどうですか?積もり積もった話しもあるでしょうし、祐希の手料理は絶品なんですよ」
「へえ...料理が得意なの?西垣くん」
「え。あ、ま、まあ....」
こうして、先生の作戦は実行されようとしている。
果たして、幸と出るか不幸と出るか。
僕は不安でいっぱいです。
ともだちにシェアしよう!