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犬は俺が好きだった。 俺だけが好きだった。 父親も母親も妹も、【俺の】父親で母親で妹だから、仕方なく黙認しているということを犬は隠そうともしなかった。 俺に必要なものだから仕方ない。 そんな扱いだった。 父親に呼ばれたら、仕方なさそうに尻尾を振ったり、母親に身体をしょうがないなという感じで触らせたりはしていたし、小さな妹が無遠慮に尻尾を掴んできても寛大に許しはした。 でも、犬は俺だけを愛した。 そして俺も犬が大好きだった。 あれが何だったのか良くわからない。 何故あんな風に世界を分け合っていたのか。 学校とかは仕方なくても、俺たちはどこでも一緒にだったし、離れたいなんて思いもしなかった。 小学校の頃、ケガしていた犬を拾ってから、俺と犬はずっと一緒に暮していた。 俺の家は風俗街と繁華街が混ざったような場所にある食堂で。 犬は子供の俺の守護者でもあった。 学校から帰ってくると、帰る途中で犬が迎えに来ている。 どうやってでも、首輪を抜けてても、抜け出してきてしまうのだ。 でもまあ、その頃には俺も犬も街では有名で、犬はあの食堂の悪魔みたいな犬、とその飼い主の子供と俺たちは呼ばれていた。 そう俺が犬のオマケなのだ。 犬は街の有名犬だった。 不必要に近づけば、唸られるけれど、犬は賢くて人を襲ったりしないし、悪いヤツらの上を行く犬はちゃんとそいつらを避ける術も知っていた。 俺は何度も犬に助けられたから間違いない。 明るいオレンジがかった茶色のイヌの目は、怒り唸り吠える時は炎のように燃え上がり、俺に害を加えようとする連中を震え上がらせたけれど、俺だけに向ける犬の目は、明るく真っ直ぐだった。 俺は犬を信じたし、犬は俺が絶対だった。 俺は犬を愛していたが、間違いなく犬は俺が愛する以上に俺を愛してくれた。 なんだったんだろうな。 あの時間。 犬とその飼い主。 それとは違うあの絆。 俺と犬は無敵だった。 一緒にいればいつだって。 「犬!!」 俺が叫べけば何時だって犬は来た。 そう犬の名前は「犬」だ。 名前を考えてる間にもう、犬は「犬」が名前だと認識してしまったんだよな。 仕方なかった。 犬といた時間を思い出すだけで幸せになる。 犬がいた時間の全てが幸せだったから。 俺たちはわかりあえていて、 俺たちは戦えた。 何時だって何時だって。 俺たちは相棒だったんだ。

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