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プロローグ

少女がコンビニの駐車場に座っていた。 15、か16才くらいだろう。 タバコを咥えて、短いスカートから下着が見えるのも気にせずに膝をかかえて座っていた。 穴のような目をしてる。 卑猥な言葉をかけに来るような男達でさえ、近寄らないような目。 クスリか、それとも何か別のモノが少女の中を蝕んで喰らい尽くしたのだ。 彼女に声をかける者がいるとしたならば、それは死んだ虫を運ぶ蟻のように、完全に跡形なく喰らい尽くすために現れる、もう人間ではなくなった者達だろう。 彼等は少女のような生き物にトドメをさすために存在している。 この世界の闇として。 喰らい尽くされ、彼女は長くは生きないだろう。 死ぬ。 自分から死ぬか、何らかの形で殺されて。 だが、その日そこには女がいた。 女は少女を見かけ、ため息をついた。 虫たちが現れる前に少女に声をかけた。 「アンタ、大丈夫かい?」 女は少女の隣りに座った。 少女は女を見たが、声のする方に目をやっただけという反応だった。 何も答えない。 「いくら?」 「ついておいでよ」 「キメる?」 そういう言葉になら少女は応えたに違ない。 機械的ではあっても。 女は隠そうともしない少女の左腕のリストカットの跡を眺めた。 肘ちかくまである無数のソレは、獲物を狙う虫たちの目印になるだろう。 でも、女が少女を見るその目には同情や痛ましさはなかった。 「行き当たりばったりかい。勇敢だね」 女のその声にも皮肉はなかった。 女は少女の隣りで座ったまま長い脚を伸ばした。 のんびりとタバコを咥えて吸い始める。 差し出されたタバコを少女も受け取った。 今吸っているタバコが最後の一本だったから。 女は年齢がさっぱり分からなかった。 皺はある。 若くはない。 でも、少女の知る大人達の誰とも違っていた。 母親より上だろう。 でも、30半ばでもう老人である母親とは違って、皺があるのに老人ではなかった。 母親は老いて終わっているのに、この女はちがった。 少女から見れば20を過ぎれば全員老人だ。 少女自身の利用価値も20歳をすぎれば無くなるとおもっていた。 少女に金を渡す男達は少女が少女だから金を払う。 自分に価値があるならそれだけだと少女は思っていた。 だがこの女は年老いて皺もあるのに、母親みたいに老いた自分に苦しみもしてないようだった。 顔をみればわかる。 母親は塗り込めた化粧が悲鳴になっているから。 女は化粧1つしてなくて。 美人とも言えなくて。 でも、なんだかそれが良かった。 「犬は好きかい?」 女が突然言った。 あまりに突然で少女は驚く。 だが、少女は犬が好きだった。 めったに母親が帰ってこないのをいい事に、犬をこっそり飼っていたこともあるくらい。 母親はなんと半年近く気づかなかった。 その半年は。 少女にとって、忘がたい半年になった。 愛し愛された。 忘れられるはずがない。 少女の目に女は何かを読み取った。 それが少女にもわかった。 こんな人は初めてだった。 話さなくても何かを読み取ってくれる。 それは、少女の愛した犬と同じだった。 「お話を聞くかい?」 女がまた唐突に言う。 でも、少女は頷いた。 少女は。 犬にお話を聞かせたことはあった。 でも、誰がが少女に話を聞かせてくれたことはなかった。 だから少女は生まれて初めて、自分のために語られるお話を聞いた。 「少年が犬と暮してたんだ。犬は少年が大好きで、少年は犬が大好きだった」 女はゆっくりと話を始めたのだった。 それは1日では終わらない話で、女と少女は何度も会う事になった。 少女は物語を聞いた。 これはそんなお話。

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